745 情報屋の災難
オレはえぐり込むような鋭い視線を受けながら、必死に頭を働かせる。
そもそも、ガウロ様はどうして天使様とオレが関わりがあるような雰囲気を醸し出してるの?!
えーと、ラピスたちが魔物討伐に協力したっていうのは聞いたんだけど、それと天使教は何の関連もないよね? 大丈夫、オレは関係ないよね?!
「て、天使様が助けてくれたって言うなら、その……すごいことだよね! シャ……じゃなくて精霊様も協力しただなんて、ホントに仲良しなんだ!」
引きつりそうになる表情筋を叱咤して笑みを浮かべ、大急ぎでパンを頬ばった。
注がれる視線が痛い。決して目を合わせてはいけない……ラキみたいに全部見透かされるかもしれないもの。
まったく、どうして執事さんがいない所でそんな話をするかな。お肉に夢中のカロルス様なんて、何の役にも立ちやしない。
「……まあいい。俺も消されたくはねえからな、ここまでにしてやらあ」
悪党の笑みが目に浮かぶよう。
オレは視線が緩んだのを感じて、やれやれとパンを詰め込むのをやめた。
「そんなスカスカのもんばっか食ってねえで、肉を食えや」
呆れた声音で言いつつ、でっかい手がミルクのコップをオレの方へ押しやった。助かった、お口の中がパサパサで窒息しそうだったもの。
一気にミルクを飲み干すと、軽く吹き出したガウロ様がオレの顔面にタオルを放り投げた。
我関せずとひとり食事を貪っているカロルス様をじとりと睨み、多分おヒゲになってるだろう口周りを拭う。
「だけど、どうして天使様が助けてくれたって話になってるの? 見た人がいるの?」
恐る恐る聞いてみると、ごつい肩をすくめてお手上げのポーズ。
「さあな。だからお前に聞いたんだが? その辺りまで調査の手が回ってねえよ。森にいた冒険者どもは、『何か』に弾き出されて命が助かったんだとよ。実際粉砕される魔物を見たってやつもいるが」
聞いてない! さっきのは絶対聞いてないよ! 完全なるカマかけじゃないか……。
「天使様が、魔物を粉砕……」
つい乾いた声が漏れてしまった。どうしてこの世界の人は、それを天使の仕業って思えるんだろうか。オレが知らないだけで、モーニングスターを振り回す天使もいるんだろうか。
と、そわそわしていたメイドさんが、こそこそガウロ様に耳打ちした。
「ガウロ様、カーグとジュノもあの時森にいたんですよ! 二人から聞いて下さい、すっごいですよ! 天使様が本当に守って下さったって興奮してましたから」
「何だと?! ……まあ、その様子じゃ無事だったっつうことだな」
一瞬目を剥いたガウロ様が、大きく息を吐いて腰を落ち着けた。ええと、カーグとジュノはガウロ様の別邸仲間だったよね。そろそろガウロ邸から巣立つ予定の、頼もしい二人だったはず。まさか、巻き込まれていたなんて。
――ラピスが守ったの! 上手くいったの!
そっか……良かった。
上手く行かなかった場合を想像したくないけれど、まあいいか。きゅっきゅと嬉しげな声に、オレは心から感謝して微笑んだのだった。
「――ねえ! まずはどこに向かうの?」
うきうきと弾む心を押さえつけることに失敗して、オレの足はやたらとステップを踏んでいる。
だって、しょうがない。
だって、カロルス様と討伐だなんて!
まずは、と馬車で黄色の街に来ているけれど、外へ行かないんだろうか。
「そりゃあ、ギルドで情報拾って行かねえと何を狩りゃあいいか分からん。ユータ行ってきてくれ、外で待ってるからな」
「え……? どうして? オレが行ってもAランクのことなんて分からないよ」
そもそも、オレが聞いても教えてくれないんじゃ?
無茶を言うカロルス様を見上げ、フードを被った上にバンダナまで口元に装着しだした姿を見て呆れた。
「もう……余計に怪しくて目立つよ」
今はまだ、ヒュドラのことすらあやふやな噂でしかないんだから、討伐したのがカロルス様だってバレてるわけじゃない。多分、数日後にはすごいことになるだろうけど、今はまだ大丈夫。
「だからお前が行ってくれ」
「無理だってば!」
腰に手を当てて睨み上げたけれど、断固として行く気はなさそうだ。
仕方無い、もう強そうなのから手当たり次第に狩ればいいんじゃない?
