723 お急ぎ便
「ユータってしばらく村にいるんだろ? じゃーさ、仕事手伝え!」
「え、遊ぶんじゃないの?!」
ルッカスから出たとは思えない台詞にビックリだ。てっきり、「一緒に遊ぼう」と続くと思ったのに。
3人は得意げに笑う。
「私たち、もう働き手なんだよねー!」
「お前さ、魔法使えるんだろ? ちょっと手伝いついでに見せてくれよ」
「ユータってブラッシング上手だったし、また手伝ってくれたら嬉しいな~」
ブラッシングか……それなら手伝ってもいいな。トトからの熱烈な視線も感じるし、どうせならキャロのところでお手伝いしたい。
「どうせみんな暇だろ? 俺たち全員で手伝えばいいんじゃねえ? 俺も特訓の時間あればそれでいいし」
「え? あ、そっか! ずうっと魔法の練習ってわけにもいかないもんね!」
なんせヤクス村は田舎。娯楽などない! タクト一人で何馬力もあるし、みんなだって冒険者として働いている子たちだもの、これは助かりそう。
「え、ホントにいいの? でもみんな冒険者さんでしょ? 報酬とか……」
急に尻すぼみになったリリアの言葉にも一理ある。
相談してみないと分からないけど、大体の子はハイカリクや周辺の町の子。田舎を舐めないでほしい。きっとみんなやることがなくて暇するに決まってる! むしろやることがあるのは助かるかもしれない。
館の前で解散し、明日各々相談した結果を持ち寄ることになった。
「ただいま!」
久々に正面玄関を開け放って飛び込むと、一直線に走ってお目当ての人に飛びついた。
「おかえりなさい。ふふ、玄関でお迎えするのは随分久しぶりですね」
そして始まる攻防は、抱きとめてすぐ下ろそうとする執事さんVS下ろされまいとするオレ。
だけど、いつも勝者はオレなんだから、いい加減観念して抱っこしてくれればいいのに。
ほら、苦笑した執事さんがぶら下がるオレのお尻を支えてくれる。
「あのね、さっきトトに会ったら、オレより大きくなっていてビックリしたよ!」
「ああ、会うのは久々ですね。しかしトトは……最初からユータ様より大きかったのでは?」
ふと首を傾げた執事さんに、そんなことないよと頬を膨らませようとして……うん? 記憶の中のトト……オレは見下ろしていただろうか?
「それよりも! スケジュールはどんな感じ?!」
秘めたる記憶の蓋を開けそうになって、オレは慌てて話題を変えた。
「ええ、時間はとれそうですよ。そちらの習熟度はどうですか?」
こっそりと執事服の香りを吸い込みながら、完全に体を預けてうーんと難しい顔をする。
「ええと、その、形にはなった……かもしれない」
ロクサレンへ来るまでに何とかしようと、みんなで奮闘した結果――時々、ふわっとそよ風が吹くような……そんな気がする!!
そっと逸らした視線で察したらしい。執事さんが微かに笑った。
「少しでも発動の兆しがあるのなら、上出来ですよ」
「ほんと? みんなちゃんと動きも言葉も覚えたんだよ! あの、ちゃんと頑張ってるんだ!」
「ええ、サボっているなんて思いませんよ。この期間でそこまで練習したんですから」
執事さんの優しいグレーの瞳を見上げ、ホッと息を吐いた。
「……それに、どのみちここでサボれるはずもありません」
微かな呟きと共にふっと浮かんだ笑み。見上げた瞳は、さっきと同じ色じゃなかった気がした。
「ウォウッ!」
その時、外から元気な吠え声が聞こえてハッとする。
「あ! シロが帰ってきた! 割と早かったね」
行こう、と執事さんの服を引っ張り、玄関の方を指さした。
執事さんの腕の中で静かな歩みに揺られつつ、シロの声しか聞こえないなと乾いた笑みが漏れる。絶対賑やかなはずだもの、これはあれかな? 回復が必要なやつ?
