724 初日のディナー
「うわ、先生本当に来てるんだけど!」
「ええ……シロってどんな速さで走ってるの?! ユータやタクトじゃあるまいし、それ、乗ってられる?!」
メリーメリー先生を連れて戻ると、みんながとっても引いている。
「先生、ちゃんと来たよっ! ちょっと道中の記憶が曖昧だけど!」
……先生の食への執念が尋常じゃない。だって、先生は翌日の授業に間に合うように帰るんだよ? なんのために来たのって感じでしょう。いや、夕食のために来たんだけども。
だけど毎日こんな感じではさすがに困るので、先生の授業をなるべくまとめるよう調整して、数日は一緒に合宿できる手筈になっている。
なんでそうまでして初日の夕食にこだわっているかと言うと……
「ああ~まだか?! もう行ってもいいんじゃないか?!」
「せめて香り! 香りを嗅ぎに行きたい!!」
1階のホールに集まったみんなが、揃いも揃って落ち着かずにウロウロしている。なんだか流れができて、イワシの群れみたいだ。
そんなに焦らなくたって、ちゃんと食べられるんだから……。
そう、なぜって――今日の夕食が『ロクサレンスペシャルディナー』だから!!
少々呆れた目でクラスメイト+メリーメリー先生の魚群を眺めていると、ぽん、とアリスが現れた。
「きゅっきゅう!」
こそっとオレにすり寄ると、鼻先を上げて一声。
「あ、もう行っていいの?」
小さな呟きに、魚群がピタリと止まった。
「夕食、できた?!」
「もうユータが誰としゃべってるか、とか気にしないぜ!」
まだ返事をしていないのに……待ちきれなくなったみんなは、一斉に館へと走り出したのだった。
「す、げえ……」
ごくり――生唾をのむ音がする。
「こ、これが、ロクサレンの力……!」
未知のお料理を前に、みんなの期待値がメーターを振り切っているのが分かる。
いや、別にロクサレンの力じゃあないと思うけど。
なんせ料理の種類が多いもんで、ブッフェ形式を採用。いくつも並べたテーブルには、彩りも鮮やかな種々の料理が、まるで花畑のように並んでいる。
メインの各種カニ料理はもちろんのこと、お魚フライやポテト、みんなにはお馴染みの唐揚げ含む揚げ物類、ハンバーグからどんぶり系まで。何というか、オレにとって馴染みのある料理、この世界では馴染みのない料理ばかりが並んでいる。もちろん、デザートまでひと通り揃っている。
「ゆ、ユータ、どうすれば?! 俺、俺……みんな好きだ、みんな平等に好きなんだ、選べねえ!!」
タクトが苦悩の表情でオレの両肩を掴んだ。
「好きに食べれば? 選べないなら順番に食べればいいじゃない」
「そうか! 片っ端から全部食えばいいな!」
ぱっと表情を明るくしたタクトは、どの端から攻めるか狙いを定めているらしい。
「ふ、ふふっ! ユータとタクトがそんな会話……らしくない~!」
隣でなぜかラキが声を殺して笑っている。どこが『らしくない』のかサッパリなんだけど。
みんなの抑えきれないかん高いざわめきの中、心地よい低音が響いた。
「お~ジフ、張り切ったな! ご馳走じゃねえか」
ハッと振り返ったみんなが一斉に口をつぐんで見上げる。
きっとメイドさんたちに整えられたのだろう濃い金の髪は、いつもより綺麗に光を弾いて艶めかしい。一刀彫りで彫り込んだようなワイルドな造形は、それでいて一部の隙もなく整って見えた。
空気を塗り替える存在感に、フロアの温度が上がったような気がする。
ブルーの瞳は一同を睥睨し――にっ、と笑った。
途端にお日様みたいな大らかさがあふれ出て、思い切り飛びつきたくなるのは……オレだけだろうか。
遥か高みにあるその姿。
かっこいいでしょう。オレの、カロルス様だよ! これが、カロルス様だよ!
