750 頑張りの成果
「ここが……」
シロ車を降りてしばらく、山あいの川は思ったより川幅が狭いけれど、深さはあるようだ。
ここまで来る人はほとんどいないのだろう、川岸は生い茂った草木で覆われ、全体的に日影がちとなっている。森に守られた透明度の高い、美しい川。
オレたちは視線を交わし、決意を秘めた瞳で頷き合った。
必ずや……手に入れてみせる!
ざっ! と一歩を踏み出したオレたちは、それぞれの装備を身に纏っている。
まずは、実力行使担当、タクト班! 相手は結構なデカさ。ならば、小細工よりも身体ひとつでつかみ取れ! というコンセプトの元、水中装備一式を身につけている。念のためモモを添えて。
次、小細工ならばお手の物、ラキ班! 道中シロ車での試行錯誤の上、色んな罠を用意した。そして、釣り道具も。ラキだと力負けるかもしれないから、竿はシロに装着できるようにしてある。こちらは、蘇芳が運を担当。
そして……
「肝心かなめ! 食べる担当、オレ班!!」
『要と言えば俺様よ!』『かまめ! あえは、たべる班!』
シャキーンとポーズをとったオレ、そしてどこにいても役に立たないチュー助たち。
お揃いの紺色腰巻きエプロンと、頭にはねじりはちまき。お魚と言えば、このスタイルだろう。チュー助たちがお揃いにする必要は、特にない。
『まずは入手することが、肝心じゃないのかしら?』
『そもそも、ネーミングがおかしい』
モモがふよよんと揺れ、チャトのしっぽがふわふわ揺れる。ちなみに、チャトは遊撃班という名の自由行動だ。だってまともに作戦に加わってくれないんだもの。
「そんなことないよ、入手は絶対条件、あとは、いかに美味しくできるか……それに掛かっているでしょう?!」
まあ、ネーミングは置いておこう。
「そうだぜ! 頼むぜユータ!」
「ユータにしかできないことだからね~? 僕たちも頑張るよ~!」
「任せて! ちょっと川の様子見たら、行ってくるからね!」
さっそく各々の準備に取りかかった二人を横目に、川岸に膝をついた。
この川は河原があるようなタイプではなく、川岸からいきなりぐっと深くなっている。
木を支えに、思い切ってとぷんと顔を突っ込んでみた。
心臓がきゅっとなりそうな、キンとした水。目の奥まで冷たい。
音の消えた中で、ゆらゆら光の揺らめく薄青い視界。水面に映る緑は、水底の藻だろうか、森の木々だろうか。
熱々になっていた黒髪が芯まで冷えて、ゆったり後ろへ広がっていく。
ふと視界を横切った小さなお魚が、流れに逆らって留まりながら、オレの口元をつんとつついた。
あれ? 食べかすが残っていただろうか。
「――ぷはっ!」
息が続くぎりぎりまで水中の美しさを堪能して、顔を上げた。冷たい水がみるみる伝って服を濡らしていく。冷えた川の水も、火照った身体がすぐに汗と同じにしてしまう。
「すっごく綺麗な水! いい環境」
泥があれば泥の中に潜んでいるようだけど、砂地と水草だもの、泥臭さもないはず。
「これなら、絶対美味しい! じゃあ、行ってくるね!」
水滴を煌めかせて手を振ったオレに、二人もいい笑顔を返したのだった。
「こんにちは!」
勢いよく開いた店内は、朝方のおかげで人はいない。最近は客の入りも大分落ち着いてきたらしい。
「おや、ユータくん。どうしたの?」
以前は常に惰眠を貪っていたプレリィさんも、今やこうしてランチの準備をするまでになっている。
「あのね! とても重要な任務で来たの!」
高いカウンターに無理してバンと手をつくと、プレリィさんがくすりと笑った。
「へえ? どんな美味しい任務なのか、僕も興味あるなあ」
鍋の火を小さくしたプレリィさんが、カウンターに身を乗り出して耳を寄せた。
「あのね……クロヘビウオのたれが必要なの! その材料があるとしたら、きっと森人のところだから!」
なくても似たものは作れるだろう。だけど、せっかくなら本格的にやりたいもの!
