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722 村時間

どこまでも広がる牧歌的な風景と、草の匂い。

カッコカッコと鳴る馬の足音、擦れ合う馬具と車輪の音。

ああ、心が安らぐ。

オレは、やっぱりロクサレンが好きだなあ。ヤクス村には海だってあるんだから、完璧だ。

「ロクサレンてさ、素朴な場所なんだな。よく名前が挙がるからもっと栄えてるのかと思ってた」

「本当よね、ここが天使教の地だなんて、あんまり想像つかないわ」

見えてきたヤクス村に、みんなは意外そうな声を上げる。

そうだよ、ここはとっても田舎なんだから! オレの大好きな、時間がゆっくり流れる場所。

段々と人が増えてきたけれど、ヤクス村はこのままの雰囲気であってほしいな。


「なあ、またマリーさんたち稽古つけてくれるかな?」

「プリメラは元気かな~?」

転移でしょっちゅう帰っているのに、こうして旅をして戻ってくるのはまた違う感覚だね。

待ち人に会うまでのうずうずするこの時間。だんだんと近づくこの距離。もどかしさで、座っていられない。

「お前、顔がすげえぞ」

「きらっきらしてるね~」

二人に笑われてしまったけれど、自分でもほっぺが赤くなっているだろうことが分かる。だって、こんなにも胸が期待に満ちている。

「……あ!」

ヤクス村の門をくぐった瞬間、オレは声をあげて馬車から飛び降りた。

一足飛びにその広い胸へと飛び込んで頬を擦り付ける。

「ただいま!」

ぐっとオレを締め付ける固い腕。お日様の匂い。

「おう、おかえり」

ああ、堪らない。

オレのちっぽけな体から『大好き』が溢れに溢れて、一帯を埋め尽くしてしまうんじゃないだろうか。


ぴかぴかの顔を上げてブルーの瞳を間近く捉えると、勝手にお顔がへにゃりと崩れてしまう。ブルーの瞳もきゅうっと細くなって柔らかな笑みをかたどった。

「なんだよ、久々みてえじゃねえか」

「だって、馬車で帰ってきたのは久々だもの」

二人してくすくす笑いながら、そっと体を離して次の順番待ちへ。

「エリーシャ様、ただいま!」

「おかえりなさい~! ああもう、離したくない~!!」

こっちはもう、本当に今生の別れからの再会みたいな雰囲気だ。全く、これじゃあオレはもっと頻繁にロクサレンへ帰らなきゃいけなくなっちゃうね!


カロルス様たちがいきなり現れたせいでみんなビックリしていたけれど、オレがあんな……その、甘えたただいまをしちゃったおかげで緊張感は消え去ったみたい。

みんなの前だということをすっかり忘れていたオレは、ちょっと恥ずかしい思いをしたけれど。

「お前、またやらかしたろう」

宿へ向かう道すがら、カロルス様がオレに耳打ちする。

「……そんなことないよ!」

言いつつ、どれだろうかと頭を巡らせた。お外でのカレー? 石塔? 焼き魚? ピビット乱獲? それともゴブリン討伐だろうか。

「わ、これが村の宿? 大きいね!」

どれを誤魔化せばいいのかと悩んでいた時、折よく大きな建物が目に飛び込んできた。

小さな建物ばかりの村の中で、真新しいそれだけが随分と目立っている。


「そうだろう、さすがに大きくないかと思ったんだがなあ」

だけど、貴族の人たちが何人かやってくるなら、お供もたくさん来るだろうし、大きくて損はない。お客が確保できるまでは、部屋数を絞って運営すればいい。

「オレは、素敵だと思うよ! 美味しいごはんが出てきそう!」

村の雰囲気を壊さない、あくまで素朴な優しい顔をしたお宿だ。高級感はないけれど、そんなものを求めてヤクス村には来ないだろう。

「ああ、飯だけは一級品だ!」

にやりと笑ったカロルス様の声は、ばっちり後ろにも聞こえていたらしい。みんなのどよめきが耳に心地いい。

「じゃあ、お風呂は?!」

宿と言えば、食事とお風呂! 期待に満ちた瞳に、カロルス様が苦笑した。


「お前にも意見聞いていただろ? 割と力を入れてだぞ」

だって、この辺りはお風呂がない宿が普通なんだもの。絶対お風呂は必要! と力説したおかげで、ひとまず大浴場が別に作られることになった。

サラマンディアにはあったんだから、大浴場がダメってことはないだろう。湯帷子(ゆかたびら)もちゃんと用意してあるらしい。

「――新しい匂いがするね」

宿の中は爽やかな木の香り。たとたと走るオレの軽い足音が響く。

「部屋は2階だ。食堂は1階の奥な」

言いつつずんずん進むカロルス様。領主様自ら案内してくれるつもりなんだろうか? 

