736 平和な利用法
――なるほど、ラピスたちが倒しちゃうと色々面倒なの。
アリスの説明を受け、ラピスはこくりと頷いた。
あれほどの大物となれば、名の知れた魔物。倒せる冒険者も限られており、下手に倒してしまえば調査が入るだろう。
最も、今の時点で既に調査は入りそうだと考えるところまでは、アリスにも至らなかったらしい。
――だけど、どうするの? 放っておくの?
結構な数を間引いたけれど、魔物を殲滅しているわけではない。このままでは、追い立てられた魔物が森の外へ出て行くことは間違いない。
なんとなくだけど、ユータはそれを嫌がりそうな気がする。
――四方塞がりなの。どっちかを諦める必要があると思うの。
それならば、思う存分暴れられる方がいいに決まっている。
――きっと、さっきみたいにうまくいくの! ユータのお守りのせいにするの!
じゃあ、と意気揚々出撃しようとしたラピスを止めつつ、アリスは一生懸命考えた。
アリスは幸い理解していた。さすがに、お守りがあの魔物を倒すというのはやり過ぎだと。
だけど、確かに方向性は合っている。
要は、自分たちが怒られないよう誰かのせいにすればいいわけだ。
「きゅっ!」
アリスの瞳が、きらりと輝いた。
いるではないか、こういう時にちょうどいい人が。
――ふむ、それもいちろあるの。なら、さっそく作戦を開始するの! それまでは、ラピスたちが食い止めるの!
「「「きゅーっ!!」」」
闘志みなぎるつぶらな瞳は、一斉にふわふわのしっぽを振ったのだった。
焦げた鱗が、即座に再生されていく。ラピスは、群青の瞳を細めてピピっと耳を振った。
――魔物は、強くなると魔法が効きにくくなるの。今までのやり方じゃあダメなの。我が隊は、新たな扉を破壊する段階に来ているの。
真剣な瞳で戦闘を眺め、ラピスは重々しく呟いた。
扉なら開ければいいのでは? と思いつつ、アリスも静かに頷いた。
中には魔法のみ、肉体のみに特化する部類もいるけれど、Aランクやそこらになれば、魔物にしろ人にしろ、いずれにおいても一筋縄ではいかないのが普通。大雑把な魔法では、足止めできてもトドメを刺すことが難しい。
それは、まさに今のように。
――こんなの、ズルいの。不公平なの!
すっかり当初の目的を忘れて総攻撃しているラピスたちは、もどかしくふわふわのしっぽを振った。
多頭の巨大蛇は、攻撃を避けもせず存分に当たる。当たるけれど、致命傷に至らない。むしろ触手のような多頭を盾にすることで本体を守っているらしい。
それは、この再生力あってこそ。魔法抵抗力の高い鱗は燃やしても焦げるばかり、断ち切った首は瞬きの合間に、いずれも再生してしまう。
――再生できないくらい徹底的にやるしかないの! もう知らないの! こういう時こそ、フウゥゥルスイング! の出番なの! ミリ一つ残さず消し去ってくれるの!!
群青の瞳が、黒のつぶらな瞳が、ぎらりと光った。
まさに地形が変ろうとした時、呑気な声が響いた。
『わっ、何、臭いよ! ぼくここ嫌だな! ラピス、来たよ! ここでいい?』
優美に1本のラインを描いてやってきた白銀の流星は、森の手前でスピードを緩めて見上げた。
そういえば、彼を待つ間の時間稼ぎであったと思い出したラピスたち。
――シロ、ちょうどよかったの! それをあの辺りに捨ててきてほしいの!
しきりとくしゃみをするシロが、鼻面にシワを寄せて耳を垂らした。
『ええ? 置いてくるってこと? いいのかな? ぼく、本当に臭くてダメだから、そうするよ?』
ちらりと背中の人に目をやり、何やら矢継ぎ早の質問には、微かにしっぽを振って首を傾げることで応えた。
だって、ここはどこなのかシロは知らない。
ただ、連れてきてと頼まれただけ。確か、ちゃんと伝えたはず。『タトーヘビ』を討伐して、だったか。
――それでいいの! ユータのためにはそれが一番なの!
