727 魔法であるならば
鋼の腕にぐっと背中を預け、興奮覚めやらぬ瞳で見上げた。
「ねえ、あれどうなってるの? 連撃?」
「おう、よく分かったな。どうなってるかはなー、知らねえ!」
がくり……。そうだった、カロルス様たちの剣技は超感覚派。風が起ころうが雷が走ろうが、なぜそうなってるのかはサッパリだそうで。
オレの目に辛うじて捉えられたのは、カロルス様がクロスするように二太刀放ったということ。
炎でも風でもなく、斬撃に沿って純粋な力が魔素を伴って走ったようだった。衝撃波に近いだろうか。
「的とか……意味なかったじゃん」
「岩山、どこ行ったの……」
ひそひそと囁く声がする。どうしてみんな、そんな小さい声でしゃべってるの。
そう、的はね、最初からダミーだよ。だって消し飛ぶのは目に見えていたもの。
だから、カロルス様に言われて作った的は、あの頑強な岩山。あの通りなくなっちゃったけど。
「的はあのくらいで大丈夫って言ったのに。全然大丈夫じゃなかったよ」
唇を尖らせると、カロルス様は苦笑して振り返った。
「悪い、あんなに削るつもりは無かったんだが……」
『そうよ! モモ姉さんに謝りなさい! 消し飛ぶかと思ったわ!』
丸いふわふわボールがぷりぷり怒りながら弾んで来て、オレの中に飛び込んだ。繋がりを通してモモの疲労度が伝わってくる。
そう言えば、モモにシールドをお願いしていたんだった! 剣技が岩山を越えたなら、以降はあまりに広範囲になると被害を把握しきれないのでシールドで受け止めようと……。
ええと、確かに聞こえていたような……あの瞬間、『無理よ!!』って悲鳴が……。
も、もちろん消し飛ぶはずのない位置にモモは陣取っていたんだけど。魔力を消費しすぎてってことだろう。
「モモ、ありがとう。お疲れ様」
『ほんとよ! 私が受け止めたから、海が割れるくらいですんだのよ?! 貫かれはしたけどね!!』
怒ってる。これ以上ないくらい焦点を絞ってシールドを張っていただけに、腹立たしいんだろう。
これ、的もシールドもなしじゃあ隣国まで届いたりして。
随分と近くなった海岸を眺めて苦笑した。確かにコレ、使い道があんまりないね。ラピスとおんなじだ。大きすぎると小は兼ねられないもんだね。
「だけど、こんなに凄いのにどうしてカロルス様はSランクじゃないの?」
桁違いの破壊力は、平和な方法こそ使い道が限られるけれど、国にとっては喉から手が出るほど欲しいものだろうに。
「そんな打診、受けるわけねえだろ?」
にやっと笑ってみせるカロルス様に、確かにと頷きかけて首を傾げた。
打診はあったんだ。それって、打診? 割と拒否権ないやつじゃないんだろうか。
「互いに妥協を重ねた末の、今の地位というわけですね。――さすがに、首輪をつけるのに失敗した場合のリスクは分かっていたようで」
小さく呟く執事さんの微笑みがとっても黒い。その妥協って、主にあちら側がしたんじゃないだろうか。
「あー、そういやお前らに釘刺しとかねえとな。今回のは特別だ、ユータの友だちだっつうからだぞ? お前ら……分かってるな?」
ブルーの瞳でみんなを眺め渡し、カロルス様がしいっと人差し指を唇に当てた。
「言うなよ? ……誰にも、だ」
凄みある笑みを受け、みんなが首振り人形のように頷いている。
なぜ口止めする必要が? 交渉はもうとうの昔に終わったんだろうに。
「……もしかして、この桁違いの威力、知られてないの?」
じっとり視線をあげると、慌てて口を塞がれた。
「当たり前だろ、面倒ごとになるに決まってんのにわざわざ言うかよ! 王都の奴等が知れんのは行動の結果だけ、ってやつだ」
悪い笑みを浮かべている。なるほどね……これこれこういう強い魔物を倒した、なんて結果だけなら規格外の程度は測れない。いくら他人から規格外を訴えたところで、人は自分の物差しでしか測れないもの。
「じゃあ、案外オレもバレないかもしれないね!」
にっこり笑みを浮かべたところで、すかさずほっぺを潰された。
