757 労働とご褒美
『お仕事、お仕事、楽しいね!』
どう見ても重い建材が、直接縄をかけられズリズリと引きずられていく。
しっぽをふりふりご機嫌に引くシロが、あんまり楽しそうで苦笑した。
オレたちも、先入観をなくせばもっと楽しめるのだろうか。
「……お前それ、居る意味あんの?」
額の汗を拭ってじろりとオレを見やったタクトは、落としたら地面が陥没しそうな石を抱えている。
「あるに決まってるでしょう! オレが召喚術師なんだから」
素知らぬ顔で、跨ったシロをサラリと撫でた。
「お前は乗ってるだけだろが! せめて下りろよ!」
だって、オレの重さなんて乗っていてもいなくても変わらないってシロが言うもの。
朝から――まあ、昼前ともいうけれど。とにかく、ちょっと遅くに活動を開始したオレたちは、当然ろくな依頼が残ってるはずもなく、町中依頼を消化している。見ての通り、日雇い労働者のそれだ。
大きな建物を作っているらしく、建材を現場まで運ぶのがメインかな。
ちなみに、ラキは肉体労働がサッパリだけど装飾班として引っ張りだこだ。
「あー、めんどくせえ。それもこれも、お前が起きねえ上にちゃんと聞いてこないから……」
ふい、と明後日のほうを向いて聞こえなかったことにする。
なんでも、今日はオレがシュランさんに『いい依頼』を聞いてきているだろうと、起きるまで待っていたらしい。そもそもは、昨日帰るなりオレが寝ちゃったから。
だけど、オレ忙しかったもの。帰るの遅くなっちゃったし、もう寝る時間だったんだよ!
「聞いてきたこともあったでしょう!」
むっと頬を膨らませつつ、視線はそらしておく。
「そんなの、『またいつか』の話だろ? 今! 今日やる依頼!」
そんなこと、言ってなかったんだからオレの落ち度じゃないよね。
『そもそも、忘れてた』
蘇芳が余計なことを指摘して、オレは反論を飲み込んだ。
「えっと、ところで、タクトはアリなの?」
形勢不利とみてさりげなく話題を変えると、タクトがやれやれと言わんばかりの視線を寄越す。
「アリって、シュランさんが言ってた囮のことか? んー、モノによるけどな」
おや、意外だ。即答でOKすると思ったのに。
どすり、とそれぞれ荷を所定の場所に置き、再び建材倉庫に向かった。
「あんまリスクの高いのは、無理だろ」
タクトは不服そうに唇を尖らせて、前を向いた。
「お前に守られる羽目になっちゃあ、意味がねえんだよ」
不思議そうな顔をするオレに気が付いて、タクトはそう言って苦笑する。
「魔族の時みたいな、あんな相手じゃあ無理だ」
そうか、タクトは見たもんね。神獣のケイカと、ヴァンパイアらしいレミール。
「あれは……特例中の特例だけどね……」
神獣に出てこられてしまえば、人間でしかないオレたちがどうこうできるはずもなく。
そんなの、もう天災と同じだ。
タクトは、ちょっと肩をすくめた。
「ま、確かにあのレベルはともかく。けどよ、俺、まだそこまで強くねえもん」
きり、と握られた拳が音をたてたよう。
「へえ、タクトがそんなこと言うの初めて聞いた!」
思わず声に出してしまい、ほっぺに伸びてきた手を素早く躱した。
「うるせえよ! 泣き言じゃねえからな?!」
知ってる。その目がぎらぎら燃えているから。
これは、オレにないところだ。
羨ましい。だって、格好いいと思ってしまうから。
「じゃあ、『そこまで』強くなるの?」
「おう」
悔しくて、揶揄するように尋ねたオレに、にやりと即答が返ってきた。
腹が立つ!!
