720 焼き魚
「スモークさんてば、大げさだよね。ちょっと大きめに作っちゃっただけだよ」
オレは大慌てで戻ってくると、石塔を見上げた。
以前の魔王城に比べたら、こんなの可愛いもんだ。便宜上石塔と言ってみただけで、休憩所内なんだもの、決して巨大な建造物じゃない。
せいぜい3階建てくらいだろう。
そう、ただ石造りなのでちょっぴり立派に見えるだけ。
『……で、早く元に戻すんじゃなかったの?』
唇を尖らせて見上げていると、肩のモモが訝しげに伸び縮みして、やわやわした感触がオレのほっぺを持ち上げた。
「だって……せっかく作ったのに」
結構魔力を使ったし、こんなにガッシリどっしり頑丈そうな石塔、このまま置いておく方が価値があるでしょう? 勿体ないよね。
『ゆーた、お魚はもういいの?』
石塔を前にしばし悶々としていたら、冷たいお鼻がほっぺをつついた。ついでにぺろりと舐められ、濡れたほっぺがひやひやする。
「そうだ! 焼き魚!!」
こんなところで時間を食っている場合じゃない!
一気に塔を崩して土に戻し、飛び起きたみんなを放置してシロの背にまたがった。
「みんな、おはよう! ちょっと出かけてくるね!」
寝ぼけ眼で恨めしそうにされた気がするけど、オレだって起きてるんだから問題ない。ぜひみんなでタクトを手伝ってほしい。
『ゆーた、あそこだよ! ゆーたの真似をして、お魚さんを新鮮なまま入れておいたの!』
シロの言う『新鮮なまま』はつまり普通に生きているってことだ。どうやら小さな生け簀を作って入れておいたらしい。シロと、タクトの水の剣による合作だ。
近づくにつれ見えてきた生け簀の向こうには、広々とした湖が寝起きの瞳に眩しく朝日を反射している。こんな湖で採れたお魚なら、きっと美味しいに違いない!
「食べられるお魚だよね? ちょっとジフを連れてきて見て貰おうかな! 何匹かいるなら、絞めてラピスに持って行ってもらえばカロルス様もきっと喜ぶね!」
そして呼びだしたジフに怒られなくてすむだろう。そんな悪知恵を働かせつつ、待ちきれずに溢れてくる唾液をこくりと飲み込んだのだった。
*****
「――おんやぁ? 今日は随分賑わっとる」
御者の男が漏らした呟きに、二人きりの乗客が顔を上げた。ショボつく目を眇めて眺めると、なるほど休憩所内にたくさんの先客がいるようだ。
「俺ら朝一番の馬車に乗ったつもりだったんだが。違ったのか?」
「いやぁ、ロクサレンへはこれが朝イチでさぁ! 持ち馬車か……泊まりかってとこでしょうな。こんなところで泊まるヤツらは滅多といないんですがねぇ」
不思議そうな御者に、男達も首を捻る。
「しかも随分多くないか? まさか野盗……ではなさそうだな。んん? 小さいような気がするが……」
「そうだよな、気のせいじゃなければ子どもじゃないのか?」
すっかり目も冴えた二人は、揺れる馬車の上に立ち上がって身を乗り出していた。
「学校関連ですかねぇ、ハイカリクに学校があるんでさぁ」
「ああ、冒険者の育成に力を入れているらしいな」
「タダでもなれる冒険者なのに、わざわざ学校に行くなんざ、酔狂なことだよな」
冒険者パーティらしい二人は、護衛も兼ねているのだろう。恐らく乗り込んでくるだろう人数に、少々顔をしかめた。
「なんか、変な臭いしねえ? 何かが燃えているような?」
「確かに。火事ってわけじゃあなさそうだが」
近づくにつれ、漂ってくる香りに鼻をひくつかせ、しっかり目視できるようになった光景に首を傾げる。
同じ年頃の子どもばかり、十数人はいるだろうか。
しかし、いくら目を凝らしても大人が見当たらないようだ。
ほどなくして休憩所に立ち寄った3人は、スッと口を閉じてその光景を凝視していた。
「えっと、あの。おはようございます?」
視線に気付いたらしく、一際小さな幼児がドギマギと頭を下げた。じっとこちらを見上げる顔には、『どうしてこっちを見てるの?』と如実に書いてあるが、どうしてもこうしてもない。
そして、なんだ……その顔。
きめ細かな柔肌を縁取る漆黒の髪、滴るように潤んだ黒の瞳。瞬く度に音がしそうな睫毛。無防備に緩んだ小さな唇。その両端に何やら食べかすがくっついていることだけが、現実味を帯びていた。
一方のユータは困っていた。
あんまりじっとお魚を見つめているから、もしや食べたいのだろうかと思ったけれど、今度はユータを見つめたまま視線を固定されてしまった。
「ええと……オレの顔になにか?」
傾げていた首をもう一度反対側に傾げた時、スッと目の前に人影が割り込んだ。
「うん、ついてるね~。お魚がばっちりついてる~」
「えっ?! うわ、ホントだ!」
慌てて口元に手をやったユータは、想定以上にしっかりついていた食べかすに頬を染めてごしごし拭う。
見つめるだけじゃなく指摘してくれればいいのに。ユータは、見た目に似合わず人見知りな人たちだな、なんて見当外れなことを考えていた。
「おはよ! 場所、空いてるぜ?」
快活な笑みで声をかけられ、男たちはハッと気付いて咳払いした。まだ寝ぼけていたんだろうか、あんな幼児に見惚れるなんて。
「あ、ああ。……いや、そうじゃないよな?! なんだよそれ?!」
気を取り直したところで、状況は変わらない。理解しがたい光景を指さし、男たちは互いに視線を交わし合った。これは、異常だよな? 俺たちがまともなんだよな??