「お前は結果だけで十分規格外が伝わんだよ! 年齢を考えろ!」
……なるほど。だけど、それならもう少し。この世界で大人として扱われる年になれば、もう何も怖いものはない。
「あと……ええ?! それだとまだまだ遠いよ!」
オレは指折り数えて愕然としたのだった。
妙に静かな帰り道、カロルス様は『疲れた』なんて言ってオレを枕にしている。カロルス様が横になると、すっごく幅をとるんですけど。
「みんな、どうだった? ち、ちょっと想定より威力が大きかったけど、オレたちが目指す魔法の参考になるかなって」
黙りこくったみんなが気になって口を開くと、視線が痛い。決して口にはしないけれど、『ちょっとじゃない』と刺さるほどに伝わってくる。
「確かにね~。イメージをしっかり、っていつもユータが言うじゃない~? 僕たちのイメージは、決まったね~?」
こそりと『やりすぎだとは思うけど~』なんて耳に吹き込みながら、ラキが助け船を出してくれた。
「くっそ、悔しいよな! カロルス様はすげーけどさあ、一人だぜ?! 俺ら何人いると思ってんだよ!」
追随するように、タクトがまくし立てた。そうか、タクトは悔しいと思うのか。それこそが、彼が飛躍的に伸びる爆発力なのかもしれない。
呑まれていた皆の瞳に、小さな火が灯った気がした。
「ふふ、ひとつ助言を差し上げるならば……忘れてはいけません。この規格外……失礼、旦那様が放ったのはあくまで剣技であって魔法ではありません。誰にも、剣技でここまでやれと言うのは無茶でしょう」
皆が深々と頷いた。そして、カロルス様がちらとオレを見上げてにやりと笑う。
ああ、腹が立つ……その得意げな顔。
「ですが、皆さまが行うのは大魔法。大魔法はそも、特大威力を発揮するためのもの」
好々爺の顔が、きゅうっと上がった口角で印象を変える。ふっと燃える青い炎が掠めた気がした。
「ならば、できるのでは? 魔法ならば、きっと」
呆然とその台詞を反芻した皆の顔が、変わっていく。
――できる、かもしれない? 自分たちにも?
心の燃える瞬間っていうのは、こんなに劇的なのか。
ぶわりと一気に広がった炎が、目に見えるよう。もしかして、これも執事さんの魔法だろうか。
「な? 人を唆すのはお手の物、だろ?」
わざわざオレを引っ張って耳に唇を寄せ、カロルス様がそんなことを言う。ことさら小さく『魔王め』なんて笑ったの、本当に聞こえてないだろうか。
好々爺に戻った執事さんから、こっちにだけ冷気が漂っているようで身震いした。
「よ、よし、じゃあ今日は特別にデザート作るよ! 明日からとびっきり頑張ろうね!」
ぐっと拳を握ると、歓声があがった。
明日からが、本番。執事さんを交え、容赦ない特訓が始まる。そうお願いしてある。
頑張ろうね。美味しいものを食べて、よく寝て。
頑張れるのは、その土台がちゃんとしてこそだ。
「よう。頑張った俺には、なんか褒美あるんだろうな?」
下から顎を掴まれ、大きな駄々っ子を見下ろした。そう言えば、いつも通りで気にしてなかったけど威厳もへったくれもないこの領主、大丈夫なんだろうか。
『全然、大丈夫じゃないな』
『だけど、今さら』
お疲れのモモに代わって、無口な二人が頑張ってツッコミを入れているらしい。
まあいいか、アレを見て侮る人がいるなら見てみたい。
今度はオレが顔を寄せ、そっと囁いた。
「じゃあ、カロルス様にも特別に……何がいい?」
今日ばっかりは、ご褒美を惜しまなくていいはず。どうせお肉だとか、書類を手伝ってなんてところだろうけども。だけど、いっぱい付き合ってあげる!
楽しげに見上げるブルーの瞳。激烈な攻撃力を秘めたその手は、今は面影もなくふにふにとオレのほっぺを揉んでいる。
ねえ、ご褒美がほしいって言うんだよ。とんでもないことをやらかすこの人を、オレは喜ばせることができるんだよ。
ふわっと笑みが浮かぶのは、オレの方が嬉しくなってくるのは、どうしてだろう。
こんなことで誇らしくなっているオレは、いかにも子どもなんだろうな、なんてまた笑ったのだった。