「ぶわっ?! は? なんだよいきなり!」
つい、びしゅっとその顔にお水を命中させてしまった。
「……別に。暑そうだなって」
「暑いぞ! どうせなら、もうちょっと冷たい水にしてくれよ!」
……そ、そう。
ご要望にお応えして、頭上から冷水をチャラチャラ落とすと、タクトが歓声を上げた。
髪も体もびしょびしょにしながら水を飛び散らせ、ブルブル頭を振る様はまるでシロみたい。
きらきら光る水しぶきと、強すぎる太陽がアクセサリ―のようによく似合う。
こうして見ると、ただのタクトなのに。
あんまり気持ちよさそうで、くすっと笑ってオレも真似をする。
だけど、降らせた水は予想以上に冷たくて、歓声よりも悲鳴が上がったのだった。
「――うん、僕もタクトと同意見かな~。とはいえ、シュランさんが選ぶなら一応無理のない範囲だと思うよ~。どんな依頼だって危険は付き物だしね~」
へえ、ラキってばあんなに冷え冷えした視線を送っていた割に、シュランさんの目利き? は信用しているんだ。
オレたちは無事に街中依頼を終え、秘密基地でのんびりタイムを満喫しているところだ。
「だよな! 囮っつっても色々あるだろし、Dランクに依頼できる内容なら、受けて問題ないよな」
それはそう。Dランクに子供がいないからそういう依頼がないだけで、仮にDランクの子供が当たり前にいれば依頼される内容なら、なんの問題もないはず。
「そうだね~、むしろ依頼する側が大変だね~。何かあったら周囲の目が厳しいって分かるだけに~」
そっか、なら尚更そんな依頼はレアになりそうだ。
「じゃあさ、シュランさんにオーケーって言ってきてくれよ! その王都のやつ捕まえようぜ!」
王都のやつは、結構大きな組織らしいって言ったよね? そういうのは普通リスク高いって言うんじゃないの?! 割りと慎重な面を見せていたタクトはどこへ行ったのか。ラキがいると何も考えなくていいと思ってるんじゃないだろうか。
「とりあえず、王都のはもう解決するんだから、また別の機会ね!」
不満そうなタクトだけど、さすがに早く次が来てほしいとは言わなかった。
オレは手元の鍋を火から下ろすと、手っ取り早く魔法で凍らせて小分けにする。
キッチンで火を使っていると、顔が熱くて仕方ない。つうっとこめかみから顎へ汗が伝っていった。
だけど、この暑さだって大事な要素!
「はい、削って!」
「よしっ!」
「僕の分も削ってよ~?」
ラキ特製の氷削り器を前に、タクトが舌なめずりして腕をまくった。
労働で上がった体温にピッタリのおやつ、今日はミルクかき氷だよ!
この一杯があるから頑張れるってね!!
普通のかき氷との違いは、氷の代わりに以前作った練乳とミルクを混ぜ、凍らせたものを使うだけ。
ラピスたちがちらちらこちらを窺っているけれど、秘密基地をべたべたにされても困るから、ラピス部隊の竜巻削りはご遠慮願っている。
「うおおおおー!!」
「ちょっと~! そんな勢いで回したら壊れるよ~!!」
工場なのか工事現場なのか、みたいな音が響いてくるけど、気にしない。
シロップはジャムから作ったものがまだあるから、あとは……
「フルーツ入れたら贅沢だよね? あ、そもそもコンポートも凍らせちゃえば……」
ウキウキしながら練乳ミルクに色々なコンポートを入れて、種類別に凍らせた。
「ユータ、とりあえずできたから食おうぜ!」
「うん、ちょっと待って!」
魔法で冷やしつつ、手早くフルーツを飾って各自お好みのシロップを。
器の冷たさに、熱く蒸された体がふるりと震えた。
「すげえ、豪華かき氷だ!」
「ただの氷でも美味しかったのに、これは期待しちゃうね~」
目にも鮮やかに彩りが加わり、華やかなかき氷が並ぶ。
肩口で汗を拭って、そこだけ冷えた左手をおでこに押し当てた。
ああ、冷たい。
期待感に、のどがひりりと干上がった。
早く、冷たく甘いそれをここへ通したい……!!
「「「いただきます!」」」
勢いよく突っ込んだスプーンが、思いのほか抵抗なく突き立って豪華な山が崩れ落ちる。
「わ、柔らかい! ふわふわ……」
あんまりふわふわなもんで、本当に冷たいのだろうかとさえ思う。
しゃわ、と山盛りスプーンへ掬い取ったそれに、ついにまにまと口角が上がった。
「――ん~~~!!」
まだ冷たいスプーンを含んだまま、天井を仰いでこくりとのどを鳴らす。みるみる溶けて固形から液体へ変わっていく塊が、砂漠地帯を潤して流れ落ちていく。
……いい。ミルクかき氷、とてもいい。
ミルク氷の愛想の良さったら! 氷ほどの鋭さがない、柔らかな甘みと冷感。シロップの甘酸っぱさとも昔馴染みのように手をつないでいる。
シロップがかかっていない部分も、それはそれでおいしいもんだから、あっという間に食べ終えてしまった。
「タクト、こっちも削って!」
急いで次を差し出すと、すでに二杯目を平らげてこめかみを揉んでいたタクトが跳ね起きた。
「おお、これなんだ? 赤いの混じってる!」
ひらひらと削れていく白の中に混じる赤。
これは、シロップなしでいいだろう。
「これベリー? おいしい~!」
「すげえ、果物が削れてる!」
うわあ、これはもはやかき氷なんて言っちゃいけないね。
シャーベット……ともまた違うし。
爽やかな果物の香りが、体の中を吹き抜けていく。
オレたちはしっかり甘いのが好きだけど、これはコンポートじゃなく普通の果物を使ってもいいかもしれない。
だんだん冷えてかじかんでくる口内と唇にくすりとしつつ、オレはまたひとくち、しゃわりと溶けていく雪をほおばったのだった。
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