749 お魚捕りの依頼
ああ、耳にやかましい野太い声。
まだ外は涼しいと言うのに、この熱気。
朝も早くから文字通り担ぎ出され、オレはギルドのテーブル席でぼうっと目が覚めるのを待っていた。
『朝はこんなに活気があるのねえ』
テーブルの上では、モモが感心したように伸び縮みしている。
今日は二人が朝から依頼を取りに行くって言うから、オレまで連れ出されてしまった次第だ。いい依頼があったらそのまま向かおうって話らしい。
いい依頼ってどうせ討伐でしょう? オレ、先日散々やったからもういいよ……。
あの時の後始末や諸々のやり取りは、執事さんを中心にまだ色々残っているらしい。
どうもカロルス様は勝手に帰ってきたようで、ガウロ様が大変ご立腹だったそう。
王都では今ごろ、ヒュドラ討伐の知らせが公になっているんだろうか。
もうしばらくしてから、様子を見に行かなきゃいけない。新たな演劇を見逃すわけにもいかないし。
「――ユータ、ユータ、落ちるよ~」
ハッと目を開けると……あれ? いつの間に目を閉じていたんだか。
オレは随分斜めになっていた身体を立て直し、何事もなかったように正面の瞳を見つめ返した。
「おはよう~?」
「おはようは、さっき言ったよ!」
言外に寝てないと主張して、改めてギルド内を見回した。
喧騒は、少し落ち着き始めただろうか。
近寄る気にもなれなかった、依頼の並ぶ一角も少し見通せるようになっている。
室温と湿度と臭気が少し下がった気がして、深呼吸した。
「タクトは?」
「まだ頑張ってるよ~」
退屈そうな顔をするラキは、既に加工師向けの依頼を取ってきたらしい。
最近お外はとても暑くなってきたから、正直討伐より涼しい森の中で採取とかしていたい。
「あ、戻って来た」
だけど、その不服そうな顔を見るに、思うような依頼はなかったんだろう。
「あ~! 割が良くて討伐しがいがあって暑くない依頼って中々ねえよな!」
「そんな条件で探してたの~? そりゃ見つからないでしょ~」
「じゃあ、今日はどうする? 薬草でも採りに行く?」
テーブルに伸びたタクトは、けれどそう言ったオレたちへ不敵な笑みを返したのだった。
「――クロヘビウオ? それってお魚? ヘビ?」
オレたちはシロ車で気持ちよく風を受けながら、お日様の輝きと共に段々と暑くなりだした草原を行く。
「どっちでもいいんじゃねえ? 長細いってことだろ!」
どっちでも良くはない。だって、調理法が変わってくるじゃない。
仕方無く図鑑を取り出して探してみると、幸いきちんと掲載されていた。
「どうして報酬が高めなのか、載ってる~?」
上から覗き込むラキと一緒に、見開き1ページに載った情報をつぶさに追った。
今回タクトが選んだ依頼はこれ。クロヘビウオの討伐……というか素材狩りだね。
クロヘビウオの肝は薬効があるらしい。
「身も食えるって言ってたぜ! 魚じゃ狩りがいはねえけど、報酬はいいし、川だから涼しいだろ!」
確かに、ただの魚採りにしては報酬がいい。つまり、『ただの魚採り』じゃない何かあるってことだと思うんだけど。
そもそも、クロヘビウオは普通のお魚じゃなく魔物らしい。図鑑に描かれているイラストは、黒くて長いウツボみたいな生き物。図鑑のイラストって、人づてに聞いて描いたものだったりするので割と当てにならないこともあるんだけど、まあ、名前からして当たらずといえども遠からずってところだろう。
大きさはまちまちだけど、1~3メートル。結構体長はあるけれど、大きくても胴回りがオレやタクトの腿くらいらしいから、そう脅威は感じない。だって、重量的にプリメラの方が大きいもの。
『俺様、主の腿とタクトの腿じゃあ大分違うと思う!』
余計なところにツッコミを入れるチュー助の声は聞こえなかったことにする。じゃあ、間を取ってラキの腿でいいんじゃないかな。
「あ、これがあるからじゃない~? それに、思ったよりランク高いんだね~」
つ、と長い指がページの右上へ滑り、オレの視線を引きつける。
「え、魔法かあ……水場で雷の魔法って、結構危険だよね」
クロヘビウオ自体の攻撃力は見た目通りだけれど、雷魔法を使うと書かれてある。クラウドフィッシュみたいななんちゃって雷撃じゃなくて、しっかり1体で雷魔法を放てるらしい。痺れを伴い身動きが取れなくなるので、特に水中では危険とある。雷というか、スタンガンみたいな電流と思った方が良さそうだ。
討伐のしにくさから、ランクはE~D。ただ、危険度自体は低い。
大人しくて普段は泥や岩の隙間などに潜んでいるので、普通に川に入って攻撃を受けることはまずないみたい。逆に、依頼の難易度は上がるからDランク以上が対象になるそう。
「なんで水場だと雷が危険なんだ?」
「習ったでしょう?! タクト、水をよく使うんだから覚えておかなきゃ! 電気は……じゃなくて、ええと、雷のエネルギーは水とか金属を伝わっていくんだよ」
「あ! そう言えばスプーンでシビレヒルに触ったら、バチバチってなって痛かったんだよな」
「あ~あれね~。ヒルを移動させるのに、鉄製でないスプーンを持って来て下さいって言ってたのに~」
シビレヒルって、小さい割に結構な帯電具合だったと思うけど。あれが痛いですむなら、案外クロヘビウオも大丈夫だろうか。まあ、オレは大丈夫じゃないからシールドを張っておくけど。
「電気も問題だけど、どうやって捕まえる~? 自分の電気で痺れないよう、粘液でぬるぬるしているって書いてるよ~」
「げ、粘液ってミミズみたいなやつか?! 食えるって言ってたのに! 黒くて長くてぬるぬるしてるとか、全然美味そうじゃねえよ!」
タクトの想像ではすっかりミミズに変換されているみたいだけど、海の幸なんかはぬめりのあるものが結構あるよね。川にだって――うん?
「川に住んでいる黒くて、細長いヘビみたいな、電気を放つぬるぬるのお魚……?」
オレの脳裏に浮かんだのは、決して魚ではなく調理後の姿だったけれど。
「っ食べられるんだよね?! しかも、オレの腿くらいの太さで3メートル?!」
でかい。そんなサイズが手に入るなら……!!
にわかに食いついたオレに訝しげにしつつ、タクトが頷いた。
「そうらしいぜ。それなりに美味いけど、骨が多くて食いにくいからイマイチだってさ。でも、お前ならうまいことやってくれんじゃねえかなって!」
そりゃあ、この世界の冒険者さんなら確実にぶつ切りにして食べているだろう。違う、そうじゃない。この魚の真価は、そうじゃないはずだ!
「タクト、ナイスチョイスだよ!! この依頼、気合い入れていこうね! 頑張ろう!!」
ぐっと拳を握ると、何かを察した二人もにやりと笑った。
「おう! 俺たちの分もがっつり確保する案件ってことだな!」
「俄然楽しみになってきたよ~!」
オレたちはさっきよりもずっと真剣に図鑑を眺めて、作戦を練ったのだった。
次発売の15巻、いつものごとく書き下ろしもSSもたっぷり書いてます~! どうぞよろしくお願いいたします!!