こそっとみんなを見回し、そこに確かに浮かぶ憧憬を確認してえへっと笑う。
小さな胸が、誇らしさでいっぱいだ。
今すぐ抱っこしてもらって独り占めしたいし、みんなに見せびらかしたくもある。
『顔がゆるゆるに崩れてるわよ』
モモの指摘にハッと両のほっぺを抑えた。危ない、マリーさんみたいになるところだった。
ちなみに、マリーさんとエリーシャ様はそこで崩れている。
「よぉし、何もかも飯の後だ! 食おうぜ! お前ら酒は飲めねえし、ユータ、いつものアレだ!」
いつもの……アレだね! オレは両手を合わせてにこっとみんなを見回した。
「いくよ? せーのっ――いただきます!!」
うおお、と響いた雄叫びは、まるで開戦そのもの。
「あなたはちょっと待ちなさい! 子どもたちが危ないでしょう!」
「なんでだ?! 俺が領主だぞ! 一番じゃねえのか!」
「大人げないんだけど……」
カロルス様は、と見ればしっかり捕獲されて切ない顔をしている。
さすが、エリーシャ様とセデス兄さんは澄ましていると貴族っぽいね。どうやらカロルス様たちは、きちんと領主一家用テーブルにセッティングされている分を食べるようだ。
みんなに弾き飛ばされないよう、オレはしばしタイミングをずらして立ち上がった。
「んんんん~!!」
「……っ!!」
うーん、声にならない声とはこういうことを言うのかな。みんな、美味しいって言わない。
ただ、ただ必死に次から次へと血走った眼を走らせ、目につくもの全てを味わおうとばかりに忙しく咀嚼している。
やっぱり、カニが一番人気かな? 食べたことのない子も多いし、ロクサレンを代表する味覚になったものね。
オレも久々のカニを前に、待ちわびる口の中が大洪水だ。
やっぱり、まずはボイル。
関節部をパキパキと両側に折って、そうっと引く。するり、と露になる身の艶めかしさと言ったら!
滴るしずくも勿体なく、大急ぎでぱくりと食らいついた。
オレの小さな口いっぱいに頬張っても入りきらない大きなカニ足。
じん、と広がる甘味。
はふ、と溢れる幸せ。
自覚するほどにとろけたオレの顔を見て、わっとみんなもカニ足に群がった。しっかり見ていたらしい、オレの真似をするもんだから、方々からパキパキと小気味いい音がする。
もっとカニを堪能したかったのに……。大渋滞が発生してしまったので、オレは渋々次の卓へと移ったのだった。
みんなの目がうつろになってきたころ、ようやく執事さんからお話があった。
挨拶もすっ飛ばして始まったお食事だったから、みんながこうして落ち着いた頃合いを見計らって仕切り直しだ。聞こえているかどうかは微妙だけど、食前だと全く耳に入らなかっただろうし。
明日からは、いよいよ大魔法の本格練習が始まる。
今日これだけエネルギーを蓄えたんだもの、きっと明日はそよ風を越えられるだろう。
「はあ、美味かった……来て良かった」
「俺、ロクサレンに住む……」
……みんなの会話が食一辺倒なのが若干の不安要素ではあるけれど。
お腹が落ち着くまで館で過ごしたオレたちは、夜風を浴びながらゆっくりと宿まで歩いていた。
お酒なんて飲んでないのに、幸せが過ぎて足元がふわふわする気がする。
「なんか、大魔法できそうな気がしてきたぜ! 規格外になれるんじゃねえ?」
「ロクサレンの食事をいっぱい食べたもんね~。ユータみたくなっちゃかも~」
上機嫌のタクトとラキが、オレの両側でそんなことを言う。それは、褒めてるよね?
口を開こうとした時、メリーメリー先生が無邪気に言った。
「――ねえねえ、先生そろそろ大魔法のこと教えてほしいなって思ったり」
苦しい腹にぼんやりしていたオレたちは、スッと無になる。おや、そう言えばメリーメリー先生には大魔法のことをちゃんと伝えてないような……。だってオレが全部教えているんだもの。
それ、もうちょっと早く聞くべきことだよね……?
しかし、これは好都合。互いに顔を見合わせたオレたちは、一致団結して頷いた。
「……大丈夫、先生が合宿に参加するときに、見られるから!」
にっこり、いい笑顔でそう言ってみせる。
メリーメリー先生はすとんと納得して、にっこり、何も考えてない顔で笑う。
「そっか! じゃあ、楽しみにしてるね!」
無邪気な笑みに少々の罪悪感はあれど、ここは流しておこう。
オレたちは、ひそかに頷き合った。
次に、先生が合宿に参加するまでに――必ず、発動までやり遂げる……!!
もう引き返せない、その場所まで到達してから、先生に見てもらう。
「こんなのはダメ、なんて言われたら堪らないからね!」
燃え上がるやる気を胸に、オレたちは満面の星空を見上げたのだった。
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