739 毒よりもずっと怖いもの
確かにお城に入っちゃいけないって言ったんだけど……ラピスたち、怒られると思ったのか全然気配がしない。悪いことをしたわけじゃない、よね? 怒りはしないけど……オハナシは必要ってやつだ。
すっかり小さくなったオレの頭に、ぽんと手が置かれた。
「……とは言え、あいつらのおかげで被害は相当減ったな。大手柄って言ってもいいんじゃねえか」
確かに、被害はカロルス様だけ。かなり最適な人選をしてくれたとは思う。
「ヒュドラのことだけじゃねえよ? あれのせいで起こりかけた森の暴走が防がれたからな。あいつら多分、相当数の魔物も倒しただろう」
「そうなの? 森の暴走って、魔物がいっぱい暴れて溢れ出すってやつだよね」
それを防いだなら、むしろ褒めてあげなきゃいけないなあ。
なんて考えた途端、戻って来た気配が盛んに訴えてくる。
――ラピスたち、頑張ったの! いっぱい褒めるといいの!
きゅっきゅと嬉しげな声を聞きつつ、これは1日時間をとってゆっくり活躍を聞いてあげなきゃなと思う。そして、しっかり褒めてからオハナシしよう。
「ところで、ヒュドラってどんなのだった?! やっぱり、切ってもにゅって首とか生えてくるの? 勇者様は傷口を燃やして倒すんだったよね?!」
つい目を輝かせて見上げて、苦笑を返される。だって、ヒュドラってすごく有名なんだよ! Aランクって言っても色々だけど、中でも厄介な方だから。
「でかい蛇の塊だ。生えてくるが、生えるより切る方が早ければいいだろ? 切ったらラピスたちが燃やしてくれたしな」
身振り手振りで話してくれた戦闘の様子を、わくわくほっぺを火照らせながら思い浮かべる。
そんなに刻んだら、多分燃やさなくても再生しないんじゃない? とは思ったけれど。いや、万が一欠片全てから再生するなんてミラクルが起こったら目も当てられないもんね。
「ラピスたちもそうだけど、カロルス様だってものすごい大手柄でしょう? むしろ、ラピスたちのことを知らないんだから、勇者様みたいなものだよね?! 怒られることなんてないでしょう?」
もの凄く嫌そうな顔をして額を押さえたカロルス様。きっと嫌がるから、言いかけた台詞はしっかり飲み込んでおこう。
ただ、後々しっかりチェックだけはしておかねば……だって絶対出来るもんね、新たな演劇タイトルが。
一人でにまにましていると、隣から深い深いため息が零れた。
「怒られるっつうと――アレだ。やっぱ呼んだ方がいいか? あいつ……」
「あいつ?」
カロルス様が怒られると言えばエリーシャ様? だけど、この心底苦痛な雰囲気は――
「ああ、執事さん! そっか! 早く呼ばなきゃ!」
そうだよ! こういう時、執事さんかエリーシャ様がいないと、とんでもない方向に転がっちゃう! うまいこと丸め込まれてSランク認定でお城に閉じ込められる、なんてことになったら……!
『閉じ込められはしないでしょうけどねえ……』
呑気に揺れるモモだけど、カロルス様のことだもの! 美味しいお肉が次々出されたら、喜んで残るかもしれないじゃない!
「オレ、呼んでくるよ!」
さっそく転移しようとしたところで、がしりと腕を掴まれた。
「待て待て! 転移すんじゃねえよ!」
あっ……そうだった。
突如部屋に執事さんが増えていたら、不気味極まりないもんね!
「でも……それじゃどうしよう? シロの超特急はちょっと執事さんには辛いんじゃないかな」
「辛いどころじゃねえな?! バラバラになるわ!!」
……ねえシロ? カロルス様をどんな速度で連れてきたの? オレの知ってる超特急と違うような気がするんだけど。
『だって、かろるす様は大丈夫だと思って』
きゅうんと鳴く声と、振られたしっぽが目に浮かぶ。うん、そっか。そうだよね、確かにカロルス様なら大丈夫、問題ない。
「だけど、それだとどうやって連れてくるの? 馬車でなんて、用事が全部終わっちゃうよ」
「お前には転移魔法陣があるだろが。堂々と城から出て、魔法陣使ってこい」
忘れてた! バルケリオス様の魔法陣! それなら正規ルートで連れて来られる!
