728 賑やかな村
「ユータ、さすが。上手だね」
「う、うん……ありがとう」
にっこり微笑まれて、ぎこちなく笑みを返す。
な、慣れない……まるで幼い子を見るようなトトの視線。
いや、オレの方が大人なんだから、お兄さんぶりたいトトを微笑ましく見守るべきで……
『主ぃ、お兄さんぶるっつーか、まんまお兄さんに見えるぜ!』
『見えゆんらぜ!』
もう……そんなはずないでしょう。ブルの背中でシャキーンとやる二人に苦笑を零し、踏み台から飛び降りた。
オレたちはあの日から張り切って大魔法を練習――してはいる。
イメージを高め、威力を高め、磨き上げを行っている。
……だけど。
何せ、発動してしまえば全員力尽きてしまうんだよね。つまり、そうそう日に何度も通し練習はできないってわけで。
かといって発動まで行えているのに部分練習ばかりしても意味が無い。舞いは動作自体が詠唱代わりだけれど、オレがてきと……工夫を凝らして作った大魔法はそうではないもの。
そんな事情から、以前言っていた村のお仕事を手伝うようになった次第だ。
「だってあんな食事と宿……」
「Aランクに守られた場所でさあ……」
「しかも、あんなの見せてもらった上に指導とか、どんだけよ」
なんて、口々に言われてしまった。一応宿への招待ということで気持ち程度の支払いしかもらっていないため、皆大変心苦しかったらしい。
食費や宿代代わりとしてロクサレンへの貢献という形で返すのだとか。
そんなわけで、今日もみんな村に散って、結構な活躍をしているらしい。
オレはもっぱらトトの遊び相手……もとい、ブルのお世話がメイン。
だって、どうしてもトトに引っ張って行かれちゃうんだもの。どうも、オレの面倒をみようとしてくれているらしく、むず痒くて仕方無い。
「じゃあ今日のブラッシングは終わり。あと、お水を一緒に運んでくれる?」
大きな桶は、一人で運ぶにはかなり辛そうだ。端的に言うなれば……オレには無理。そして二人で運ぶとなると、高低差的にオレは手を添えているだけな気がしてならない。
「ここにお水を入れれば、それでいいんだよね?」
指したのはブルたち用の水飲み。結構な大きさだから、あの大きな桶でも何往復も必要だろう。
「そう。重いけど、井戸は近いし大丈夫」
トトって、身体強化できるんだろうか。それ、水入れたら一般幼児は持てないと思うよ。
「じゃあ、これでもいい? ウォータ!」
さっと両手を上げ、魔法を発動。オレがいる間だけの特典にはなっちゃうけれど、その分時間を有効活用してほしい。
「え、わ……?!」
ちょっぴり溢れてしまったけれど、瞬く間にたぷんと満たされたそれに、トトが目を丸くする。
「す、ごい! 本当に魔法が使えるんだね! あのね、外にも水飲みがあるんだ!」
「よし、任せて!」
きらきらした目は、あの時のトトと変わらない。すごいね、と素直に賞賛されてはにかんだ。
そしてトトに引っ張られるまま、お外の水飲み場も満たし、ついでに汚れの目立つ牛舎(?)外側を洗い流す。
「ユータ、すごい! こっちは流せる? そうなるとこの辺りが目立っちゃうから――」
気付けば牛舎内までぴかぴかに。なんならブルたちのシャワーまで済ませてしまった。
「助かったよ! ありがとう、ユータって本当にすごいね」
にこにこして、やっぱりかわいいね。こうも素直に頼ってもらうと、お兄さんとしてしっかりしなければと思う。
「うん! オレ、結構色々できるんだよ、頼っていいからね!」
ふふんと胸を張ると、トトは少しばかりむせてから、にっこり満面の笑みを向けた。
「そう? じゃあまたお願いしようかな? 本当、ユータって頼りになるね!」
任せていいとも! オレって結構頼れるアニキってやつかも。
『策士……』
『まだ小さいのに、ちゃっかりしてるわね』
弟分に頼られ鼻高々なオレは、そんな呟きなど聞こえることなく手を振って別れを告げたのだった。
敢えて遠回りをして館へ向かっていると、みんなの活躍が目に入って口角が上がる。
もちろん、活躍の筆頭は我ら『希望の光』タクト・ラキだろう。当然、オレも入っているけどね!