「……おや、ユータ様この子は?」
シロが困った顔でオレを振り返った。
『ゆーた、どうしたのかな? 寝ちゃった? ぼく、何かダメだった?』
耳としっぽを垂らしたシロを撫で、にっこり笑う。
「ううん! 大丈夫、連れて来てくれてありがとう! お疲れさま!」
途端にぱあっと弾けた笑顔で暮れゆく空が青空に変わってしまいそうだ。
『そっか! 大丈夫、ぼく疲れてないから村のおさんぽ行ってくる!』
ご機嫌にしっぽをふりふり出かけたシロを見送り、やれやれと地面に伸びている人を眺めた。
「あの、ユータ様……?」
困惑の眼差しを感じ、ちょっと肩を竦めて渋々腕の中から滑り降りた。
絶対に大丈夫と確信しているけれど、このまま放置するわけにもいかない。軽く回復を施すと、タクト並みの反応でがばっと起き上がった。
「ごはんっ!! ……あれ、ここは? シロちゃんは?」
最初の一声はなんだったの。心の叫び? じっとオレを見つめる執事さんを無視するわけにもいかず、オレはため息をついて紹介した。
「えっと、この人がオレたちの担任の先生なんだ……」
「あっ! ユータくん? えっ、ということはここは? そちらの超クールダンディは……」
ばね仕掛けのように飛び上がった先生が、何事もなかったかのように幾分余所行きの笑みを浮かべる。
「はじめまして、私、ユータくんの担任のメリーメリーと申します。急なお願いにも関わらず生徒を受け入れて下さってありがとうございますっ」
「これはこれは、先生でしたか。失礼、私は――」
続く挨拶からの社交辞令やらなんやら。オレは目を瞬いてメリーメリー先生を見つめた。
先生って、やればそれなりにできるんだ。さすが、年の功?
そうこうするうち、沈みかけていた日がどんどん落ちていく。執事さんがにこりと微笑んでオレに向き直った。
「ユータ様、そろそろお食事ですので本日は館の方へどうぞ。またスケジュールのこと等は夜にお話ししましょうか」
「分かった! じゃあ先生、とりあえずみんなと合流しよっか!」
手を引くと、どこか名残惜しそうにしながら歩き出す。シロの『おいそぎ便』でお届けしてもらったのだけど、案の定一般の人体にはダメージ大だったみたいだ。まあ、先生自体は気にしてなさそうだからいいか!
そう、結局メリーメリー先生はどうしても夕食には来ると言って聞かず、こういう強硬手段を取ることになった。授業が終わってからシロのお急ぎ便でやって来て、次の日の授業までに帰るという寸法だ。
「先生、一応聞くけど体はもう大丈夫?」
「え、体? どうしてかなっ?」
うん、まあいいか。
それより、どこかぼうっと遠くを見ているような先生を不思議に思って尋ねてみる。
「あ、ばれちゃった? あの、グレイさん素敵だねっ! はじめましてって言ったけど、先生は会った……というか見たことあるんだよっ! 若いころにね!」
「先生の若いころなんて、執事さん生まれてる?」
ついストレートに口に出てしまったけど、さほど気にした様子もない。
「違うよっ! グレイさんの若いころを見たことあるんだけどね、別人みたいだねっ!」
くふふっと笑う先生は少女みたいにしか見えないけれど。
「えーっ! そうなの?! どんなだったの?!」
「そりゃあもう、すっごい人気だったよ! だけど、すーーーっごく怖くって女の子が中々近寄れなかったみたい」
本当?! オレの目が一気に輝いた。聞きたい! 先生は食後に帰るだろうから、食事時にでもしっかり聞き出さねば! やっぱりクールなカッコよさだったんだろうな! カロルス様たちのことも知ってるのかな?
「いやあ、年を取ると変わるもんだねっ! 先生もきっと随分丸くなったんじゃないかなっ!」
るんるんと足取りを弾ませる先生と歩きつつ、先生は多分小さいころからずっと先生だったんじゃないかなと思ったのだった。
もふしら×laccola おいしいコラボ企画、皆さまのおかげで無事に終了致しました!
不安に思いながらのスタートでしたが、まさかの即完売! ご迷惑をおかけしましたが、とても嬉しかったです。本当にありがとうございました!!
これからも楽しい企画ができたらいいなと思いますので、皆さまからもアイディアや要望ありましたら、ぜひツギクル様へお伝えください!