761 特殊護衛
「このくらいあったら、大丈夫かな……」
「何が大丈夫じゃねえのか、俺には分からねえわ。お前は一体何しに行くんだ」
見下ろす山賊の瞳に、胸を張る。もちろん、護衛ですけど!
それも、貴族様の護衛なんだからね! ……たとえお嬢様のお話相手であっても!
「護衛で菓子はいらねえよ」
「え、いるよね?! 違うよ、護衛限定じゃなくて、旅には必需品でしょう!」
特に今回はお嬢様のそばを離れるわけにもいかないし、旅の途中で作るということができないかもしれないからね。
旅には日持ちのするものを……と思ったけれど、収納に入れるんだったら日持ちなんていらなかった。何ならアイスだって持っていける。
とはいえ気軽につまめるものを、となるとやっぱりクッキー系に偏ってしまう。ここ数日ジフの元へ通いつめ、なるべく飽きのこないよう目にも楽しいいろんなクッキーを作っておいた。
「それにしても、お菓子くらいしか用意しなくていいって、楽だね」
「だから菓子はいらねえって」
道中の食事を気にしなくていいっていうのは、大きなメリットだろう。……普通は。
『俺様のお楽しみが……』
『あえは、おやつでがまんれきるよ!』
うん、オレたちの場合はそこがあんまりメリットにはならないんだけど。
苦笑しつつ本日最終便のオーブンを開けた途端、漂う甘い香りが強くなる。
そして――
「今日はなんだ? またクッキーか?」
「いい香り~! 今日は何かしら」
「そろそろ出来上がった? 僕もう待ちくたびれちゃったよ」
ほら来たー! それこそ店舗オープンみたいな勢いでお菓子を作っているのだけど、連日厨房へ出現するロクサレン家メンバーのせいで、かなりの数が撃破されてしまった。
「だからこれは! 旅にもっていくお菓子なの!」
「いいじゃねえか、少しつまむくらい」
「少しって言うのは1枚とか2枚のことを言うの!!」
オレだってそのくらいなら、文句言わない。わらわらと群がろうとするカロルス様たちと、せっせと収納に入れるオレ。本日も攻防が始まったのだった。
「――? なに?」
ふと違和感を感じて傍らを見上げると、タクトがオレの頭に顔を寄せている。
「今日はいい匂いしねえ」
至極残念そうな顔で言うけれど、人聞きが悪いから! クサいって言ってるみたいじゃない。
「最近、いつも甘い匂いが漂ってたもんね~」
「お菓子でしょう? さすがに今日は作ってないもの」
だって、今日は出発の日。
昼過ぎにエリスローデのお館集合だから、オレにとっては朝がゆっくりでありがたい。
『シロがいなければ、普通に朝出発のはずなのだけど』
モモに言われて、確かにと頷いた。なるほど、なぜ朝から打ち合わせじゃないのかと思ったけれど、オレたちのことを考慮してだったのか。
『ぼく、速いからね!』
得意げにしっぽを振るシロの首元に、感謝を込めてたっぷりと頬をすり寄せておく。顔を埋め込むようにぐりぐりやれば、表面のサラツヤ毛並みと内側のもっふり感が同時に堪能できて最高だ。
うん、これ全然お礼じゃないね、オレへのご褒美だったね。
念のため早めに街へ到着したオレたちは、特別な依頼を前にそわそわ落ち着かない。
「まだちょっと早いかな~。露店で素材でも見る~?」
「早めに昼食ったから、屋台でも行こうぜ」
……落ち着かないのはオレたちではなかったらしい。
「だめ! そんなことしてたら、夢中になって遅れちゃうかも! 早めに館の近くに行こう!」
「まあ確かに? お前食材買いだしたら長いしな」
「ユータは夢中になると周り見えなくなるもんね~」
それ、ラキにだけは言われたくないんだけど! オレがしっかりしたことを言っているのに、どうしてこんな言われようなんだろうか。
ぷりぷりしつつ館の前まで行くと、つい足が止まった。
オレたち、本当に貴族の依頼を受けたんだよね……ここへ入って大丈夫だろうか。
すすす、と素通りして顔を見合わせ、執事さんがいないものかと再び通り過ぎ。
しばらくまごまごしていたものの、意を決してそうっと門の中を覗いた時――。