戸惑いながらついてくるみんなは、ぴかぴかの宿内に興味津々でキョロキョロしている。


途中やってきた執事さんがみんなの部屋割りを伝え、オレへにっこりと微笑んだ。

「では、ユータ様後ほど館の方へ」

「うん! すぐに行くからね!」

どうも出迎えだけ、との約束でやって来ていたらしい領主様ご一行は、少々ひんやりした執事さんに追い立てられて渋々帰って行った。


「すげえ、宿に一番乗りなんてすげえよな!」

割り当てられた部屋に入った途端、タクトがベッドの上に飛び乗った。

「いきなり壊さないでよ~?」

荷物を下ろしたラキは、さっそく作業を再開するらしい。

「指輪、もうできそうなの?」

「そうだね、使う分に問題ない程度には~。明日には配ろうか~」

にこっと笑ったラキが、ひとつオレの手に載せてくれた。幅広でシンプルな銀色のリング。大きな魔石を一粒あしらったそれからは、ほんのり魔力が漂っている。

「お! 俺のは?!」

「僕たちのは最後だってば~。元々持ってるんだから、練習の時になくても大丈夫でしょ~」

オレも楽しみにしていたのだけど、まだ先になるみたい。


「じゃあオレ、館の方に行ってくるね」

黙々と作業するラキの邪魔になってもいけない。手元から視線を外すと、タクトもぴょんと起き上がった。

「じゃあ俺も行く! マリーさんいるかな? あ、そうだエリ達に挨拶しとかねえと」

マリーさんは大体いつもいるよ。多分、今呼んだらここに出現すると思うし。そう言えばタクトはエリちゃんと知り合いなんだったね。

二人でのんびり村内を歩いていると、向こうから数人が駆けてくる。

「やっぱりユータだ! おーーい!」

「二人とも久しぶりー!」

うわ、みんな大きくなったな。

ルッカス、キャロ、リリア。子どもたち3人衆には今やエリちゃんも加わり、村の賑やかしに最も貢献しているだろう。もう村の一員として仕事を担っているせいか、どちらかと言えば子どもというより若者という印象を受ける。

「タクト、また大きくなったね! ちょっと強そうじゃない?」

「ちょっとじゃねえよ!」

「ユータはやっぱり変わらないね~」

「変わったよ?!」

3人は随分身長も伸びて、出会った当初の印象が強いオレからすると別人みたいだ。


「おーい!」

さらに息を切らして駆けてきたちびっこ二人組。

「アンヌちゃん! 元気だった? それと……トト?」

お、オレのかわいいトトが……。

いや、まだ7歳くらい。十分かわいい、かわいいのだけど。

「ユータ、ひさしぶり! あの宿にとまるんでしょう? いいなあ」

キャロとよく似た穏やかそうな面立ちそのままに、すっかり身長は追い抜かれてしまった。すらすらと淀みなく話す口調にも慣れない。

クッキーを頬張っていたあの頃の3歳児が懐かしい……。

「懐かしい……ユータって変わらずかわいいねえ。手を引いて歩いていたの、覚えてる?」

ふふ、と笑う顔は以前のままだけど、撫でられたオレは複雑極まりない。あの頃は、オレが余裕を持ってトトと遊んであげていたのに。

トトはあの頃から既にオレに対する認識が『かわいい』だったのか……結構な衝撃だ。


みんなの影が地面にくっきりと伸びる中、領主館までの道を連れだって歩く。

思い思いにばらついて、寄っては離れる影を眺めていると、なんだか青春ってやつみたいだとくすりと笑った。

『青春にはちょっと早いんじゃないかしら』

『主にはまだ早い』

すかさず入ったツッコミは、しっかり右から左へ受け流しておいたのだった。


村の子たちは誰が誰とか適当でいいです!(笑)


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― 新着の感想 ―
[良い点] 穏やかな時間が流れるロクサレン、素敵です。 ごはんが美味しくて大浴場のある宿で、のんびりしたい!
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