746 ゆるふわな絶体絶命
「唐揚げをあいつらに教えたんだろ? なら、もう貸し借りナシだと俺は思うんだが」
ちゃっかりいただいた唐揚げを頬ばりながら、カロルス様が憮然とした顔をする。
「だけど、オレはみんなに教えただけだもの。ガウロ様は直接関係ないよ」
だって、ガウロ様の懐へお金が入っていないんだもの。あそこは、太っ腹なガウロ様の慈善事業の場。かつ、未来の優秀な人材を自分の所へ集めるための合理的な場でもある。運営は、主に子どもたち自身だ。
「それに、さすがに唐揚げとヒュドラのあれこれは釣り合わないと思うよ……」
「そうか? ヒュドラは何とでもなるかもしれんが、唐揚げはお前がいないと出来ねえだろう」
ならないね。逆だね。
唐揚げなんて、教わらなくてもそのうち誰かが発明するよ。揚げ物を好む地方があれば、きっと既にあるんじゃないだろうか。王都で人気が出れば類似店も増えるだろう。
ただ、唐揚げの作り方は企業秘密にするって意気込んでいたから、わんさか唐揚げ店ができるって事態にはならないかも。
ほんのちょっと味見した唐揚げは、かりりと揚がって滴るほどの肉汁が溢れた。濃い目の味付けは、狙い通りお酒の購入を促進してくれるだろう。
でもカロルス様は、これからお仕事だから麦茶ね!
『見えてきたよ! 森って、あそこでいいのかな?』
軽快に走るシロが、振り返ってしっぽを振った。
シュランを出て一直線に外に出たオレたちは、さっそくシロ車に乗って飛ばしている。
「シュランさんの情報によると、北が今一番物騒ってことだよね」
どうも、東と西は高額になる魔物がいるそうで、冒険者人気が高いらしい。その東でさえあの状況だったのだから、一番不人気な北がどうなっていることやら。
「北か……めんどくせえな」
討伐依頼の割にあまり乗り気でなさそうなカロルス様。行くべきは北と決まってからは、尚更だ。
「何がめんどくさいの?」
「細かいのがいっぱい出て来んだよ。ああ、お前なら食うって言うのかもな、海蜘蛛みたいなヤツだ」
「海蜘蛛みたいって、陸にいるならそれは普通に蜘蛛じゃないの……?」
食べられるなら、食べるけども。
「……食えねえからな? 死ぬほどじゃねえけど腹壊すぞ」
まさか、カロルス様のお腹も?! もしそうなら、オレなんてひとたまりも無い。絶対死んじゃうくらいだと思う!
何があっても口に入れまいと、オレはしっかり口を結んだのだった。
「――で、どうするの?」
これは、蜘蛛じゃなくて蟹だなあ、なんてどうでもいいことを考えつつカロルス様を見上げた。
「どうするかなあ」
げんなりと言う間にも、魔物が分断されていく。まるで周囲に見えない刃物の結界でもあるみたいだ。
ヒュドラとの戦闘を経たせいだろうか、神速に磨きがかかっているような気がする。
蠢く魔物の群れの中、オレたちの周囲だけぽかりと空間が空いていた。
「勝手に寄ってきて斬られてくれるんだから、じっとしていればいいんじゃないの?」
そうすれば、そのうち打ち止めになるだろう。
「いいわけあるか。勝手に斬れてんじゃねえぞ、俺が斬ってんだよ! 疲れるわ!」
いいじゃない……疲れるくらい。
だって、これっていわゆる絶体絶命ってやつじゃないの?
『こんなゆるふわな絶体絶命、初めて見たわ』
『むしろ、余裕綽々』
モモと蘇芳がヒソヒソそんなことを言う。
そりゃあ、まあ……カロルス様がいるし? シールドを張ればいいし? 転移で逃げられるし?
えーと、確かに余裕はある。
「だけど、普通はさ! 絶望的な状況でしょう!」
オレは、ゆっくり周囲を見回した。コンサート会場もかくやという黒山の魔物だかり。クチクチ、ギイギイと歯ぎしりするような音がやかましい。
『残念だね……食べられないなんて』
切ない声を零すシロに、全面同意だ。この蟹がもし、食べられたなら……!
獲り放題……獲り放題なのに!!
思わずぎらついた瞳をしたせいだろうか、周囲の圧が少し後退した気がする。
小さいのは子猫くらいから、大きいのはタカアシガニくらいまで。周囲の森の中には黒々とした大小様々な蟹がひしめき合って、控えめに言って気持ち悪い。これだけ集まっても気持ち悪くないのは、せいぜいヒヨコくらいのものじゃないだろうか。
そしてこの蟹、やたら足が鋭く長くて、平気で木にも登る。蜘蛛と蟹の間みたいな生き物だ。
「どうりで人がいないわけだな。さすがに多すぎるだろ……」
オレたちが一気に森の奥まで来てしまったのも悪かったのだけど、さて、ここらで魔物狩りをと思ったらこの有様だ。
アリーナ後方の皆さんなんて、オレたちの姿は一切見えないだろうに……なぜ集まっているか理解しているんだろうか。ただのノリってやつだろうか。せめてスタンド席がないことには……。
「剣技使ってもいいか?」
「ダメ」
ぼんやり現実逃避していたオレは即答で返事を返す。それをしていいなら、オレだって大きな魔法を使うよ。
――ラピスたちがせんめつしてあげてもいいの。
ほら! こうなるから! 嬉々として参加するだろう管狐部隊が控えてるんだよ?!
そもそも、ガウロ様から『地形を変えるな、ちまちまやれ』って指令を受けている。それってもしや、この事態を予測していたんだろうか。
「やってられるかよ……お前、なんか考えてくれ」
今にも戦闘を放棄しそうなカロルス様を見やって、腕組みをして考えを巡らせる。
落とし穴にすれば……うーん、でもこの数だもの、あっという間に穴が埋まってしまいそう。
電気柵を展開すると木が燃えちゃうよね。木々をなぎ倒さない程度の水流で……だけど、相手は陸生とはいえ蟹だよ? そのくらいへっちゃらじゃない? 竜巻で吸い上げようにも、この鋭い脚で木々にしがみつかれると木ごと引っこ抜くしかなくなっちゃう。あとは……氷結魔法? でも一帯も凍り付いて木々がダメになっちゃうと思う。
地形を変えない、という制約があると中々難しい。
だけど……普通の冒険者の戦闘でだって、多少木々をなぎ倒したりするもの。その程度ならいいんじゃないかな。
「カロルス様、オレ色々することあるから! ちょっと待っててね!」
「は?! お前、いざって時のシールド係だろうが! 俺が疲れたらどうすんだよ!」
「その時は、もうちょっと疲れるまで頑張って!」
その間にも斬撃シールドで蟹を減らせるだろうし。モモを置いて行けばいいんだけど、カロルス様だから大丈夫だろう。
まだ喚くカロルス様を放置して、さっさと自分にシールドを展開、地面に手をついた。
「あんまり掘りすぎても後で埋め戻すのが面倒だし……」
逡巡しつつ、チャトに一番森の外に近い方角を教えてもらってトンネル掘り開始!
そして、元々拓けた場所をもう少し開拓して、すり鉢状の深い穴を。
もっと他に方法はあるんだろうけど、ちょっとやってみたいなと思ってしまったから。
オレは密かに魔法の大盤振る舞いをしながら準備を整えたのだった。