「クロヘビウオ? 何か特別なたれが必要なの?」
「必要なの! すごく、すごく美味しいんだから! お砂糖と、お醤油、コムのお酒、そして、もう一つ! コムのお酒と同じように作る、調味料……みたいなものはない?! こういうのを使って作る――」
取り出したのは、以前チル爺の奥さん、アナヤさんにもらった米麹。みりんと日本酒って、ほとんど作り方が同じだったはず! だから、もしかしたら……!!
「んー、これはお酒の材料だよね。色々あるけど……お酒の一種になるのもあるよ? ユータくんの持っていたお醤油やお味噌みたいな、塩っぽいものはないかなあ」
「ううん! 甘いのでいいの、酒精があってもいいの!」
「それなら、このあたりかな?」
棚の奥から取り出されたのは、白っぽい瓶、琥珀色の瓶、黒っぽい瓶。
オレは、ごくりと喉を鳴らした。果たして、分かるだろうか。だって、普段大して意識して使っていなかったもの。一見、一番近いのは琥珀色。
オレは敢えて黒っぽい瓶から、恐る恐る小皿にとった。
まずはと鼻を近づけて、ツンとくる匂いに首を傾げる。違う、と思うけど念のため。
「わ、酸っぱい!」
ちょっと未知の味。少し甘みもあるけれど、酸味が強くてちょっぴり苦い。お酢とも違うし、使い慣れた調味料の中にはないものだ。
これはこれで興味はあるけど、今は後回し!
次に小皿に取ったのは白の瓶。
おや、これは……? 白っぽいどろどろのこれ、見覚えがある。ほんの少量、爪先につけてぺろりと舐めてみた。
ほわりと広がる優しい甘み。にこっと笑みを浮かべ、小皿に口を付けて傾けると、粘度の高い半固体状のとろとろが流れ込む。ごくりと飲むには少々粒感の強いそれ。
「やっぱり。これ、多分甘酒だよね! おいしい」
欲しい物とは違ったけれど、これはこれで嬉しい。
『おいおい主ぃ、酒なんて飲んだら料理できないぜ!』
『れきないんらぜ!』
左右の肩から激しくほっぺをつつかれ、慌てて首を振った。
「違う違う、これはお酒じゃないの!」
酒粕で作る甘酒とは違う。麹の甘酒はアルコールは入ってないのに、どうして酒なんだろうね。麹から作られる、お砂糖の代わりにできるもの。身体にも良いんだよ!
そして、最後に手に取った本命、琥珀色の瓶。
小皿に注いだ液体は、思ったよりさらりとしている。2つに比べれば粒感はないけれど、オレの知るモノのように不純物なしというわけにはいかない。
祈りを込めて、ひと舐め。
「これ……? 多分、たぶんだけど! これだーー! あった!! みりん!!」
オレは琥珀色の瓶を頭上に掲げて、プレリィさんを振り返った。
「それでよかった? 相当マイナーな調味料だけど、どうして君が知っているんだろうね」
その相当マイナーな調味料を持っているプレリィさんもプレリィさんだと思う!