そして子どもが多いせいか、村がなんだか溌剌として賑やかな気がする。
「お魚っ! お魚っ! 行きまぁーす!」
「あ、ちょっ?! クラウドフィッシュだからな?! 雷は――」
海の方からも一際弾む声が響いている。続いて、なんだかバチバチとスパークが弾けたような激しい音が。
「嬢ちゃん~?! だから言ったろ! 大丈夫か?!」
「お、お魚に負けるなど……くっ、生の方が色々美味しくできると加減した先生が愚かでした! ご安心をっ! 果てなき食欲は我に在り! サンダー!!」
「あああ?! だからっ、それ前も……」
「ほーら、どうっ? お魚さんもこれで一網打尽……ああっ?! 先生のお魚さんが真っ黒にぃ~~!!」
「……だから……」
うん、賑やかだ。
ご迷惑をおかけしているかもしれないけど、ちょっと我慢して面倒をみておいてほしい。
だって海が一番被害が少ないから。
オレは素早く方向転換すると、そそくさとその場を後にしたのだった。
「ただいま!」
館へ駆け込むと、一直線に階段を駆け上がって扉を開けた。
「おう、おかえり」
気怠げな領主様は、足を机に乗せてあくびをかみ殺している。
「今日もトトのところでお手伝いしてきたよ! トトってば、オレを頼りにしちゃってね――」
オレ用に準備されている小さな椅子を引っ張り寄せ、にこにこその顔を見上げた。
決して邪魔してるんじゃないんだから。
これはね、ご褒美の一環なんだから、立派なオレのお仕事のうち!
足を下ろして椅子を引いたカロルス様が、早々に机の側面に陣取ったオレを不満そうに見やった。
「……そこか?」
「ここだよ! お仕事、残ってるんでしょう」
お膝は後で! 小さな手を差し出すと、渋々書類が渡される。
「お前が来たら休憩の合図じゃねえのか」
「休憩するために頑張るの!」
ご褒美は『俺を甘やかせ』つまり、日常の細々したことだけれど、これは、『毎日館に顔を出すこと』と『カロルス様の仕事中一緒にいること』を叶えているところ。
「思ってたのと違うんだが……俺はただ、仕事中にサボ……癒しを求めてだな」
「手伝うんだから、いいでしょう」
机の上に伸び上がると、ぐいっと薄い唇にお菓子を押しつけた。これも、ご褒美ね!
と、素直に開いたかと思った口が、突如魔物の口みたいに大きくなってがぶりと噛みつこうとする。
「うわぁっ! もう!!」
油断した……。思いっきり身体を引いてひっくり返りそうになったオレを、きっちり固い腕が支えている。
「そんなことするなら、あげないから!」
「そんなことって何だよ? 菓子を食っただけだろ?」
オレの手も食べようとしたくせに! そ知らぬふりでにやにやするカロルス様を睨み付け、しっかり咀嚼する様子を見てこそりとほくそ笑む。
「おいしい?」
「美味いな! しかし最近なんで似たようなクッキーなんだ?」
「見た目は似たようだけど、味は変えてるでしょう?」
「そうか? そんな気はする。まあ、美味いからなんでもいいが」
分からないんだったら毎回同じ味にしますけど?!
小皿に盛ったクッキーは、割とカラフル。大きいお皿に入れると一気に全部食べちゃうから、少しずつ出して調整しなきゃいけない。
「これは最近オレのお気に入りなんだよ。次はジャムとか入れてもいいね!」
「ほう?」
さすがにジャムが入っていたら分かるだろう。そうだ、ジャムもいっそ野菜で作ってしまえばいいのでは?
次々口へ放り込まれるクッキーを眺め、にまにま笑う。そう、これはお野菜クッキー! クッキーで摂取できる野菜なんて知れているけれど、ないよりマシ。カロルス様は甘くないクッキーも好きなので、お食事クッキーを含め、最近はひたすら野菜を入れている。
本人が美味しいって言うんだから、これもちゃんとご褒美で間違いない。
お仕事の大半が片付いたら、そのお膝に座ろう。
背中の圧迫感と熱、頭の上に乗る顎。時々ほっぺを揉みに来る左手。
時折腹に回した手がぐっと締まり、ぐいぐいと頬ずりするだろう。あれ、お髭が痛いんだからね!
ああ、そわそわする。これって、カロルス様のご褒美で合ってる?
オレは手元の書類を眺めるふりをして、真剣な横顔を見つめて笑ったのだった。