731 安定の日常
ふと、目が覚めて寮の天井を見上げる。
静かな周囲、圧迫感のある暗闇……ちょっと鼓動が早くなったけれど、大丈夫。
すりり、と傍らのサラサラ被毛にすり寄って顔を埋めた。
朝はちっとも目が覚めないのに、こんな時ばっかり目が覚める。
大丈夫、何も怖いことはないし、不安に思うこともない。今日は楽しかったし、明日も楽しい。
お布団を目元まで引き上げ、ぎゅむと目を閉じる。まつげが下のまぶたに触れているのを感じながら、自分の呼吸を数えていた。
「……ねむくない」
本当に腹立たしい。いつもあんなに勝手にやって来る睡魔なのに。
ため息を吐いて上体を起こすと、両隣のベッドを眺めた。すうすう心地よさそうな寝息と、幼い顔。
「かわいいね」
ふふっと頬を綻ばせて笑う。お兄さんぶったりする二人だけど、寝ている姿はただの子どもだ。
ちょっと考え、豪快に布団を蹴り出しているタクトのベッドへ歩み寄る。そっとお腹に布団をかけ直し、ついでに端っこへ潜り込んだ。
タクトのベッドにはまだ十分スペースがある。オレが入り込んでもいいだろう。
朝起きたら、ビックリするだろうか? しないだろうな。
ほうっと身体の力が抜ける。隣に感じる人の気配、それはそれは心を落ち着かせてくれる存在感。
うん、これなら眠れそう。
あふ、と小さくあくびをしたら、ぐいっと温かい方へ引き込まれた。
「あ……起きてたの?」
目の前の瞳は、ちょっぴり眠そうだけどしっかり開いていた。
「寝てるっつうの。お前も寝ろ」
拳が入りそうな大あくびをかましてオレを抱き込むと、わしわしと乱暴に頭を撫でた。
やがて、トン、トンとリズム良く背中をたたき始める。
誘われるようにうつら、となりかけて、慌てて目を開けた。
「それって、カロルス様の真似?」
「バレたか。その方が眠れるだろ?」
にっと笑った顔は、ちょっぴり既視感がある。だけど。
「カロルス様とは違うよ! タクトはタクトだよ!」
くすくす笑って目を閉じ、ぐっとおでこをすり寄せた。
枕にした腕は、カロルス様よりずっと滑らかで、違う香りがする。
「そーかよ。ああ、早く大きくならねえかな!」
ちょっぴりむくれてぼやくタクトは、オレよりずっと大きいのに。
今度はオレが、トン、トンと彼の脇腹を叩いてあげる。
「カロルス様は、もう居るからいいの。タクトは、タクトでいいよ」
……伝わったろうか? ほんのり照れくさかったから、ちょっとだけ遠回しだったけど。
「……そうかよ」
タクトが、微かに笑った気配がした。
「――おなか、すいた」
まぶたが上がったのが先か、呟いたのが先か。
眩しい日差しはこれでもかと明るく室内を照らし、窓辺のムゥちゃんがご機嫌に揺れている。
のそのそ起き上がると、お布団からオレじゃない香りがふわりと漂った。
「あれ……?」
なんでオレ、タクトのベッドで寝てるんだろ。
「おはよ~。そりゃあ、お腹すくだろうね。もうお昼だよ~?」
作業の手を止め、振り返ったラキが苦笑して立ち上がった。眩しさに目をしょぼつかせていると、スッとオレの両脇に手を入れ、柔らかくベッドから下ろしてくれ……
「え、なんで下ろしたの」
すとんと床へ立たされ、寝起きの不機嫌な顔で見上げる。
「だってユータ、放っておくとまた寝るでしょ~」
「眠かったら、寝てもいいんだよ! お休みだもの」
合宿明けの今日は、疲れがあるだろうってことで、みんなお休みなんだから。
「いいけど、また夜眠れなくなるよ~? じゃあ今日は僕のところで寝る~?」
いたずらっぽく笑われ、羞恥にすっかり目も覚めてしまった。
「ち、違うよ! タクトがすごい寝相だったから! お布団をかけたついでだっただけ!!」
足を踏みならして抗議した途端、ぐうとお腹が鳴る。
「ふふ、それにこれ以上寝たら、エネルギーが足りなくなってユータが縮んじゃうかもよ~」
お腹を押さえたオレは、思わずハッとした。
それは、一理ある。
眠っていても一定のエネルギー消費はあるわけで。寝てばっかりでエネルギー摂取を疎かにすると、本来骨やお肉になるはずだった分が消費される……?! もしそれでも足りなければだよ、今ある分が分解されてしまうなんてことが……!!
