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732 お漬け物


オレたちは、町からちょっと離れた草原でいつもの通りキッチンスペースを展開していた。

風はささやかに草原の上っ面を撫でる程度、お日様はほどよく温かい。絶好のキッチン日和だ!

あれから急いで在庫を確認、念のために大根は買い足したし、洗浄魔法もかけた。準備は万端だ。

「まずは……お手軽、干さないタイプを作っておこう!」

そうなると、柑橘系の皮とつけ込んだサッパリしたやつがいいな! ゆずはないけれど、風味のある柑橘類なら、こちらにもある。


「お酢がないけど……これでもきっと大丈夫だよね!」

少々悩みつつ取り出したのは、ワインのお酢! 和風のお酢は見つけられていないけれど、これならある。

これって多分、ワインビネガーってやつだよね。どっちかというと沢庵よりもピクルスっぽくなっちゃうんだろうか。

「まあいいか! どっちもお漬け物だし!」

オレは開き直って大根を取り出し始める。いいのいいの、最終的にお醤油入れちゃえば和風になるから!

そもそも、酸味が必要なければ、お酢は入れずに作ってもいいかな。だってオレの収納、腐らないし。

「だけどゆず大根にはお酢が必要だから!」


大きな大根をどすんと取り出し、ちょっと悩んで薄い半月切りと拍子木切りの両方を用意する。

「タクト、これにお塩揉み込んで、ちょっと絞って! ちょっとだよ!」

潰さないでよ、と念を押して山盛りの大根ボウル×2を押しつけた。

「ラキは、これの皮を剥いて細かく切って!」

「え~皮を切るの~? 実は~?」

「実は、後でタクトに搾ってもらって!」

やがて大根のほの辛い香りを、柑橘の涼やかな香りが塗り替え始める。

気持ちいい。気分がすっきりしてくるね。

浸ける液の分量なんて、日本にいた頃だって適当に作っていたんだもの、きっと大丈夫。

ワインビネガー、お砂糖、お塩、レッカの実。そして、柑橘。

ぺろりと味見して、ひとつ頷いた。


「できたら全部、ここへ放り込むの!」

さあ、どんどん行こう!

あの歯ごたえが欲しいんだから、やっぱり干さないとね!

新たに取り出した大根のいくつかは縦の4つ割り、他はそのままで。

「ラキ、今度はこっち! 良い感じに水分を取って! しわっとするくらい」

「ええ~あれ、疲れるんだけど~! 良い感じってどのくらい~?」

「オレも分かんない! だけど、色々あってもいいと思う!」

今回は、実験的な意味もあるんだから。ベストな状態は、これから探していけばいいよ!

オレの腕二本分はあるだろう大根に手を添え、真剣に水分を散らしていく。しっとり冷たくピンと滑らかだった表面が、徐々に、徐々に柔らかく萎びていく。


「ん~干しすぎ、かなあ?」

「それ食うのか……? 父ちゃんが買って忘れてたやつと同じだぞ?」

最初の半分以下になった大根を見て、タクトが引いている。

「このままは食べないよ! ほら、乾燥豆とかだって、こんな風になるでしょう」

「なるけどよ、あれ美味くねえよ」

料理に使えば美味しいじゃない。そうか、この要領でついでに切り干し大根を作っておけばいいね! 保存も効くし!

『俺様、主は保存を利かせる意味なんてないと思う!』

『あうじは、意味なんてないんらぜ!』

アゲハ、ちょっと違う。

た、確かに意味はないかもしれないけど……あれはあれで美味しいからいいの!


