759 全然まったく急がない
「あれ? これシーリアさんところだ」
『じゃあ、最後?』
うん、シロもよく分かってるね。最後にしないと放してもらえないってこと。
オレたちは本日配達屋さんのお仕事中。
オレへの……というよりもシロへの指名依頼は、いつ受けられるかわからないので難しいのだけど、それでも予約依頼がある。いつでもいいから! というそれらは、もはや荷物のお届けではなくてシロのお届けだね。
あとは、日時指定で予定を伝えてくるパターン。この日は誰々の記念日だからぜひシロに――みたいな。
だから、依頼は溜まりがちなのだけど、受ければ大体一日で終えられる。それもまた、白犬の配達屋さんが人気の理由だよね。
「シーリアさんからは……どっちかと言うとおつかいだよね、これ」
そしてちゃっかり報酬にお肉が付いているのはシロ用だろう。
幻獣たちのフードをまとめ買いして、幻獣店まで届けてほしいとか。確かに、大袋になるとかなりの重量。
シーリアさんの獣魔には馬っぽいバイコーンもいるのだけど、荷物を引くのは嫌うらしい。
『楽しみだね! お仕事終わったらしーりあさんと遊べるね!』
うきうきとシロの足取りが弾む。
人が好きなシロは、このお仕事が本当に好きだね。街を走っても怒られないし、いろんな人に会って褒めてもらえるのが、嬉しくて仕方ないらしい。
ちなみに、お届け予定の飼料はとてもオレが持てない重量だったので、即収納に入れた。
幻獣店へ到着したのは、夕方より少し手前の時間。これなら、シロと遊ぶ時間もあるだろう。
「こん……にちは……?」
『ぼく来たよ、しーりあさん!』
なんの気兼ねもなく開けた扉。そして、一斉に集まった視線。
次の瞬間、悲鳴と共に店内のボルテージが一気に上がった。
「なな、なにごと?!」
思わぬことに後ずさった体が、シロにぶつかって止まる。
『わあ、お客さんいっぱいだね!』
じり、じりと縮まる人の輪を気にも留めず、シロはぱあっと笑う。
あ、数人が崩れ落ちた。
「ああっ! シロちゃーん!! 来てくれたんだね!」
人垣の向こうから飛び出してきたシーリアさんが、一足飛びにシロにしがみついて頬ずりする。
周囲から一斉に切なげな溜息が漏れた。
……なるほど、確かにこれは幻獣店のお客さん。
だけど、あんなに閑散としていた幻獣店がいつの間にこんな人気店に。
だって、シーリアさんは相変わらずこんなに残念な感じだし、ルル以外にスタッフは見当たらない。
『おいおい主ぃ、俺様たちのおかげってこと、忘れてもらっちゃあ困るぜ!!』
『そうらぜ! あえはが、がんばったからよの!!』
シャキーンと登場した二人に、再び店内が沸く。
……そういえば。遠い記憶にそんな過去があったようななかったような。
『遠くない』
『不都合を消し去ろうとするな』
ちょっと! この不愛想二人が辛辣なんですけど!!
別に、不都合じゃないよね! だってお店が繁盛してるってことだもの。鍋底亭だってあんなに……うん、まあその話は止そう。
「――ああ、終わった~! 大繁盛だね」
結局お店を手伝うことになり、やっと閉店の看板を下げたところで、ぐったりシロにうつ伏せた。
「お疲れさん! いや助かったよ~それにシロちゃんがいれば、私いくらでも頑張れるからさ!!」
……オレは? じっとりした視線も何のその、シーリアさんは上気した頬で存分にシロ充電をしている。
「そういえば、あの幻獣はここにいるの? 体調大丈夫そう?」
以前、シーリアさんと一緒に食べ物のことで苦労したオコジョっぽい幻獣。水色の毛並みをもつきれいな子だったね。
陶然とシロを堪能していたシーリアさんが、ハッと顔を上げた。
「そう! そのことで! 急がないんだけど、依頼を出したくてね。都合を聞こうと思ってたんだけど、中々会えないもんだからさ。こうして配達依頼を出せば何もかもが同時に叶うって気が付いたのさ!」
「あれ? もしかしてシーリアさんが指名依頼をしようとしてたの?」
なんだか、ホッとしたような、がっかりしたような。
「え、ダメだったかい? 全然急がないんだけどね、うん、まったく急がないんだ」
……依頼したいのかしたくないのか、一体どっち。
「全然急がない依頼? あの子がどうかしたの?」
