747 やってみたかった
オレは、大きく息を吸って、目を開けた。
さあ、ここにいるのはカロルス様とオレ、そして目の前の皆さんだけ。
何も恥ずかしいことはない。
思い切り顔を上げ、駆け上がったのは、穴の上に渡した橋。橋げた部分は魔物が上がれないようばっちりシールドを張って、ぬかりはない。
眼下にぎっちり詰まった魔物の群れを見渡して、ぱあっと笑顔の大盤振る舞いだ。
「みんなー! 集まってくれてありがとー!!」
両手に持った大きな即席旗をぶんぶん振れば、呼応するようにギチギチ言う音が大きくなる。
「オレは、ロクサレンのユータだよ! 今日はここへ討伐に来ました-!」
両手を高く掲げれば、皆さんもノリよく両手のはさみを上げた。
「頑張って討伐するから、みんなも応援してくれるかなー?!」
グイグイギイ!
応援してくれるらしい。真っ赤な布をくくりつけただけの旗を振れば、一際大きくざわめきが広がった。
「オーケー! みんな着いてきてね! さあ――行くよっ!!」
オレは意識して生命の魔力をダダ漏れさせながら、旗を打ち鳴らしてリズムを取り始める。
「ンッン~♪ エプロンがリボンにならなくたってぇ~! 気にしないのさ♪」
マイクはないけど、その分思い切り大きな声で。
「エプロンは縮むものさぁ! ヘイ、ヨーッ♪」
「「「きゅっきゅー!!」」」
空中の二階席が黄色く沸き立った。
見事な合いの手に、むちゅっと投げキスを返すと、きゅーっと一際歓声が大きくなる。
『……何よその歌』
気持ちよく旗を振り振り歌うオレの肩で、すごく不満そうな声。
これ? 食堂のおばちゃんがノリノリで歌うやつ。
一緒にお料理したりするうち覚えちゃった。やたらと陽気で、一人歌い出すとみんなが合いの手を入れて追随する楽しい歌だよ。
盛り上がるにはピッタリでしょう?
「……何やってんだよお前は……」
『わあ! 楽しいね! ぼくもやる!』
シロに連れてきてもらったカロルス様は、ステージ上で棒立ち。ちょっと! 盛り上げに加わらないならあっちへ行ってよ!
「右手に包丁、左手にナイフ、さあ! やっちまいなぁ♪」
「アオオーーーン」
見事なタイミングでシロの遠吠えが決まり、フロアが沸いた。
オレも負けてられない。
「刻め! 刻め! 刻め! ここじゃあたしがAランク、ヘイ、ヨーッ♪」
「「「きゅっきゅーっ!!」」」
「アウオォーー!」
カロルス様がやる気の無い顔で旗を打ち鳴らし、リズムを担当する。
さあ、ステージ衣装を揺らしながら披露するは、ソロダンスパート! 激しい振り付けに汗が散る。
「行くよーっ! アリーナ右ぃ――はいっ!!」
舞いながらマントをひらひらさせつつステージを走り、かけ声と共にアリーナの一角を指す。
ドンッと鈍い音と共に火柱が上がった。
「次いくよおーっ! アリーナ左ぃーっ!!」
ドンッと再び上がる炎。会場の熱気は最高潮だ。
だってオレが舞ってるの、火の舞いだもの。
発動したら困るのでナンチャッテ火の舞いだけど、それでも火の魔素が高まってしまう。だから、花火代わりに丁度いい!
「……お前は何をやってんだよ……」
それ、さっきも言ってなかった? もちろん、見ての通り討伐コンサートだよ!
「2階席ぃ! 盛り上がってるー?!」
「「「きゅーーっ!!」」」
「アウアウアオーーン」
おや、シロは二階席だったのか。ノリは抜群、思い思いにくるくる踊り回る管狐たち。二階席はばっちり着いてきている。
「アリーナぁ! 盛り上がっていこ!! 手挙げて!」
再び大きく旗を振り上げれば、前列の皆さんがいっせいに両のはさみを振り上げた。
「後ろのみんなーーっ! もっと前へ! ンッンー♪ 鳴らせ刃、放り込め鍋へ! ヘイヘイヨー♪」
ファンサだよ!
