758 候補に挙がる
「あら、入れ違いね。さっきあなたたちを訪ねて来た依頼者さんがいたのよ」
街中依頼の翌日、ギルドへ報酬を受け取りに行くと、受付業務をしていたジョージさんにそう言われた。
「あなたたち、ってどうせラキの加工かユータの配達だろ?」
タクトが不服そうに唇を尖らせてむくれている。
それは、独特の能力があるから仕方ないよね。タクトもエビビ関連で何かできれば、依頼はあるかもしれないのに。
『主ぃ、エビビ関連って何だ?』
う、うーん……その、絵のモデルとか……? ほら、エビビは頼めばじっとしてくれるから、観察し放題だよ! ポージングだって!
『エビのポージング……? そもそもエビって観察困難なほど動くかしら』
だから、一例だってば! もしかするとオレにはわからない何らかの魅力があるかもしれないでしょう!
『つまり、お前にとって魅力はない』
そ、そんなことは……もう少し大きい方がいいなあとか思うくらいで!
『大きかったら食べる?』
蘇芳が俄然興味がわいてきた顔で、エビビ水槽を見つめた。
「た、食べないよ! だって召喚獣なんだから送還されちゃうもの」
『言うべきはそれじゃないわよねえ』
『そこじゃない』
モモとチャトの生暖かい視線を感じつつ、オレは聞こえてきた会話に顔を上げた。
「――え、じゃあ本当に『俺たち』に依頼をしたいってことか?」
弾んだ声で身を乗り出したタクトを、ジョージさんがにこにこ見つめている。
「そんな雰囲気だったのだけどね、指名依頼をどうするかは、もう少し詳細が決まってからにするって。ここで会えれば、直接相談したかったみたい。よろしくお伝えください、だって。まだ依頼はされていないから、私が言える情報はここまでね」
「え~! じゃあ、結局違う人に依頼しましたってことも――」
「それはもちろん、あるわよ。だけど、候補に挙がったことは素直に喜べばいいの!」
うふふ、と額を指で弾かれたタクト。結構派手にのけぞっていたけど大丈夫だろうか。
「そっか! 知ってる人かな? オレたちに依頼してくれるといいね!」
「そうだけど~、そもそも依頼内容によるからね~? 僕たちが絶対受けなきゃいけないわけじゃないし~」
え、断っちゃったりするの? 少し驚いてラキを見上げた。
「ええ?! 指名依頼だぜ?! 絶対受けるだろ、受けなきゃ勿体ねえよ!」
タクトの意見に何度も頷いた。だって、指名依頼って言ったら普通はCランクあたりからつくもので、名が知れて来たっていう証明というか……冒険者の憧れだからね! オレというかシロは指名依頼あるけど、違うでしょう、そういうのとは!
だけど、ラキは意味ありげな流し目でオレたちを見やった。
「ふぅん? どんなのでも~?」
「え、まあ、そりゃあ……」
助けを求めるように視線を向けられ、ジョージさんが苦笑した。
「ま、これはラキ君がさすがってところね! 花丸合格点をあげちゃう!」
「なんでだよ! せっかくの指名依頼だろ? 多少のリスクがあったって……」
「そうだよ! それを見越してなお、オレたちを頼ってくれようとしているのに!」
鼻息も荒く二人で詰め寄ると、ラキはぐっとオレたちの頭を抱え込んだ。
「……じゃあ~、可愛いふりふりのドレスを着て一日中店の前で見世物になって、とかでも~?」
ウッ?! ギクリと肩が震え、思いもよらない内容に言葉に詰まる。
「そっ……そんくらい! 別に――」
「他には~ジョージさんと1週間寝食共にするって依頼でも~?」
今度はビクッとタクトの肩が跳ねた。オレ、そっちならまあ大丈夫かも。シロの盾があるし。
「二人は、そんな依頼もちゃんと受けてくれるのかな~? ちなみに僕は、どっちも大丈夫なんだけど~」
にこっと爽やかな笑みが黒い。
「「すみませんでした!!」」
オレたちが即座に首を振ったのは言うまでもない。
「なぁーんか私の名前が聞こえた気がするんだけどぉ」
「気のせいですね~」
どこか不満そうに唇を尖らせていたジョージさんが、まあいいわ、と言葉を続けた。
「受けたくない依頼のことを説明してくれたのよね? それもそうだし、あなたたち自身を目当てにされちゃうこともあるから、気を付けてね? あからさまなのはギルドの方で弾けるけれど、契約してから条件をつけられることもあるんだから」
すごく、オレに視線を合わせられている気がする。
ええと、つまり?