急がないってなんだろう。体調が悪い、なんてことになれば、何をおいても突撃して来そうだもの。
「――へえ~面白そうじゃねえ? 結構遠いんだろ? 受けようぜ!」
やっと寮へ帰ってきたオレは、二人に事の顛末を話して聞かせていた。
「だけどね、シーリアさんの決意がまだ決まってないの。だから、いつになることやら……」
「それって、結局止めておく~! なんてことになるんじゃない~?」
それはあり得る。なんせシーリアさんだから。
だけど、シーリアさんだからこそ、きっといつか決断するだろうとも思う。
「つうか、配達屋さんとして受ければ、お前ひとりで事足りるんじゃねえ?」
言われて、ぽんと手を打った。
そう、今回シーリアさんが依頼を迷っているのは、あの幻獣をもとの住処に返すこと。
ニーチェのことを思えばこそ、手放すべきだというシーリアさんと、どうしても離れたくないシーリアさんとの壮絶な争いには、まだ決着が着いていない。
ちなみに、ニーチェというのはあの幻獣の名前らしい。『あなたが出会う最悪の敵は、いつもあなた自身であるだろう』シーリアさんにはこの言葉を送ろうと思う。
「確かに、配達屋さんの指名なら……」
今まで利用は街の人たちだから外へ、なんて依頼はなかったけれど。
「やめた方がいいよ~。それ、基本パーティで受ける依頼だし街の外まで早く安全確実に届けられる……なんて需要が多すぎるから~。一生配達しかできないよ~」
うん、やめよう。配達屋さんは、街中限定ってことで。だってそんなこと言ったら護衛だって配達屋さんに依頼、なんてこと出てきそうだし。
「だけど、巨大魔物の討伐、とかじゃなかったか~」
惜しそうに言ってベッドに伸びたタクト。そりゃそうでしょうよ。
「ひとまず、シーリアさんの依頼は受けるってギルドに言っておく~?」
「うん、そうしよう!」
せっかく固まった決意がまた揺らがないうちにOKを出さなきゃいけないからね!
翌日、オレたちは依頼を受けがてらシーリアさんの件を伝えにギルドへやってきていた。
「えっ? どういうこと??」
「どう、と言われましても……」
ジョージさんは今日はサボらず(?)サブギルドマスターとしてお仕事しているらしい。
いつもの受け付けさんは、困った顔で首を傾げた。
「シーリアさんのことは、何も伺っていないものですから」
「でも、この間ギルドでオレたちに会いたがっていたって……。指名依頼のことだよ?!」
「それは伺っていますよ。ですが、シーリアさんの件は何も。ひとまず、もしシーリアさんからの指名依頼があれば受けることは内定している、とのことで承りましょうか」
オレたちは「?」がいっぱいの顔でひとまず頷いた。
「つまり~、先日の指名依頼はシーリアさんではないってこと~?」
「「えっ! じゃあ誰が?!」」
オレたちが驚愕の声を上げたとき、コツコツと近づいた靴音が背後で止まった。
「お久しぶりです。指名依頼の件は、私どもでございます」
にこやかな声に飛び上がって振り返れば、穏やかな笑みを浮かべる執事風の男性。
そうだ、確かに見覚えがある。
「あ、あ~!! あの時だ! 庭で魚が捕れるお屋敷の!!」
「そうじゃないよね~。『川の流れる庭園』をもったエリスローデのお屋敷でしょ~」
「あ! そっか、スライム流しの時の!」
「ザイオ家からの使いの方です! 伯爵家の!!」
わっと盛り上がったオレたちに、受け付けさんが小さく必死に伝えてくれた。
そうだった、気安く接してくれるけれど、ナターシャ様はお貴族様なのだった。
柔和な笑みを浮かべる執事さんは、とても覚えやすい名前の……そうだ、セバスさんだったはず。
再会に沸いたオレたちは、ハッと顔を見合わせた。
「えっ? じゃあ指名依頼って、お嬢様からの……?」
Dランクなのに……貴族様からの指名依頼??
オレたちは、こくりと唾を飲んでセバスさんを見上げたのだった。
活動報告に詳細書きましたが、カクヨムさんの限定公開でお試し投稿していた新作、
ファンタジーイベントのあるアルファポリスさんで投稿開始しました!
『デジタル・ドラゴン ~迷えるAIは幼子としてばんがります~』
というヤツです!連日投稿しますので、よかったらぜひ~(*'ω'*)