まだ多い火の魔素を使って、小さな火の玉をたくさん生み出した。
「さあ……受け取ってーーっ!」
振り上げた両手と共に、たくさんの火の玉が打ち上がって遥か後方、最後列と思われる場所へ――着弾。
まるでバスドラムのような音を響かせる。
途端にギチギチ音が大きくなって、ぎゅう詰めの観客がさらに前へ押し出されてくる。
もう最前列は折り重なってすり鉢状の穴が埋まっている。
そろそろ、かな?
「今日は討伐のご協力ありがとーっ! お帰りは……こちらっ!! ラピス!」
「きゅっ!!」
ハッとしたラピスの号令一発、沸き立つ熱湯がどうっと眼下のすり鉢に流れ込む。
途端、地響きとともに折り重なる皆さんの中心部がヘコんだ。
よし、狙い通り!
――せんたっきーなの! いっぱい回すの!
「「「きゅっきゅう!」」」
重みですり鉢の底が抜け、蟹たちが下のトンネルへ流れ込んでいく。激しい渦と共に。
鰹節を作る時並みの超高速回転を前に、茹だった蟹たちが原型を留めているはずもなく。
森の外へ吹き出す頃には、ほどよく冷まされ満遍なく周囲にまき散らされるだろう。トンネルの先は荒涼とした大地だったので、誰にも迷惑にならないはず。……ちょっと生臭くなりそうだから、後でラピス部隊に「よく焼き」してもらおうかな。
さて、と振り返ったコンサート会場には、随分と少なくなった観客たち。
オレはチャトに飛び乗って、ゆっくりと低空をひとまわりする。
「まだまだ着いてこれるよねー? さあ、集まってー!」
段々と回転を小さくしていけば、まんまと前へ誘導される皆さん。
さあ、次の曲行っちゃう?
『せめて、違う曲をお願いするわ。食堂のおばちゃんじゃないやつ』
衣装をはためかせてステージに降り立つと、オレは少し考えてにっこり笑った。
「じゃあ、ムゥちゃんの歌、行きます!!」
『そうじゃないのよ……』
『スオー、ムゥちゃんの歌すき』
『そうでもなくて……ええ、私も好きだけれど』
どこか疲れた調子のモモと、大きな耳をぴこぴこさせ始めた蘇芳。
『あえは、一緒にやっていい?』
『だけどアゲハ、絶対絶対落っこちちゃダメなんだぞ?!』
『ぼくに乗っているといいよ!』
みんな、ムゥちゃんの歌なら知っているから乗り気だ。きっとコール&レスポンスも完璧にやってくれるだろう。
「いくよっカロルス様! ムゥちゃんの歌!」
「あー、まあ、もう好きにしてくれ」
ここにムゥちゃんがいないのが残念だ。カロルス様の刻む力強いビートに乗って、チャトのしっぽが揺れ始める。
オレは滴る汗を拭って待ちわびる観客に手を振り、再びステージの上を走り始めたのだった。
「――ああ、疲れた……」
オレはぐったりとカロルス様の腕の中で脱力していた。
討伐コンサートはアンコールを含めて全ての曲が終了、ステージを含め全てを撤収したところだ。ラピスたちの力を借りつつ全ての穴を埋め、ステージの痕跡を消して。
……ちょっとばかり、火の玉の勢いが強くて想定より広範囲に環境破壊が及んだけれど。でも誤差の範囲だよ、きっと。あれだけの蟹が踏み荒せば、このくらいの広場はできちゃうよ。
「いやお前、これなら俺が剣技使っても良かったろうが」
「そんなことないよ! オレはちゃんと決めたこの範囲だけに留めてるんだもの。計算通りなの!」
カロルス様なら、ついウッカリ広範囲をぶち壊すに決まってるんだから。
それに、このやりきった後の疲労感。達成感が心地いい。こんなにめいっぱい歌う機会も、ああして観客が沸き立つ興奮も、そうそう得られるものじゃあない。
『沸き立つ……まあ、そうだな』
チャトが鼻で笑ってあくびを零した。
「いいじゃない、楽しかったし、ちゃんと討伐はしたんだから」
「規格外にも程があんだよ。予想はちゃんと越えて来い、ぶち抜いてくるんじゃねえよ」
呆れた低い声が心地良く身体に響いて、ふわふわ目が閉じていく。
頑張ったから、いいか。
硬い胸板に頬をすり寄せ、もう一度笑ったオレは、素直に誘いに乗ったのだった。
ちゃんと「よく焼き」まで済ませた土地が、以降なぜか肥沃な大地となって大いに賑わう羽目になることなど、知りもせずに。
思いっきりふざけてすみません!でも楽しかったので……