756 大人だけど
「おお、結構な人気じゃない?」
夜のシュランは、昼間とは打って変わってしっとりした雰囲気を醸し出していた。
店主はアレだけど、しゃしゃり出なければ目立たないから大丈夫。
意外なことに、冒険者カップル的な人が多いだろうか。てっきりシュランさんみたいな、酒飲みおじさんがくだを巻いているだろうと思っていただけに驚いた。
これなら、ちゃんとバーとして機能している。唐揚げをつまみつつ、若い2人が互いのコップを交換しながら楽しんで――なんだかいい感じじゃないだろうか。
『若いってあなた……』
モモが呆れた視線を寄越したけれど、それはまあ、言葉のあやってやつだ。
「シュランさん、こんばんは!」
声を掛けると、カウンターの奥でちびちび飲んでいた彼がビクッと飛び上がった。
「へいっ!! 今度は何を――」
言いかけて視線を走らせ、途端にまなじりを釣り上げる。
「お前だけかよ?! フザけんな、せっかくほろ酔い気分だったのに醒めちまったじゃねェか!!」
あー、この間のカロルス様が効いているらしい。だけど、酔いが醒めるのはオレにとって好都合でしかない。
「あのね、ちょっとそこで悪者に会ったんだけど、どうしたらいいかなと思って」
「はあぁ?! 友人に会ったノリで言うんじゃねえよ!! まさかお前、引き連れて来たり――」
「してないよ! ちゃんと縛っては来たんだけど、重いしどうしようかなと思って――」
かいつまんで説明すると、シュランさんがわざとらしくため息を吐いた。
「はーっ、規格外のガキがよ……で、どこだよ」
言いつつ、いそいそと出かけようとするので首を傾げた。
「お店はどうするの?」
「今日はもう閉めることにすらァ。俺だってゆっくり呑みてえし」
そんなんでいいんだろうか。まあ、以前の開いてるかどうか分からない状況を見れば、このくらいアリの範囲なのかもしれないけれど。
まだ名残惜しそうな顔をするお客さんたちへ、お詫びに、と1杯ずつお酒を配って回ると、皆にこにこ顔で帰っていった。
「ところで、どうしてそんな乗り気なの?」
きっと面倒くさがるだろうと思っていたのに、どうにも不自然な様子に疑惑の目を向ける。
「へっ、お前は知らねえだろうが、今王都では問題になってんのよ。女子どもを狙った人攫いが多くてなァ」
そうなのか……王都は騎士様もいるのに、犯罪はなくならないね。ちなみに、王都以外だと路地裏での人攫いは日常茶飯事になっちゃうのだけど。
『で、それがどうしたのよ。この人がそんなことに気を病んでいるとは思えないけど』
モモがまふっと肩で弾んで主張する。おや、言われてみれば、確かに。
「シュランさん、実は人知れずそういう犯罪者を捕まえようと貢献していたり……?」
「お、いいじゃねェか。表向きは酔いどれオヤジ、しかしてその実体は――じゃねェよ! そんなワケあるかァ!」
意外とノッてくれるんだ、なんて思いつつじとりと見上げた。じゃあ、どうしてなの。
「……チッ。報償金あんだろが。そーいう輩にはよ」
「あ、そっか! ってシュランさん、報償金もらうつもりだったの……」
「わざわざ店閉めて付き合ってやってんだぞ?! お前、俺に分けないつもりだったのかよ!」
そもそもシュランさん、この分だとこっそり全額懐に入れるつもりだったでしょう! 正直なところ、オレは別に構わないのだけども。
「あ、そこの路地を曲がって――」
そんなことを言っている間にも、どんどん狭い方へ進んでいく。
悪党どもは縛ってあるけれど、騒がれても面倒だし目立たない隅の方に押し込んでシロに番をしてもらっている。
もう店の灯りも消えつつある路地は、見るからに物騒だ。
――ところで、オレは普段とても頼りになる大人と一緒にいるから、すっかり想定の範囲外だったのだけど。
「…………」
「? 何だよ」
じっと見上げるオレに気付いて、シュランさんが訝しげな顔をする。
うん、これはダメだ。
そう、世の中には頼りにならない大人だって山ほどいる。つまり、大人と一緒だからといって襲われないという保証はどこにもないというわけ、か。
「はっ!」
鋭い呼気と共に飛び上がり、唸りを上げて振り下ろされたこん棒を受け流す。
