755 結構な確率
ああ、やっぱりこんな時間になっちゃうよね。オレンジ色の街を歩きながら考える。
「ええと、シュランさんは夜も開いてるから……」
だから、後回しにしてもいいかな? 昼間はガウロ幼少部隊がメインなので、下手するとシュランさんは寝ているかもしれない。
「だけど、ミックはいつ頃帰ってくるかなあ」
少し前までは、オレとミーナに言われて帰宅が早まっていたけれど、きちんと守っているだろうか。
「あ! ユータだ! あの子呼んでこなきゃ」
「カロルス様は?! カロルス様に会った?!」
ひとまずガウロ様別邸でうなぎのお裾分けを、と立ち寄った瞬間、大騒ぎだ。
わっと集まったみんなにもみくちゃにされながら、しっかり確保されてしまった。なんだろう、逃げやしないけども……。
口々に騒いでいるのは……天使様のお守りと、カロルス様のことだろうか。
そう言えば、すっかり忘れていたけれどそろそろカロルス様のことが公になっている頃だろう。天使様の話は……聞こえなかったことにした。
「ユータ! 今カロルス様はいないのよね?! ちょっとすごいことになってるわよ!」
駆け寄ってきたミーナが、念のためという風に周囲を見回してから、ぐいっと思い切りオレを抱きしめて頬ずりした。
なんだか熱烈な歓迎に面食らっていると、陶然と呟く声が聞こえる。
「うふ……きっとカロルス様もこうして……つまりこれは間接的に……」
「…………」
兄妹ってやっぱり似るんだろうか。
しっかり者のミーナだけど、ミックと同じ血が流れていることをひしひしと感じる。そう言えば、ミーナってローレイ様にもきゃっきゃしていたような。ミーハー具合は、赤の工房のサヤ姉と気が合いそうだ。
フンスフンスと鼻息も荒いミーナを押しのけ、やっぱりまだ帰ってないかと肩を落とした。
「ミックがいるかなと思ったんだけど、まだお仕事だよね」
「え、いるわよ? そのあたりの隅で影に沈んでいるでしょ?」
どういう状況?! 慌てて部屋の隅に視線をやると――
「あの、ミック……?」
いた。本当にいた。
恐る恐る近寄ると、視線も合わせず壁に向かって膝を抱えている。い、一体何が……まるでミックの周囲だけ光が避けているみたい。
「ええい! ひとまず浄化!!」
どよりと淀んだ空気がマシになるかと、シュッシュと万遍なく浄化を施してみた。
きらきらした光にやっと顔を上げたミックが、訝しげにオレの名前を呟いた。
「オレ、ここに居ますけど?! どうしたのミック、ゾンビみたいになってるんだけど!」
とりあえず、端的に怖い。
ミックの好きなクッキーを口の中へ押し込んでやると、やっとオレを見て目を瞬かせた。
「え、ゆ、ユー……タ!」
「ぎゅえ」
曲がりなりにも鍛えた成人男性の力で、ミーナと同じことをしないでほしい。オレに回復魔法が必要になる。
「――すまない、少し取り乱した。その、ユータが来たのに顔も見せずに帰ったと聞いて……少し落ち込んていただけだ」
どっちも少しじゃない。
「だから、ユータだって色々都合があるの! カロルス様も一緒だったんだからね!」
オレを助け出してくれたミーナが、ばしばしミックの背中を叩いている。やっぱり、ミーナの方がしっかりしているね。全くこんな些細なことで浮き沈みしていて、騎士様の補佐は務まるのだろうか。
『些細ではないからじゃない? ミックにはね』
――ラピスにもよく分かるの! 落ち込んでしかるべき事態だと思うの!