「あー……まあ、そうか。お前がいるしな」
ラキは言うに及ばず、タクトまで分かったような顔で苦笑する。
「タクトくんだってラキくんだって、すっごく魅力的なんだから自覚していなきゃダメよ? あ、全然わかってないユータくんは特にね!!」
み、魅力的……!! たとえジョージさんに言われたのだとしても、そんな風に言われちゃったら……
「え、俺も? 違、俺は別に……」
どぎまぎするオレたちの隣で、ラキがさらりと微笑んだ。
「大丈夫、自覚してます~」
ハッとオレたちは顔を見合わせた。
そんな、そんな返しがあったなんて……!
「お、俺だって! 当然、その、自覚してるからな!!」
慌てて言い繕った顔が真っ赤じゃあ、意味がない。
「へえ? 何を~?」
「うっ! だか、だからっ、俺が! 魅力的……かもってことだろ!!」
ちっちゃ! 肝心な部分の声ちっちゃ! ほら、完全にラキのおもちゃになってる。
「――うるせえよ! だけどっ、結局今回の人はそーいう怪しいヤツじゃなさそうってことだろ!!」
ふるふるしたタクトが、にまにまして眺めているジョージさんを涙目で睨んだ。完全なるとばっちりだ。
「うふ、そうね。身元もしっかりしてたから、伝えたのよ」
なんだ、結局ギルドの人が判断してくれるなら問題ないじゃないか。
「依頼者って、結局誰だったんだろうね?」
「知ってるやつとは限らねえだろ? 噂で聞いて、とかさ!」
寮の部屋に戻ったオレたちの話題は、もっぱらそれだ。
「だけど、王都はともかくハイカリクで噂になるようなこと、したっけ?」
「したっつうか、してるな」
「知らないのは本人だけだよね~」
……やっぱり、この黒髪のせいだろうか。何しても目立つし、特定されやすいし。
『何しても、ではないわよねえ』
『どっちかっていうと、珍しいけど目立たない色だと俺様思う!』
じゃあどうして噂になるの!
むっと頬を膨らませてベッドを転がると、チャト(大)にぶつかった。
『目立つことをするからだ』
してないよ! そして、どうしてわざわざ大きくなってオレのベッドを占領するのか。
前足を伸ばし、後ろ足を伸ばし、悠々と伸びをしたチャトが、今度は翼をスサ―っと伸ばした。
綺麗だけど、ものすごく場所を取る。
そして、ぺぺいっと翼の先でオレをベッドから落とした。
「ちょっと! そこはオレのベッド!!」
『なら、おれのベッドでもある』
そんな、ガキ大将みたいなこと言って~!
「じゃあ、せめてちっちゃくなればいいじゃない!」
『そのうちな』
なんで! なんでオレがあしらわれなくちゃいけないのか!
ぷりぷりしながら隣のベッドに飛び込んだ。
「で、そこは俺のベッドだけどな?」
笑みを堪えた視線に、オレはすました顔でこう言う。
「なら、オレのベッドでもあるよね?」
「なんでだよ?!」
タクトのみならずラキにまで盛大に笑われて、オレは存分に不貞腐れたのだった。
ちなみに、15巻SSをすでに読まれた方は、ラキとタクトと同じぬるい視線をユータに送ってやってください(笑)
今週末か来週あたりアルファポリスさんに新作出そうかな~と思ってます!
たまたまあちらでファンタジーコンテストやってるので!
なんで幻獣店の更新滞ったままで新作かっていうとテーマが新しめだから!!のんびり数年後とかだとちょっと微妙かなと思って…
幻獣店、投稿してないけど書いてるのは書いてるんですよ……絶対にまた更新止めるのでキリよいところまで書いてから~なんて思ってるとこういうことになりますね!!