『もっともらしく極端なこと考えすぎなのよ』
『お前はただ小さいだけ』
小馬鹿にする視線など意識の外。オレは急いで飴を口に放り込んだ。少しでも犠牲となるエネルギーを入れておかねば!!
「早く! 朝ご飯食べなきゃ!!」
「うん、朝じゃないけどね~」
ラキがぬるい視線を返した時、派手な音を立てて扉が開いた。
「腹減った! ユータは?!」
「起きたよ~」
汗みずくで飛び込んで来たタクトが、顔いっぱいで笑う。
「よし! 食いに行く? なんか作るか?」
「取り急ぎ食べなきゃいけないから! 屋台にしよう!」
オレは一気に寝間着を脱ぎ捨て、大慌てで支度をしたのだった。
「タンパク質よし、脂質よし、炭水化物よし、ビタミンよし!」
いや、実のところバランスは偏りがちなんだけども。だってあんまりお野菜ないんだもの!
細かいことは気にしない! 若い身体にはエネルギーが必要なんだから!
「何の呪文~?」
不思議そうなラキは、串焼き肉をパンに挟んで食べている。
「栄養の呪文!」
適当に答えつつ、オレは具だくさんのスープを口いっぱいに入れた。チキリとお豆、色んなお野菜がとろとろに煮込まれた煮物に近いスープ。固いパンもここへ突っ込めば顎に優しい仕様だ。ふと、離乳食みたいだなと思ったのは頭の片隅に押し込んでおく。
タクトは言うまでもなく串焼き肉を頬ばり、合間にパンとおにぎりを頬ばっている。
スープは美味しかったけど、見ていると身体がごはんを欲してきた。
「おにぎり、ちょっとちょうだい」
「いいけど、お前まだ持ってるだろ?」
「1つも食べられないよ!」
「なら、お前が一口食ったやつを、俺が食う!」
そうですか……。もう何も言うまいと、取り出したおにぎりをひとくち。ほんのり表面が乾いて、微かな塩気は唾液を誘う。だからこんなに甘いんだろうか。
具まで辿り着けずに塩おにぎりだったけれど、シンプルなこれはこれで好き。
「それ、中身なんだ?」
「んー、お魚? ……うん、お魚!」
もうひとくち頬ばってやっと出てきたのは、西京焼き風にしたお魚。タクトへ手渡すと、『二口食べたな……』と言いたげな視線にそ知らぬふりをする。
洋風だったお口の中は一気に和風に染まって、なんだか懐かしい。
「何か、作ろうかな」
和のものがいいな。これこれ、って言いたくなるような、何か。
「だけど、欲しいものは結構あるんだよね」
白いごはんにお味噌汁、お魚の塩焼き、卵焼き、あと何があったっけ?
「梅干し……は、梅がないとどうしようもないし。納豆はあったら嬉しいくらい」
定番の和膳を一生懸命思い出していて、あっと声を上げた。
「そうだ! お漬け物!!」
すっかり忘れていた。定番中の定番だ! 塩漬けくらいは作っていたけれど、沢庵みたいな定番を作っていないじゃないか。
「オツケモノ? 作るって、それも食い物なんだろ? じゃあ作ろうぜ!」
「材料は~? 買いに行く~?」
新たな食べ物、と判断した2人が目を輝かせている。だけど、残念ながら2人が喜ぶようなものじゃあないんだよ。
「食べ物ではあるけど……付け合わせというか。あ、佃煮みたいな?」
「なんだ、オマケか……。でも、佃煮も美味いからいいか」
ガッカリ感は拭えないものの、2人は一緒に作る気満々らしい。
「えーと、大した作業工程がないよ……?」
「いいよ~? 作業が見たいんじゃないもの、食べたいだけ~」
正直でよろしい。
よし、大根はある! もちろん、モドキではあるけれど、大して差は無いだろう。
いてもたってもいられなくなったオレは、大急ぎで残りの昼食を掻き込んで立ち上がったのだった。
*またカクヨムさんの限定公開分SS4話貯まったので、アンケート結果で1つ公開しますね!
(もふしら閑話の方です)
*Twitterの方でフォロワーさんがゲームのキャラメイクでカロルス様とユータを作って下さったんですよ! 2人の仲良しな写真が!ぜひご覧になってくださいね!
ゲーム仲間たくさんいらっしゃる方は『希望の光』パーティとか作りません?!そして私に見せてください!
*14巻SSとブロマイド、コンビニプリント開始されています! 詳細は活動報告へ!