自信満々に頷いたラピスに一声鳴いて、シロはさっさとこの場を離れるべく駆けた。
『ぼく走り抜けるから、頑張って降りてね!』
「降り……なんっ――?!」
人が耐えうる速度ではないそれは、強制的に口を閉じさせた。
『じゃあね!』
ぶん、と身体を一振りして踵を返したシロは、瞬きの間に離脱した。
「うおぉーーっ?! おいぃ?! 何だっつうんだよ!」
慣性の法則をまともに受けた身体が、足がかりにした大木をへし折って地響きをたてつつ着地する。どうやら、選ばれしスケープゴートは頑張って降りられたらしい。
「おいこら! 森が暴走し掛かってんじゃねえか! お前どこまで俺を連れて来たんだ?! 多頭蛇を倒せっつう話じゃねえのかよ?!」
叫ぶ声は、空を覆う樹木に虚しく吸い込まれるだけ。
面倒な書類仕事をサボれると、うっかりシロの誘いに乗ったばかりに……もっと面倒になりそうな予感しかしない。
カロルスは、迫る気配に仕方無く構えを取って、じろりと空を見上げた。
――さすがなの。バレてるの。
うんうんと嬉しげに頷いたラピスが促し、アリスがカロルスの肩へと降り立った。
「お前、アリスか? 説明しろ……つってもお前らの言葉はわかんねえんだよ……シロはどこ行ったんだよ」
言いながら飛びすさった場所を、巨大な何かがなぎ払う。じゅ、と嫌な音と臭いが充満し、周囲が徐々に色を変える。
丸太のような数多の首を振り回し、巨体がずるりと姿を現わした。
「きゅっ! きゅきゅう!」
あれ、あれを倒して、と無邪気に身振りするアリス。
双方を視界に収め、カロルスは目を剥いた。――騙された、としか言いようがない。
「ヒュドラじゃねえかぁーー!! 多頭蛇じゃねえぇ!!」
そうなの? ラピスたちは、ことりと一斉に首を傾げた。
頭がたくさんある蛇は、多頭蛇だったはずなのに。
「あのなあ! Aランクの魔物だぞ! 一人で相手する魔物じゃねえんだよ!! つうか、猛毒あんだろが! 俺が死ぬ!」
そうなの? ラピスたちは再びことりと首を傾げた。この人間は、死なないと思って選んだのだけど。
「くっそ! 死ぬ前に片付けるしかねえ!」
げほ、とむせ込んだカロルスが、後退を諦め前を向く。
「お前ら、協力しやがれ! いいか、とりあえず焼け! みじん切りにしてやらあ!!」
言った途端、襲いかかってきた2本の首がばらりとほどけた。それはまるで、ビーズ細工を解いたように。
なるほど、みじん切り。そうすれば、鱗がない。
――強火! 強火なの!
心得たラピスたちが一斉に炎を放ち、業火に閉じ込められたヒュドラが悲鳴をあげた。
「おお? 効率良いじゃねえか!」
切る端から消し炭に変わることに機嫌を良くし、カロルスはただただ、ひたすらに刻む。
――交代! 火が消える前に交代するの!
収まることのない火柱は、入れ替わる部隊によって炎の檻となった。
「――おらぁっ!!」
振り抜いた切っ先がようやく止まり、きらりと光を反射した。
にらみ据えた先には、もう巨体の影も形もない。
しっぽの先まで丹念に刻み終え、カロルスは剣を収めることもせずに大の字に倒れ込んだ。
「あーー疲れた。現役でもねえのにこんな過酷な戦闘とか……」
ぶつくさ言う様を見て、やっぱりこの人間は大丈夫だったとラピスたちも沸いた。
――諸君、見事な活躍だったの! これにて任務完了とするの! 各々これからも……
「なあ、きゅっきゅ言ってねえで、俺を運び出してくれねえか……」
ラピスが鼻先を上げて朗々と宣言する最中、カロルスは情けない声を上げたのだった。
*****
『ゆーた、ただいま!』
「おかえり! 今日はどこに行っていたの?」
にこにこ帰ってきたシロを抱きしめると、風に当てられた毛並みがひんやり冷たい。
一体、どこまでお散歩に行ってきたのやら。あんまり速いから見咎められることもなくて助かるけども。
ぺったり耳を倒して小さな手を頭に受けていたシロは、しっぽをふりふり楽しげに話す。
『今日はね、かろるす様とお出かけしたんだよ!』
「えっ?! カロルス様と?」
想定外の台詞に驚いて手が止まった。
『そう! ラピスが連れて来てっていうから、超々特急で連れて行ったの!』
たらり、と汗が伝う。ラピスが、カロルス様を……?
なぜだろう、何も事情が分からないけれど、オレにはカロルス様の平和な利用法がひとつも思いつかないのだった。
多頭蛇は、閑話の方にはちらっと出てきましたが、初見で大丈夫です! 割とおいしい大きい蛇さんです。
はちゃめちゃラピスたちのお話も、書いていて割と楽しい。自己中とユータ中の極み。
巻き添えを食うのは誰かなーと考えたんですが、諸々鑑みるとやっぱりこの人選になってしまい……