「「「わあっ?!」」」
「きゃあっ?!」
ぬっと目の前に顔が現れ、思わず後ろへひっくり返った。
「お嬢様、ですからはしたないと――まあ!」
聞き覚えのある声と共に、大きな門が開いた。
「もうっ! びっくりするじゃない、普通に訪ねて来てちょうだい!」
「ふふ、お嬢様ったら、さっきからウロウロと落ち着かなくって。さあ、入ってください」
門を開けてくれたのは、あの時のメイドさん。ミーシャさんだったかな? そして、赤い顔で怒っているナターシャ様。
「たまたま見に来ただけだから! ほら、行きましょう!」
「え、うん! じゃなくてはい! その、本日はお招きいただきありがとうござい――」
「そういうのいいから! それにお招きじゃないでしょ、依頼を受けてくれたんでしょ? だったらある程度設定の説明受けているわよね?」
ぐいぐいオレを引っ張って行きながら、ナターシャ様がむっと唇を尖らせる。子どもっぽい仕草にオレたちへの気安さが知れて、自然と頬が緩んだ。
「そう、だけど……貴族の友達って、もっと畏まってるものじゃない?」
友達同士でも格式ばった挨拶とかあるものだと……でも、そういえばセデス兄さんの友達だって、随分砕けていたなと思う。
「そんなの、公の場だけよ。普通でいいの、普通で」
それで大丈夫なのか、と見上げたミーシャさんも微笑ましそうな顔をしているから、甘えればいいんだろうか。
あれよあれよと館内に引き込まれたオレたちは、同じく引っ張ってこられたセバスさんに説明を受けている。
旅程や経由する町、同行する人たちの紹介などを一通り終えたところで、セバスさんはこほんと咳払いをした。
「では、改めまして今回の特殊護衛について。皆様、特にユータ様はまだお小さくて他の目を誤魔化しやすいので、お嬢様の親族として常に一緒に行動していただきたいのです。お二方は、あまりにお嬢様と距離が近いと、また別の問題もありますので」
タクトとラキが、さもありなんと頷いた。
ふうん……それって、貴族様にありがちな幼い頃からのお付き合い相手に間違われても困るとか、そういうこと? それで? オレは『お小さい』からそうは思われないって??
思い切り不貞腐れたけれど、急いでほっぺを揉んでごまかした。なんせ、依頼者様の前だからね。
「……じゃあオレはナターシャ様の従弟か、弟の役ってこと?」
「ええ、まあ、そうですね。そのような雰囲気で……」
なぜか言葉尻を濁して再び咳払いし、セバスさんはにっこり笑った。
「説明はおおむね以上ですので、夕食までに湯あみなどいかがですか? その後、旅装も合わせてみましょうか」
そうか、貴族の親族や友人だもの。だから旅装は用意すると言われていたのか。
「貴族の服を着るなんて、俺イヤなんだけど……破いたり汚したらどーすんだ」
「僕たちのサイズに合わせてるんでしょ~? それも依頼料に込みなんじゃない~?」
「げ、それならそれで、服いらねえから依頼料上げてほしいぜ!」
「だけど、冒険者服でお嬢様と一緒にいるわけにいかないしね」
大人しくお風呂をいただきながら、一風変わった依頼にわくわくが募ってくる。だって、貴族に変装しながら護衛だなんて、スパイみたいじゃない?!
『お前はそもそも貴族だろ』
『スパイかしら? ごっこ遊びみたいな……』
オレ、ロクサレンは貴族として認識しないことにしたから。多分、世間の認識だって似たようなものだと思うし。
「こちらの部屋に旅装をご用意しております」
風呂上りには、簡易バスローブみたいなものが用意されていた。なんだかすでに貴族様になったみたいでくすぐったい。
だけど、用意されていた旅装を目にした途端、オレの顔は見事にひきつったのだった。
お菓子を作ったあとの香りは髪や服についてもいい香りなのに、食事を作ったあとの香りだと微妙な気がするのはなぜ……?
デジドラ、読んで下さった方ありがとうございます!!
ちょっとばかり浮き沈みもありますが、幼子系が好きな方にはたっぷり楽しんでいただけるので少々先をお待ちください……!