なかば諦めて、そうため息をついた時、鼻先をいい香りが通り過ぎていった。朝食をたっぷりとったばかりのオレには少々重たいけれど、覚えのあるこれは……
「へえ、王都でも唐揚げが食えるのか」
瞳を輝かせたカロルス様が、きょろきょろ周囲を見回し始めた。カップに入れた唐揚げを美味そうに頬ばりながら歩く人が、ちらほらといる。これは――!
「そう! あのね、オレたちが一緒に協力してシュランさんのお店で――そうだ!」
ハッと思いついたオレは、カロルス様を引っ張ってお目当ての店まで走った。
「うわあ、思った以上に繁盛してるね……」
そこは、以前の通りとは様相を変えていた。お店前の小さな広場スペースは所狭しと小テーブルが並べられ、そこかしこに椅子代わりの木箱。大勢の人が訪れ、ちょっとしたビアガーデンみたいな雰囲気だ。
ちらちらとカロルス様へ集まる視線は、すぐさま逸れていく。そうだよね、怪しすぎるよね。
ちょこまかと動き回っているのはガウロ幼少部隊のみんなだね。さすがの働きっぷりでこの人数を捌いているらしい。
「あ、ユータ!」「忙しいよ! 手伝って!」
口々にかかる声に手を振ってごめんねと謝りつつ、お店へ足を踏み入れた。
お目当ての人物は、きびきび働けそうにないから――ほら、案の定店内の奥に。
「シュランさん! お久しぶり。大盛況だねえ」
パリッと仕立てられた服は、細身の身体によく似合っている。整えられた髪も相まって、ちゃんとこのお店に相応しくバーテンダーさんみたいだ。
「大盛況どころの話じゃね……っ?!」
言葉遣いは直らないらしい。ついでにチンピラな表情も。思い切り振り返って顔を歪めたシュランさんが、オレに続いて入って来た怪しい人物を見上げて口を開けた。
「は……? おま、これ、あの、この、方ってその、カ、カロ――」
オレの髪がふっとそよぎ、トンと軽い音がした。
目を見開いたシュランさんの顔。その下半分を大きな手がわし掴んで、壁に押しつけている。
大丈夫、鼻は辛うじて出ているから息の根は止まってない。
……大丈夫、好意的に見ればこれも壁ドンの一種だろう。問題ない。
そう、瞬きの間に、カロルス様の右手が彼の口元を、左手は壁へ肘をつき、覆い被さるように間合いを詰めていた。
……うん、大丈夫。きっと壁ドンにときめいて瞳を潤ませているに違いない。
だけど、どうしたことだろう。そろそろシュランさんが意識を手放しそう。
「ねえ、急にそんなことしたらビックリするよ」
くいっと服の裾を引くと、カロルス様が頷いて手を緩めた。
「騒がれたくねえんだよ」
指を立ててしいっとやってみせ、シュランさんがガクガクと頷くのを確認して身体を離す。途端に彼はべしゃりと床へ潰れ……あれ? カロルス様、どんな力で壁に縫い付けていたの?
立てそうにないシュランさんにちょっぴり同情を覚えたので、カロルス様は向こうへ押しやっておいた。
「――そんなこと、ギルドで聞きゃあいいだろがァ! フツーの情報だろ、Aランクがいりゃあ何でも教えてくれらァ!」
「だって、カロルス様が見られるのを嫌がるんだもの」
こそこそ話しながら、時折カロルス様を窺ってはビクビクするシュランさん。よっぽど堪えたらしい。
以前、シュランさんはグレーゾーンの情報屋をやってるって言ってたから、こうして来てみたのだけど。
「一人でヒュドラ討伐とか、そんな化け物をほいほい連れてくるんじゃねぇよ!」
あ、さすが。ちゃんとバレてるんだ。
でもまあカロルス様のことだからいいか!
逆に言えば、オレやラピスのことはバレていないらしいとホッと安堵したのだった。
壁ドンってもう古い言葉だよね……ちゃんと伝わるのかなと思いつつ他に言いようがなく(^_^;)
カクヨムさん限定公開に七夕SS更新してます!