表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

748/1030

734 部隊の訓練


ユータより少し早く目覚めたラピスは、やわやわと柔らかい首筋にすり寄った。

ユータはいつも、いい匂い。

温かくて、心がふわふわするいい匂い。

「んっ……」

くすぐったかったらしい。ユータが夢うつつできゅっと首をすくめたせいで、ラピスの小さな身体が挟み込まれてしまう。

「んん……? ラピスってばもう~」

嬉しげにきゅっきゅともがくラピスのおかげで、寝起きの悪いユータさえも、なんとか覚醒したらしい。ほやほやと緩んだ笑顔で身体を起こした。


――ユータ、起きたの? すごいの、今日はラピスが起こしたの!

手の平に乗ってしまうくらい小さな獣は、ぬくもりの残る布団の上を飛び跳ねた。

こんな平和な起こし方なら歓迎だ。ユータは感謝して微笑むと、小さな手で今にも閉じようとするまぶたを擦る。


「あれ、ユータがちゃんと起きてる~?」

朝練と称して加工に勤しんでいたラキが、少々驚いた顔で振り返った。寝ていると気付いていたなら、起こしてくれてもいいのに。ユータはそう思うけれど、同室メンバーは知っている。ユータがそうそうのことで起きやしないことを。

そして、放置していてもきっと――。


「起きろーっ! ……あれ?」

思い切り開いた扉から、弾けるような笑顔と声が飛び込んで来た。

「おはよ~、いきなり大声で開けないでってば~。ユータだけを標的にしてくれる~?」

「オレだって標的にしないで?! もう少しまともに起こしてほしいよ!」

まだしょぼつく目で抗議するユータに、二人の視線が生ぬるくなる。


「なら、お前がもう少しまともに起きろよ」

「ユータがまともに起こされてくれたら、解決なんだけどね~?」

「……善処します」

だけど、そう言う間も閉じそうな瞼が無理だと主張している気がする。

ただまあ……毎朝ユータがばっちりと起きているのは、少々寂しい。幸せそうなふくふくとした寝顔を見てこそ、今日という日が良い日になる気がするのだから。

視線を交わした二人は、肩をすくめて笑ったのだった。


「ねえラピス、今日はオレ夕方まで授業があるよ。聖域に帰ってる?」

やっと覚醒して制服に袖を通しながら、ユータが振り返った。

――それなら、今日はお外で訓練するの! 新人の能力を引き上げるためには、たわわな努力が必要なの!

「そ、そう……ほどほどにね」

微妙な言い間違いをそのままに、ユータは鬼軍曹の訓練におののいた。まずやるべきは、新人の心を折らないように留意することでは。

『だけど、みんなラピスから生まれてるんだから、似たようなものじゃないのかしら』

ふよふよ揺れるモモの台詞に、扉にかけた手が止まる。

そ、そんなはずは……あんなに可愛い管狐たちなのに。

ちら、と視線をやった群青の瞳は、今日もつぶらに煌めいている。


気を取り直して手を振るユータを見送り、窓辺のムゥちゃんにしっぽを振って、ラピスも窓の外へ飛び出した。

訓練をするには、何よりも人の居ないところへ行かなくてはいけない。

別にラピスとしては町中で訓練しても構わないけれど。だけどユータは、他の人が傷ついたり困ったりすると悲しそうな顔をする。

だから、ラピスもなるべく人に見つからないよう、トラブルを避けるよう気をつける習慣が身についた。

――人がたくさんいたら、失敗した時にバレちゃうの。

ラピスにとって、ユータ以外は割とどうでもいい。極論、少々人を吹っ飛ばしてもユータにバレなければそれでいいと思っている。


王都付近に転移したラピスは、さっそく管狐部隊を呼びだした。

ここはラピスのお気に入りの場所。王都近辺だと、派手な魔法を使う人間も多いから、もし間違って環境破壊してもラピスがやったとバレにくい。それに、参考にする人間の部隊もいる。

――格好いいの。

うっとりしたラピスの視線の先には、厳つい顔をますます鋭く引き締め、大剣を担いだ大男が城の訓練場を歩き回っていた。

「たるんでるぞ者どもォ! 訓練だからって気ィ抜いてんじゃねえ! うかうかしてっと俺が一撃入れんぞ!」

地鳴りのような声が響き渡り、訓練場はぴりぴりとした気配に満ちる。


――これなの。これこそ真の訓練なの! 戦闘に油断などあるまるき! 緊張感こそ全てなの!