そうか、ミックはうちの召喚獣たちと同レベルってことか。……さもありなん。
「ユータ! ミックの兄ちゃんなんて放っといて、お祈りしてくれよ!」
お祈り? と振り返れば、以前のように、またお守り待機列ができている。
「カーグの話、聞いたんだ! やっぱり、ちゃんと効果があったんだって」
「だから、絶対ユータにお祈りしてほしいの!」
カーグって……あの、ラピスが助けた子だよね。
「で、でもそれはただの偶然かもよ? だってそんな毎回天使様が見ていて助けられるわけじゃないでしょう。そんなの、もの凄い魔道具になっちゃう」
苦笑して伝えたものの、瞳の輝きは衰えない。
「いいの、分かってるの! お守りなんだから、信じる気持ちが大事なの! ユータのお祈りじゃないと信じられないの!」
そう言われてしまえば仕方無い。オレは、また新たなみんなのお守りに祈りを込める羽目になったのだった。
「すっかり遅くなっちゃった……」
みんながうなぎに夢中になっている間にこっそりミーナにだけ別れを告げて、大急ぎで館を飛び出してきた。ミックも、自分のうなぎを取られないように堪能することに集中しているから、大丈夫だろう。
もう、辺りはすっかり暗い。
暗がりではシロが怖がられちゃう可能性があるので、大人しく馬車に乗って移動している。
「シュランさんが酔っ払ってなかったらいいけどなあ……」
まあ、酔っ払ってたら強制解毒でアルコールを抜いてしまおう。チル爺曰く、なんか夢から一気に現実に引き戻されるみたいで、精神的ダメージがすごいらしいけれど。
「ぼうず、まさか一人か?!」
ひょいと目的地付近で飛び降りると、御者のおじさんが目を丸くした。
「そうだけど、すぐそこだから大丈夫! じゃあね!」
おじさんの手を煩わせまいと、オレはすぐさま建物の影に飛び込んだ。
しばらく止まっていた御者さんも、やれやれと再び動き出す。
目立つ大通りから外れて路地に入ると、トタタと走るオレの軽い足音が響く。
やだなあ、こういう所にいると結構な確率で――
『主ぃ! 今日も冴えた囮だぜ!』
『あうじ、ととりらぜ!』
ですよね! 走り疲れた風を装って立ち止まると、付近の気配もスピードを落とす。これは、アレだ。完全にロックオンされている。
「オレだったら、そもそもこんな時間に一人で歩いている幼児なんて、アヤシイと思うけどね!!」
普通はもっと用心するとか、疑うとかないんだろうか。
『幼児に用心』
オレの中で蘇芳がぼそりと呟き、なぜかチャトが震えている。
『普通はしないわよ……だって相手は幼児だもの。囮に使うはずないし、考えがあるわけもないし』
モモがふよよんとのんびり揺れた。
仕方無い、シュランに連れて行くわけにもいかないし。
きょろきょろと周囲を見回して、なるべく不安そうな顔をしつつ路地裏に進む。
迷子の幼児に見えるだろうか。
『大丈夫だぜ主ぃ! どっからどう見ても貧弱なガキが迷子になってるように見える!』
『そうらぜあうじぃ! ばっちりらぜ!』
そんな所だけ自信満々に言わなくてよろしい。
しばらく進んで立ち止まり、振り返った先には男の姿。慌てた風に走り出したオレは、数人の男にたくみに誘導されて追い詰められていく。
なんか、手際がいいんですけど。これ、絶対酔っ払いでも初犯でもないやつだ。
手っ取り早く行き止まりへ駆け込んで振り返ると、男たちはもう作業完了、みたいな顔で袋と縄なんか取り出している。
叫び声を考慮していないのは、きっとオレが声を出せないと思っているから。そのために、散々走り回らせたのだろう。
「お生憎さま! オレは、冒険者だよ!」
体力は、きっとこの人たちよりある。
「こいつ、まだ動けるぞ! 騒がれんな!」
シャッと両の短剣を鞘付きで構えると、舌打ちした男たちが駆け寄ってきた。
目の前の3人、少し離れた場所に見張りの2人。
伸ばされる手をかいくぐり、無防備な顎を蹴り上げる。そのまま身を捻って、後頸部へ短剣の柄で一撃。目を剥いたもう一人の側頭部へ、短い足で回し蹴り。
どさどさ、と倒れる2人を見て、残る1人が急制動をかける。慌ててナイフを取り出したけれど、もう遅い。視線が腰のナイフへ逸れた一瞬を突き、オレは既に背後へ。がら空きの後頭部に綺麗に短剣の柄が決まった。
「ふう。だけどこれ、どうしようかな」
見張りの2人は、既にラピス部隊の『バチィッ』が決まっていて、倒れ伏している。多分……たぶん、大丈夫。
この人数を連れていけないし、放置するわけにもいかない。
「そうだ! こういうことは、大人に、だね!」
ぽんと手を打ったオレは、いそいそとシュランへ向かったのだった。
15巻発売まであと少し!!
今回も書き下ろしはたっぷり、皆さまへのお礼を込めて、ご要望の多いユータ&カロルスペアの活躍をお届けします!! 特典SSは『例のあの黒髪』別視点を多めに書いてみました!