「急いで行ってくる! でも、カロルス様は? 大丈夫なの?」
膝を打って立ち上がったところで、ソファでだらけるカロルス様を見つめた。
「俺は逃げられねえからなあ……あいつらが来る前に『重要な話し合い』が始まらないことだけ祈ってくれ」
違う。オレが心配したのは、そこじゃないですけど。
鼻面にシワを寄せて呻く美丈夫をじとりと見つめ、腰に手を当てた。
「身体の方! オレがいないと回復できないよ? 万が一の時の解毒だって」
言われてやっと気が付いた様子のカロルス様は、ああ、とどうでも良さそうな顔をした。
「それは心配いらねえな。毒の採取ができりゃあ解毒も始まるだろうし……ん? そうか、解毒が始まればそれなりの時間が必要だな! 回復のためには安静も必要だ。つまり、俺は話し合いの場には出られねえな!」
勝ち誇ったような顔で、一気に表情を明るくしたカロルス様がソファに横になった。
ヒュドラの毒より『重要な話し合い』の方が随分堪えるらしい。
絶対に演劇には入れられないなと思いつつ、オレはぬるい視線を送って小瓶を差し出した。
「これ、オレ特製の回復薬だから、辛かったら飲んでね?」
「そんな危ねえもん寄越すんじゃねえよ」
危なくないです! ちょっとしか生命魔法水入ってないから!!
ぷりぷりしながら扉に手を掛けると、そっと廊下へ顔を覗かせた。
「――どうしました?」
ちょっとビックリしたけど、扉の両脇に騎士さん? が立っていた。これ、もしかしてカロルス様が逃げ出さないように? ううん、きっと弱ったと思われてるカロルス様を守るためかな。
「あの、お家の人に知らせに行きたいと思って」
「お一人で、ですか?」
訝しげにした一人が、室内を確認してカロルス様と何かやり取りしているよう。
頷いて戻って来たところを見るに、オレはお城から出してもらえるらしい。まあ、ただの幼児だしね。
メイドさんに連れられながらお城を出たら、ふわりと風が頬を撫でた。
「シャラ、緊急事態だから、また後で行くね?」
小さな呟きは、風の精霊さんなら拾ってくれるだろう。ふて腐れる彼のために、またお菓子でも差し入れなきゃ。
親切なメイドさんが馬車を呼んでくれようとするのを断って、シロに乗って駆け出した。
「執事さん、怒らないよね? だってカロルス様は悪いことしてないもの」
あれ? それだと怒られるのってオレ?
『じゃあ、ぼくも怒られる?』
耳としっぽを垂らしたシロの足取りが、少し重くなる。
「シロは大丈夫だよ!」
『じゃあ、ゆーたも大丈夫だね!』
う、うん……そうだといいね。
執事さんに怒られたのなんて、もうずうっと前のこと。怖かった執事さんを思い出して、ずんと体が沈み込みそう。
「――転移魔法陣? どうぞ、許可はいらないって言ったじゃないか。むしろ君、割と好きに使ってるよね? メイメイちゃんが街で君の目撃情報を聞いてはウキウキ帰ってきて敵わんのだが」
暗いオレの様子を気に留めることなく、在宅だったらしいバルケリオス様が肩をすくめた。
「メイメイ様が? どうして?」
「君のお土産があると思うからじゃないかね?」
あっ!! そのことを忘れていた。だって、実際は普通に転移でやって来ているから。
「ご、ごめんなさい! 今度持ってくるから!」
「そうかね、まあ、私は構わないが、暑くなってきたからサッパリ系が――」
相変わらずのバルケリオス様が自分の要望を語ろうとした瞬間、瞬きの間に目の前から消えた。遙か彼方に見える背中に唖然としていると、なぜか地面からモモが飛び上がってきた。
『失礼しちゃうわね。感動の再会なのに』
抱きとめて苦笑いする。やっぱり、慣れてきたとはいえ不意打ちはダメらしい。
「急に飛びついちゃダメだよ」
『ほんの親切心よ』
絶対違うよね? 楽しげに揺れるモモをつついて、見えないバルケリオス様にぺこりとやってから魔法陣へと急いだ。