少しずつ水分量を変えつつ、たくさんの大根半生ミイラができてきたところで、新たな浸け液に取りかかった。

砂糖・塩・ビネガー少々のシンプル、鰹節や昆布、だしを入れたもの、それと――

「ちゃんとできるかな? はりはり浸けに、なるかな?」

自分で作ったことはないから、わくわくする。

「砂糖、塩、お醤油、お酢、出汁もあった方がいいかな……昆布も入っていたよね? レッカの実はどっちでもいいかな」

目を閉じて、一生懸命思い出してみる。

あの歯ごたえ。ばりり、と噛みしめる心地よさ。お醤油とごはんが合わないはずもなく。

じわりと滲んだ唾液を押しやって、口角を上げた。

遙か彼方の記憶はもうほとんど形を成さないけれど、その味を、感触を、香りを、覚えている。

オレはちゃんと、昔のオレの欠片から出来ている。

それはなんとなく、嬉しいことだと思った。


「これ、全部入れちゃっていいの~?」

「うん! 入れちゃって!」

ビニール袋があれば、もう少し浸け込む液を節約できるのに。

「ユータ、これは捨てていいのか?」

タクトが抱えた鍋には、大根の絞り汁。

「勿体ないから、お味噌汁にしちゃおう! せっかくだしこのまま、夕ご飯作ろうかな!」

脱ごうかと思っていたエプロンから手を離し、よし、と気合いを入れると、素っ頓狂な声が上がった。

「え、さっきの大根食わねえの?」

「お漬け物は、漬けておかなきゃ! 最初に作った分なら、夕ご飯ができる頃に食べられるかな!」

「「ええ~!!」」

今すぐ食べる気満々だった二人からブーイングが上がる。

「だから! ほら、夕食も一緒に作れば時間を忘れられるでしょう?」

にっこり微笑んでみせたのに、納得いかない様子だ。


「じゃあタクト、そこらで美味しそうなお魚獲ってきてくれる? あ、時間かかるからこの間みたいに大きいのはいらないよ!」

「お前な! 簡単に言うんじゃねえよ!」

『大丈夫、ぼくが一緒に探してあげるよ!』

なんだかんだ言いつつ駆けて行った二人を横目に、オレたちは広い草原の中で野菜を刻む。

ラキが刻むニンジンがコロコロ転がって、蘇芳が捕まえては積み上げている。

今日の夕食はね、豚汁と、お魚と、だし巻き、ゆず大根、それとタクト用に角煮でも作ろうか。

豚汁をラキに任せ、角煮を鍋に放り込めば、あとはお魚の到着を待ちながらだし巻きを作るだけ。

「よい……しょっ! ほっ!」

四角いフライパンを大きくあおりながら、まぶしい黄色がくるり、くるり。

見事なもんでしょう。この小さな身体でも、ラキ特製フライパンで、こんなに上手に作れるんだよ。


「ラキも、やってみる?」

じいっと見つめる視線を辿って笑うと、ラキは慌てて首を振った。

「さすがにそれは無理~! 僕、食べる方でいいよ~」

タクトみたいなこと言ってる。今ならオレが手取り足取り教えてあげる大サービスだよ!

「失敗してもスクランブルエッグになるだけだから。ほら、こっち来て持ってみて!」

やっぱり興味はあったのか、じゃあ、とやって来たものの、思ったのと違う。

オレが手を添えて教えるよね? ラキがオレの後ろから手を回す絵面はおかしくない?

「だって、ユータ僕の後ろだと何も見えないでしょ~。手だって届かないし~」

くすくす笑われ、反論できずに頬を膨らませた。仕方無くオレの手の上にラキが手を重ね、右手の箸だってちっちゃい手をラキの手が包んでいる。

……これ、傍から見たらオレが教えられてるみたいじゃない!


むくれつつも一度実践してみせると、ラキはそうそうにコツを掴んだみたい。

「こう……左手と同時に右手を――よいしょ~!」

手早く、はまだ無理があるので段々焦げてきたけれど、だけどひっくり返す作業さえ覚えられたらあとは慣れだもの。

「う~ん、失敗だけど、一応できた~?」

「十分できたよ! 今度からラキも作れるね!」

いびつで焦げた卵焼きを愛おしそうに皿に載せ、ラキは珍しくぴかぴかのほっぺで笑った。

「だけど、これ恥ずかしいから先に食べちゃおうかな~」

「証拠隠滅なら、オレも協力するよ!」

だってほら、まだ高いと思っていたお日様が、もう随分低い位置に来ている。まだまだ余裕だと思っていたお腹が、今にも鳴き出しそう。

顔を見合わせてこそりと笑うと、いざ箸を持ったところで待ったがかかった。


「あーー!! お前らだけズルイぞ! 俺が一番腹減ってんのに!」

獲物を手に、タクトが疾走するシロに乗って瞬く間に飛び込んで来てしまった。

「見つかっちゃった~」

「じゃあ、3人で証拠隠滅だね!」

きっちり三等分に箸を入れると、ふかりと湯気が上がった。

『一体誰から隠滅するつもりなのよ』

モモのぬるい視線など気にも留めず、オレたちはせーのでだし巻きを頬ばった。

「やっぱり焦げてる~」

「おー、なんか違うもんだな!」

「卵が固まっちゃう前にくるくるするといいかもね!」


ちょっとパサついて、持ち上げるとほろっと巻きが崩れて。ところどころ苦い。だけど――

「割といける~」

「おいしいね!」

「美味いぞ」

言ったオレたちのお腹が返事をするように鳴った。ちょっとした食べ物が呼び水になって、空腹感が途端に増したみたい。

オレたちは大急ぎで夕食を仕上げにかかったのだった。


ありがたいことに15巻の予約も始まっているみたいです!

どうぞ宜しくお願い致します!!

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