「やっぱり食べたかったの? いいよ、いっぱいあるから」
ひょい、と顔を覗かせた黒髪の幼児の前に、今度は快活な少年が入る。
「えー、俺まだ喰うけど」
「食べてもいいけど、全部はどうせ無理でしょう」
そうだろうな、と男たちも思う。
なぜか休憩所内に設置された大きなテーブルには、子どもたちがずらりと座っている。どうやら朝食を摂っていたらしい。魔物はびこるこの外で、優雅に。
……テーブルからはみ出す一匹の魚を。
まるで、獲物に群がるアリみたいだなあ、なんて現実逃避的な感想が浮かぶ。
なぜ魚? なぜそんな巨大? なぜ子どもだけ? なぜ、なぜ……??
男たちは知った。疑問は多すぎると頭が働かなくなるということを。
*****
「…………」
ウキウキと生け簀を覗き込んだオレは、言葉を飲み込んだ。
えっと、大きい、ね?
ぱちりと瞬いて、もう一度覗き込む。随分大きな生け簀にしたんだなと思ったけれど、そんなことはない。このサイズでぎちぎちだ。乗用車よりも大きいサイズのお魚が二匹、形はマスっぽいだろうか。
ちょっと、ううん。思ったよりかなり大きかったけれど、お魚には違いない。
「まあいいか! おいしければ、それで」
細かいこと、いや、大きいことは気にしない! 海のお魚はもっと大きかったし!
ちなみに、やっぱりというか水浴びしていたら食われそうになったのが発端らしい。
さっそく転移でジフを連れてきて、食べられるとお墨付きを貰った。やっぱりお小言をもらったけども、1匹進呈したら機嫌が良くなったのでヨシ!
ジフに言われるがままに管狐部隊と共にお魚を炙って、出来上がったのがこちらだ。
巨大なお皿を作らなきゃ、と思ったけれど、タクトの『皿もテーブルも今作るんなら一緒じゃねえ?』のひと言でテーブルにダイレクト置きというワイルドな光景となってしまった。
「ああ、焼き魚だ……どう見てもこれは焼き魚! これぞ和食の原風景!!」
少し、いやかなり大きいことを除けば。
クラスメイトたちのぬるい視線も、この美味そうな魚を前にきらめいていた。
さあ、いただきますだ!
銀の皮目が金に波打って焼き上がり、触れればパリリと音がする。時折黒が混じるのはご愛敬、だ。
強めに振った塩が時折白く結晶となってその身を飾り、自然と唾液が湧いてくる。
小気味よい音を響かせて箸を入れると、現われた白い身と共に湯気が立ち上った。
しっとりほぐれる様に笑みが漏れる。よしよし、パサつかず良い具合だ。
「うんっ! これだ!!」
はふはふ、と頬ばって急いで白いごはんを放り込む。
魚、ご飯、魚、ご飯、しょっぱい、甘い、どちらも双方を高め合って箸が止まらない。
ちなみに、上品に箸を使っているのはオレだけ。みな、フォークどころかもう手で口へ放り込む子も出てくる始末。熱くない……?
「緑茶も欲しいなあ」
あと、大根おろしとすだちもあればいいかも。
ずず、と味噌汁をすすって、オレはすっかり明るくなった空へ満足の吐息を吐いたのだった。
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