「「「きゅうっ!」」」

著しく緊張感を損なう発言にも、無論、管狐部隊は空気を読んで言い間違いを指摘したりしない。

勇ましくしっぽを上げた部隊に、ラピスは満足げに頷いた。

――まずは、飛行訓練からなの! 矢よりも魔法よりも速いスピードを手に入れるの!

「「「きゅーっ!!」」」

管狐部隊の瞳が爛々と輝いた。

やはり……所詮、ラピスから生まれた眷属達。性格は各々違えど、性質は似たり寄ったりだ。


遥か上空を散々曲芸飛行した後、部隊は王都から離れた大森林へやって来ていた。

魔物の豊富なそこは、手練れの冒険者も多い。そして、一攫千金を狙うそうでない冒険者も。結果的に様々なランクの冒険者のるつぼと化した、危険な狩り場のひとつ。


――次は、実践訓練を行うの! 魔物なら吹っ飛ばしてもユータは怒らないの! ……多分。人もいっぱいいるから、バレないように吹っ飛ばすの!! それも訓練に含むの!

とは言え、広大な森の前では管狐など砂粒のような存在。ラピスはともかく、管狐単体では後れを取る魔物もいるだろう。そうなった時にラピスが加勢して森を破壊すると、それはそれでユータが困ることを知っている。ラピスは、用心深く管狐部隊を2,3体で一個小隊と振り分けた。

これで、各々散ってもそう心配することもあるまい。

……森林破壊を心配する必要は出てきたけれど。


――それぞれ、適当な魔物を討ち取ってみせるの! いっぱいいそうな魔物にするのがコツなの!

珍しい魔物は、倒してしまうと騒がれる可能性がある上、数が少ないということは強敵の場合もある。部隊の心得を神妙に言い聞かせていたところで、ラピスはふと小さな鼻先を上げた。

――おかしいの。森がざわざわするの。

異常を感じ取った管狐部隊も、そわそわとしっぽを揺らす。ラピスはしばし待機を命じると、単身森の奥へ飛んだ。


「くそっ、くそっ! だから嫌だったんだ!!」

「黙って走れ! 追いつかれる!!」

ラピスの目の前を、数人が走り抜ける。どうも、それなりに手練れの冒険者のようだ。目を剥き、流れる血もそのままに、まさになりふり構わず駆ける冒険者たち。

――血が出てるけど、死なないの……多分。走ってるから元気なの……多分。

ラピスは特に気にも留めずにその背後へ視線をやった。

荒れ狂う魔力が、そちらから吹き付けてくる。木々をなぎ倒し、滅茶苦茶に森を破壊しながら、何かがやって来る。

巻き添えを食わないよう高度を上げたラピスは、迫る魔物を眺めて目を細めた。

どうも、手負いらしい。のたうつようにうねくりながら暴れるそれは、巨大な蛇に似ている。ただし、複数の頭を持っていた。

そして、じわりじわりと体表から漏れる液体から嫌な臭いをさせている。

――食べられそうには、ないの。

なら、興味なし。


管狐の小隊にも、やや手に余る獲物だろう。

関係ないとばかりに踵を返したところで、周囲の魔物まで荒れ狂っていることに気が付いた。

この森において相当な強者である多頭蛇が、毒をまき散らし暴れ狂っている。

恐怖に駆られて逃げ出す魔物たちで、森の魔素はかき乱され、さらに魔物を狂わせる。

――森が、暴走するの。

重々しく呟いたラピスは、ハッとした。これは、この状況は……。

――訓練に最適なの!!

群青の目をきらきらと輝かせ、ラピスは素敵な巡り合わせに宙を飛び跳ねたのだった。


たまにはこういうのもいいかなって…

ツッコミ不在でお送りします!!!


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
最強かわいい表紙を携え、もふしら書籍版19巻、8月10日発売! かわいいイラスト付きの相性診断や、帯のQRコードでキャラ投票に参加できますよ! そして今回の書き下ろし120ページ以上!!ほぼ半分書き下ろしです!
今回も最高~のイラストですよ!!

ツギクルバナー
小説家になろうSNSシェアツール
小説家になろう 勝手にランキング
ランキングバナー https://books.tugikuru.jp/20190709-03342/
― 新着の感想 ―
[良い点] ラピス部隊みんなでハ○トマン軍曹ごっこ……楽しそうで何より
[一言] たゆまぬならぬ、たわわな努力━━怖い……((((;゜Д゜))))))) どんだけ酷使されるの〜!? 王都の森大決戦が今始まる! 誰が斃したのか永遠の謎になるんですね?分かりますw
[一言] ほのぼの回かと思いましたが、カタストロフの予感が(^_^;
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