760 退屈しのぎ役
「そ、そんなに固くならずとも結構ですよ。以前のように気安く対応下されば……」
ピシリと姿勢を正して座るオレたちを見て、セバスさんが苦笑している。
だって……。
オレたちは顔を見合わせて、室内を見まわした。
だってこんな部屋、入るの初めてだもの!!
豪華、とまでは言わないけれど、品よく整えられた室内は明らかにほかのギルド内と一線を画している。
ここは、いわゆる貴賓室的な部屋らしい。セバスさんが、オレたちと内密に話を……と希望したところ、ここへ案内された次第だ。
セバスさんには緊張しないけど、この部屋にはする。
オレたちは、まだまだDランクの器のようだ。
「――え〜と、つまりは護衛というよりも~?」
セバスさんからの説明を受け、3対の瞳は少々複雑な思いで、セバスさんを見上げた。
「はい、旅中の供……いや友としての側面があるかと。ただ、護衛には違いありません。お嬢様に最も近い位置で護衛していただけるのは、皆様のほかにないと思いまして」
頷く顔は、真剣そのもの。単にお嬢様の退屈しのぎに必要だから、というわけではないと物語っている――そう信じたい。
「なんか、裕福なのも大変なんだな」
しみじみと言うタクトを小突きつつ、オレもそう思う。
セバスさん曰く、エリスローデはあのように豊かなので、ザイオ家の懐も温かく……前回の事件もあったように悪党に狙われる懸念があるそうで。
「じゃあナターシャ様、だいぶストレス溜まってるんだろうね」
ナターシャ様はお母様と王都に住んでいるんだけど、たまたまエリスローデ滞在中にあの人攫い事件が頻発し始めたらしい。
そうなると、わざわざ危険な王都に帰る必要はないと滞在期間が伸びに伸びて今に至っているのだとか。
いつまでも王都を留守にするわけにもいかず、お母様は先に発ってしまい、彼女だけがエリスローデに缶詰になっている。
「分かっていただけますか! そこで、皆様の出番というわけなのです!」
途端にセバスさんが身を乗り出し、ぐっと瞳に力を込めた。
「それってやっぱり~、道中の鬱憤を晴らすお話相手ってことじゃ……」
ラキの胡乱気な瞳に、セバスさんがハッとして咳ばらいをした。
「滅相もございません。皆様の実力はよく存じておりますから。護衛は増やしたい、しかしお嬢様へ負担はかけたくない。そのいずれをも叶えてくださる素晴らしい適任者だと思っております」
それはまあ、確かに。
いずれにせよ、オレたちに否やはない。
3人で視線を交わし、目配せしあって頷いた。
「じゃあ、『希望の光』ご依頼お受けします~」
その宣言に、セバスさんもホッと安堵の表情で笑みを浮かべた。
「ありがとうございます。万が一断られでもしたら、私はお受けいただけるまで帰ることができなくなるところでした。お嬢様が大変悲しまれるでしょうから」
Dランクがお貴族様の依頼を蹴ったりしないよ?! しないけど、その決意にお嬢様のご機嫌が相当ナナメであることも窺えて苦笑した。
「それでは、お嬢様はきっと早々に帰りたいとおっしゃるでしょうから、数日以内にご連絡致します。前日からエリスローデ入りしていただけますかな? ああ、旅装や一般的に必要な旅の準備はすべてこちらで。皆様方は護衛や冒険者として必要なものだけ準備していただけますか?」
「あ、そっか。お嬢様と一緒に馬車に乗って過ごすってことだもんね」
「テントとか食料もいらねえんだな! っつってもいつも大して用意なんてしてねえけど」
うん、だってまさに今ここにだってテントや旅道具一式持っているし。
「前日入りって、もしかして館に泊めていただくってことですか~?」
あ、そうか。宿に泊まる気でいたけど、ナターシャ様は泊まれって言うだろうなあ。とても貴族らしいお館だから緊張するのだけど……。
「もちろん、そのように手配致しますよ。護衛についての詳細も詰めたいですし。そもそも、お嬢様のお連れ様という設定ですから、出発時からご一緒していただかなくては。お嬢様も喜ばれるでしょう」
なんだかうまく丸めこまれてるような気がしないでもないけれど、しばらくお嬢様と一緒に過ごすのだから、貴族っぽくて緊張するなんて言ってられないよね。
「そもそも、ユータは貴族様だよね~」
「だよな! なんで俺たちと一緒に緊張してるんだよ」
だって、ロクサレン家なんだもの……。あそこを貴族の枠に入れるのは、少々無理があると思うんだ。
オレたちはギルドにて手続きを済ませ、そわそわしながら寮へと帰ってきている。
「貴族として、お前が俺たちをリードしてくれねえとさあ」
「うっ……できるよ! オレだってそのくらい……」
なんせ、大人として生きて来た記憶が……あったような気がするんだから!!
