748 着眼点のちがい
「えーと、だからね、それはカロルス様しかいなかったからできたことで……」
恨みを込めて視線を投げたけれど、ブルーの瞳とはちっとも目が合わない。我関せずを装っている。
「だけど、ユータちゃんを見つめるたくさんの魔物はいたんでしょう?! なら、私たちがいても同じだと思うの!」
ええ……。
魔物と同レベルになってしまったお貴族様に、オレは熱い頬も忘れるほどに困っていた。
「分かりました、マリーは魔物の群れを探して参ります! そこへ紛れ込めば良いのです!!」
「なるほど! それは名案ね!!」
膝を打ったエリーシャ様たちは、今にも飛び出していきそう。
「ま、待っ――!」
「あー、それよりまずはユータの舞台衣装じゃない? その出来が良かったら、ユータもその気になるかもしれないし?」
セデス兄さんの台詞に、既に扉へ手を掛けていた二人が、ハッと足を止めた。
よ、余計なことを~! だけど、今は背に腹は代えられない……のだろうか。いや、どっちが背でどっちが腹なんだろう……。
「ね、ユータもそう思うでしょ?」
パチンとウインクするセデス兄さんをひと睨みして、渋々頷いた。
「だけど、今はやったばっかりだもの。コンサートっていうのはそんなに連続でするものじゃないんだよ! だから、やるとしてもずっとずっと先の話!!」
そのうち忘れてくれれば、と淡い期待を込めておく。
「そう……確かにツアーを行うなら、もっと事前準備が必要だわ」
「そうですね、綿密な計画を立て、衣装だけでなく諸々必要になってきます」
……オレ、やらないからね? そしていつの間にツアーって話に??
まずは衣装を、と盛り上がりだした二人にため息を吐いたのだった。
『たのしそうー!』『いっしょにやるー!』『やるー! もりもりがりがりー!』
ああ……ここにも広がってしまった。
興奮して明滅する光が3つ、くるくる飛び回っている。
『――そう、その時の盛り上がりと言ったら! 俺様の視線ひとつで場がどよめく、あれは最高だったぜ!』
妖精トリオにあの恥ずかしい討伐コンサートの様子をぶちまけてしまったのは、このねずみ。アゲハが目をきらきらさせていなかったら、執事さんの懐に入れて来ようかと思ったくらいだ。
『お主、ちいとは落ち着いたかと思っておったが、全然じゃのう……』
久々だと言うのに、そのなんとも言えないチル爺の視線と言ったら。
「普段はもっと落ち着いてるよ! あれはちょっと……カロルス様と一緒で気が緩んじゃったというか……」
『お主の気は緩みっぱなしじゃのう』
そんなこと言うなら、あげないからね! じろりと見やると、チル爺はあわてて明後日の方へ視線を逸らしたのだった。
今朝、目が覚めたらいつの間にかロクサレンへ帰ってきていた。オレ、2日連続夕食を食べられなかったんですけど……起こしてくれれば良かったのに!
そして、起き抜けからああして捕まってしまい、こうして自室へ出戻ってきたところだ。
折良く妖精トリオが現われたもので、オレは今絶賛甘い香りをさせて作業中。ストックにある生チョコもどきを妖精さんサイズに丸めてトリュフ風にしている。
温めて緩めた生チョコもどきを指先でくるくるこねるように丸めれば、米粒みたいなサイズの――
「…………」
いや、言うまい。仮にもこれから食べようっていうモノなんだから。
『主ぃ、なんかそれ鼻ク――』
咄嗟にチュー助の口へ生チョコもどきを突っ込んで、危ないところだったと汗を拭った。
『ほんと! あうじ、みてこえ、お鼻みちゃいね! あえはのお鼻よのね!』
あっとアゲハの口を押さえようとして、にっこりした。
「ホントだ! アゲハのお鼻みたいだね~」
なんて純粋な着眼点なんだ。アゲハのかわいい茶色のお鼻だって、もしかすると甘いんじゃないだろうか。
でれでれ笑み崩れると、アゲハはちっちゃい両手でお鼻を押さえた。
『あえはのは、らめなんらぜ!』
「そうなの? 残念だな~。じゃあ、アゲハのお鼻がもうひとつ増えたら、ちょうだいね」
小さなトリュフをそのお口へ放り込むと、にまま、とほっぺが持ち上がって幸せそうな顔。
『らめよ、もうひとちゅはおやぶの! らかや、ふたちゅ増えたら、あげゆわね』
まるで言い聞かせるように腰に手を当てて指を突きつける様は、必死に堪えるオレの腹筋に絶大なダメージを与えた。
『お、おいしー!!』『あまー!! にが?』『これすきー!!』
『ほうほう、これは中々……苦みがよいのう』
妖精さんたちは特に見た目に言及することなく、ほっぺを押さえてくるくる回っている。
チル爺には、もう少し苦みの強いのを用意した方がよかったかも。
「あ、そう言えばチル爺はこっちの方が合うかも。だけど、チョコの後には微妙だからお土産ね!」
急いで取り出したお漬け物を刻み、入れ物がないので紙を折って小箱にした。お料理用の葉っぱにくるんで小箱に入れると、なんだかお土産らしくなったね。アヤナさんと晩酌の時にでもどうぞ。
『ほんっとーに器用じゃのう……』
『どうやったのー?』『ぺったんこがはこになった?!』『まほうー?!』
一瞬キョトンとして、ああ、ともう1枚紙を取り出した。まさか、ここに食いつかれるとは思わなかった。
「お店屋さんでも紙をケースにしている時があるよ? ほら、こんな風に」
箱はもう慣れたもの。よく、折っていた……と思う。ええと、そう、冬にみかんを食べる時なんかに。こたつから出るのが億劫で、剥いた皮をそこへ放り込んでいたんだよ、確か。
懐かしくて、手が覚えているままにもうひとつ、折って見せた。
『『『すごーい!』』』
つぶらな瞳が尊敬を宿してきらきら光る。ちゃんと折れたことにホッとしながら翼を広げて見せた。
『これ、なに?』『分かった、ドラゴン!』『ううん、ワイバーンだよ!』
確かに、鶴はこっちにいないし……というか、鶴だと思い込んでいたけれど、改めて見ると鶴には見えないかも。だって鶴って言ったら長い脚。
これだと尻尾もあるし、確かにドラゴンやワイバーンって言えるかもしれない。
「確かに、ドラゴンに見えるね! これからはそう言うことにするよ」
にっこりするうち、一人が折りドラゴンにまたがって飛べば、他の二人が羨ましがって今にも取り合いになりそう。
慌ててあと2体折る羽目になったけど、折りゴンに乗って飛ぶ妖精さんは、見ている方も楽しい。
どうもチル爺の方から視線が刺さっている気がするけど、まさかね。まさか、チル爺がやりたがるわけもないしね。
『……』
「……いる?」
視線の圧に耐えきれずに小さく零すと、すかさず頷かれてしまった。
『――ほっほう! ワシはドラゴンライダーじゃー! 者ども、続けー!』
『『『おーっ!』』』
小さなドラゴン部隊が窓から飛び出していくのを見送って、生温かくなる視線を逸らした。もしかして、あのまま里へ帰るつもりだろうか。オレ、アヤナさんに怒られないだろうか。もちろんチル爺は怒られるだろうけど。
『分かってないな主ぃ! いくつになっても少年の心を忘れない、それってモテ要素なんだぞ!』
チッチッと指を振るチュー助。それは……そうかもしれないけど、限度ってものがあるんじゃないだろうか。
せめてオレはもう少し大人っぽくあろうと決意を新たにしたのだった。