「ねえ、これらを使って、最高のたれを作りたいんだ! お願い、協力して!!」
「もちろんだよ。僕も、その料理を知りたいしね? 詳しく教えてくれる?」
オレは、頼もしいパートナーと固く握手を交わしたのだった。
*****
『ねえラキ、この辺りでいい?』
「うん、なるべくそうっと~……ありがとう~!」
ロープを咥え、シロがゆっくりと罠を川底へ沈めていく。細い土管のような筒をまとめて束にしただけのもの。
「じゃあ、あとは釣りかな~? だけど、あれで釣れるかなあ~」
苦笑したラキは、騒がしい上流に視線をやった。
「うおぉ?! 無理っ! これ無理! ど~~やって捕まえるんだよ!!」
水面から顔を出したタクトが、激しく水しぶきを上げて憤っている。
「見つけたの~?」
「おう! いたぞ!! けど、ぬるぬるして全然捕まえられねえ!」
本当に素手で行ったんだ、と生ぬるくなる視線をそのままに、ラキはのんびりと釣り糸を垂らした。
「じゃあ、ユータが言ってたみたいに何かで突いたら~?」
「あ、そうか! 木で小さい槍を作ればいいんだな!」
「頑張って~」
言いつつシロの身体にも釣り竿2本を固定。
その時、ラキの竿にアタリが――あった途端、手からすっぽ抜けて飛んでいった。
「……これ僕には無理だね~」
呆然と見送ったラキの隣から、シロが飛び出し見事に竿をキャッチ。
『ねえこれ、引っ張ったらいいの? あ、どうしよう! ラキ、あっちもこっちも!』
アワアワと慌てふためくシロの口には、しなる竿。そして同じようにしなる竿が2本、その胴に取り付けられいる。
『シロ、シロ! ちょっと来てちょうだい! 緊急事態よ!』
『え、え、どうしよう? ラキこれ持って!』
「無理無理! 待って、魔法で――」
慌てたラキが1本の竿を地面へ固定する間に、シロはしなる竿と波立つ水面を引き連れたままタクトの元へ走った。
『陸に上げてちょうだい!』
『わあ、大変!』
ざぶ、と川に飛び込んだシロが水面へ姿を消し、代わりに黒い物体が飛び出してきた。
『あいた、びりっとしたよ』
「ちょっとタクト、何やってんの~?!」
「何じゃねえよ、見りゃ分か――いでででで!!」
「うわっ?! 危ない~! 早くそれ取ってよ~!」
タクトの髪が逆立ち、傍目にも分かるほどパチパチと何かが弾けるのが分かる。
ぐるりと巻き付かれたタクトは、悲鳴をあげつつ何とかクロヘビウオを掴もうとするものの、電流とぬるつきが邪魔をするらしい。
「分かった、このまま服を脱ぐみたいに押し上げりゃあ――あ?!」
陰った頭上を見上げた頬が引きつった。
「ぎゃー?!」
「えええ~?!」
宙を飛んできたもう一匹のクロヘビウオが、びたーんとタクトに叩きつけられる。怒りの電流が迸り、さらに雁字搦めに巻かれたタクトはもはや巻き寿司。
「な、なんで飛んで~?」
混乱するラキの視界の中に、機嫌良く水面を見つめるチャトが映った。長いしっぽは水中に消え、じっと耳と目を集中させた瞬間。盛り上がる水面、身を翻して鋭く放たれる猫パンチ。
「モモ、シールド~!!」
『ええ……?』
すんでのところでシールドに叩きつけられたクロヘビウオが、地面をのたうった。
『ねえラキ、これどうやって外すの~?』
そこへ、川から勢いよく上がったシロが困り顔で駆け寄ってくる。
シロに固定された釣り竿の先には、突如陸に上げられこれまた激しくのたうつ2匹のクロヘビウオ。
「やめて~! 僕が死んじゃう~!!」
――すごいの! 大量なの! ユータが帰ってくるまで弱らないようにしてあげるの!
きゅっと鳴いたラピス部隊が、周囲に1mほどの土壁を立ち上げた。
察したラキがほとんど悲鳴でモモを呼ぶ。
「も、モモ~~!!」
『えええ……』
どうっと湧き上がった水が土壁の内側を満たし、みるまにバチバチとスパークを放つプールが出来上がったのだった。
楽しくふざけてたら長くなっちゃった……
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