「だけど、貴族の馬車に乗せてもらって王都へ行けるなんて、贅沢だね~! だって護衛は別にいるんでしょ~? 最高の依頼じゃない~?」
「確かに! 俺らはお嬢様と道中楽しく過ごしていればいいんだもんな!」
「あ、そっか! だって友達って風に見られなきゃいけないもんね!」
ええと、じゃあ何を準備しようか。王都までの数日間、お嬢様を楽しませなきゃいけない。おやつも必要だ。
「みんな、それぞれ道中の退屈しのぎを考えなきゃ! どうしよう!」
「退屈するならトレーニングしてればいいんじゃねえ?」
ナターシャ様がやるわけないじゃない! 曲がりなりにもお嬢様だよ?!
「僕、道中加工作業しようかな~。……だってほら、見ているのも結構楽しいでしょ~?」
ラキはただ加工したいだけでしょう!
これは大変だ。ちゃんとした働きができるのはオレだけかもしれない。
こうしてはいられない。きっと彼女はすぐに行動を開始するだろうから、残された時間はほんの数日だろう。
「ちょっとオレ、帰ってくるね! おやつも作りたいし!」
使命感に燃えて立ち上がると、すぐさまロクサレンへと転移したのだった。
「まあ、もう貴族からの指名依頼を受けるなんて! さすがユータちゃんね!」
「その貴族もお目が高いとマリーが認めます!」
久々にエリーシャ様の膝に抱えられながら、ゆったりと紅茶を……飲んでる場合じゃなかった!
「そ、そう! それでね、王都までって遠いでしょう? だから道中お嬢様が退屈しないようなことを考えたくって! みんな長い旅路での退屈しのぎってどんなことをするの?」
真剣な顔で身を乗り出すと、寛いでいたロクサレンメンバーがそれぞれ考えるそぶりをしている。
「やっぱりトレーニングとか……あとは本かしら? だけど、ユータちゃんがいるのよねえ? 一生眺めていられるもの、退屈なんてしないんじゃないかしら?」
「そうです、マリーもそう思うのです」
ひとまず、頷き合う二人は参考にならないということが分かった。
「んー退屈なら魔物討伐すりゃいいんじゃねえか? あとは食うとか寝るとか」
ここにも参考にならない人が一人。
「僕は、そうだね……とっておきを教えてあげようかな。貴族の馬車なら布張りでしょ? あの方法が使えると思うけど、聞く?」
勿体ぶるセデス兄さんに、オレは目を輝かせてこくこく頷いた。
「結構大変だけど、夢中になるよ。まず、前の席にじっと目を凝らして、縫い目を見つける。で、その目を数えるんだ!」
「はーん、お前やたらと話しかけんなっつうのは、それでか」
「そうだよ! 人が集中しているって時に……!」
オレは今、どんな顔をしているんだろうか。
完全に表情が抜け落ちているんじゃないだろうか。
ああ、ほら見たことか。
ロクサレン家は貴族なんかじゃない。むしろ一般人でもないし、もうこれはどの枠になら入れていただけるんだろうか。
『その中でも一番ロクサレンしてるのは主だぜ!』
『あうじが一番らぜ!』
良かったな、みたいな雰囲気でぽんぽんしないでほしい。
オレ、退屈しのぎに縫い目数える人より下……いや上なの?!
『そもそも、ここへ意見を求めに来ることが間違っていたんじゃないかしら』
オレの頭の上で、モモが至極もっともなことを言ってぽむぽむ跳ねたのだった。
新作、『デジタル・ドラゴン ~迷えるAIは幼子としてばんがります~』
アルファポリスさんですが、読んで下さった方いらっしゃいますか~!
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