つんのめった男が、暗がりからまろび出て置いてあった木樽にぶつかった。
「な、なな?! え、ちょ?!」
さらに1人、飛び出してきた男に慌てふためくシュランさんに、鈍く光る刃が向けられた。
咄嗟に顔を庇って縮こまる彼を踏み台にして、右手の短剣で刃を流す。ぐるりと自然と回転する身体を鋭く捻って、左手で側頭部へ一撃。
「う……わ、やべ。マジで規格外」
尻餅をついたシュランさんは、せっかく助けてあげたというのにドン引きの表情だ。
「……っつうかこれ、俺とばっちりじゃね?! 俺の身だけが危険じゃね?!」
おや、気付いてしまいましたか。だけどオレも、まさか大人がいるのに襲われるとは思わなかったから。
オレはにっこり微笑んで、彼を引っ張り起こした。
「よかったね、報償金が増えたんじゃない?」
「そっ……まあ、そうか」
納得したらしい。
ひとまずこの2人も縄を掛け、先で待っていたシロと合流後、シロ車を取り出して全員積み込むことになった。
「それで、ここからどうするの? お城に行くの?」
「行くかよ。見回りの詰め所があんだろ」
そうなのか。オレは急いで冒険者服を着替え、貴族っぽい格好になった。
「じゃ、シュランさんうまいこと言ってね! オレはただの幼児だから」
だって今は大手を振って王都に来ているわけじゃないし、極力目立ちたくない。タクトやラキたちと魔法陣を通って移動していたなら、別に存在を明かしてもいいのだけど。
「はァ?! 馬鹿言うなよ、俺が倒せるわけねェし何て言やァいいんだよ!!」
「なんでもいいよ、報償金ちょっとあげるから」
全部あげてもいいけど、敢えてそう言ってみる。
「……ちょっとだァ? へ、半分くらい貰わなけりゃあ――」
「いいよ。じゃあ交渉成立! オレのことは言わないでね」
あくどい顔をしたシュランさんが固まった。
にんまり笑ったオレは、もしかするともっと悪い顔をしていたかもしれない。
「それにしても、オレが出会っただけでこの人数。ちょっとした犯罪グループじゃあないよね?」
だって、いずれも下っ端だもの。捕まえないわけにはいかないけれど、捕まえたって何も情報を得られないような、いわば日雇い犯罪者。
無事に彼らを引き渡し、オレたちはさっきの教訓を活かして、シロ車で帰宅中。報償金を受け取ったシュランさんはほくほく顔だ。
「当たり前よ、騎士団が調査に入る事態だぜ、相当だろうよ。でもま、実際のトコもうヤツらも潮時って感じだな」
「そうなの?」
「騎士団が動いたからな、明らかにヤツラの仕業だろう人攫い件数が減ってんのよ。逃げ足の速さも一流の証ってな」
それ、犯罪者側に立ってない?
じとりと見上げたところで、ふと真面目な顔をしたシュランさんが、声をひそめた。
「今回はともかく、犯罪なんてェのは常にどこかしらにあるもんだろ? で、お前さ、見た目の割に腕が立つじゃねェか。つまり、だな……」
シュランさんが、少し躊躇うように言い淀んだ。
「囮になる依頼はどうかって? いいよ!」
にこっとしてみせると、面食らって目を瞬かせている。分かるよ、だってリンゼには『犯罪者誘引』なんて言われちゃったし!
「お、おお? 話が早いじゃねェか。けどよ、お前のおっかないお仲間さんやお目付役は大丈夫かねェ」
おっかないって、ラキやタクトのこと? そんなこと初めて言われたよ! お目付役は……カロルス様たちだね。あれは大丈夫じゃない。
「ラキやタクトには、依頼を受ける時に相談するよ。カロルス様たちには、今はどんな依頼を受けるかいちいち言ってないからね」
「なら、お前がどんな依頼受けても問題ないってことか」
目を輝かせたシュランさんに、にっこり笑ってみせる。うん、そうとは言ってないけど、結局のところオレが受けたいと思った依頼の邪魔をしたりしないと思う。多分。
だけど、一応声はかけておこうかな。今後、もしそういう依頼を受けることになった時のために。
シュランさんを店まで送り届け、本来逆じゃないかと思いつつオレも帰宅の途についた。
そして、タクトに頼まれた『いい依頼』について聞くのはすっかり忘れていたのだった。
いよいよ15巻発売日!!
早いところではもう既に店頭に並んでいるみたいですよ!
どうぞ楽しんでいただけますように~!!