719 セーフ判定?
激しく身体が揺れている……気がする。
ゆさゆさ、なんてものじゃない。わっさわっさと左右に揺れて、髪がぺちぺち頬を叩き、おでこが何かしらにぶつかるくらいに。
一体、何事……? 眉をしかめつつもぎゅっと目を閉じていると、舌打ちが聞こえた気がした。
「――っ?! いったぁ?!」
突然の衝撃に涙を浮かべ、オレはうっすら目を開ける。
痛ぁ……頭にガツンと何かがぶつかったんだ。石みたいに硬くって重いもの。
さすさすと両手で頭を撫でながら上体を起こすと、目を瞬いた。
「あれ? ……あ、そうか! みんなで野営したんだっけ」
馴染みのない寝床に納得しつつ、あくびを零して何気なく周囲を見回した。
隣にはラキ、タクトは……いない。タクトが寝ている姿ってオレあんまり見ないな。
狭い区画に区切った石壁、まだ夢の中にいるもふもふたち。チャトだけは、ちらりと視線が合った気がする。シロがいない……タクトと朝散歩でも行ったろうか。
硬い寝台にはふかふかのお布団を敷いて、いつもの枕。そばには無言で立ち尽くすフードの人影。
……フードの、人影。
ひゅっと息が止まった。暗い中、ひっそりと……希薄な存在がそこにある。
幼児の心が一気に恐怖に染まった。カタカタと震えてみるみる瞳から雫が滴っていく。衝動が胸元にせり上がってきて、躊躇なく口を開こうとした時。
「――っ!!」
悲鳴だったのか、泣き声だったのか、口から飛びだそうとした声はぴっちりと大きな手に止められてしまった。
『よく見ろ』
今にもパニックを起こしそうになった時、冷静なチャトの声が耳に届いた。
緑の片目は一瞬開いたのに、すぐにまた閉じてしまう。だけど、途端にオレから力が抜けた。
大丈夫、安全。チャトが眠っているんだもの。
(おばけ、じゃない……?)
落ち着いてみれば、ガッチリとオレの口を塞ぐ手は、温かい。そして、伝わってくるのは……狼狽の気配。じっとフードの中を覗き込んで、安堵した。
もう、なあんだ! くすっと笑ったのが伝わったか、口を塞ぐ手が少し緩んだ。
「声を、出すんじゃねえ」
低い脅しにこくりと頷いて、やっとその手を外してもらった。
「びっくりするよ! オバケかと――」
すぐさま憤慨の声を上げたら、すかさずまた塞がれた。
紫の瞳をにらみ上げると同じようににらみ返され、一瞬の後、周囲が変わる。
「――っぷは! もう! ちゃんと分かってるよ! 小さい声でしゃべってたでしょう!!」
もう塞がれまいと距離を取って、ここはどこだと見回した。近くに石塔があるところを見るに、さっきの休憩所のすぐ外らしい。あ、向こうにタクトとシロがいる。
「それで、一体なに?! まだ暗いのに……あ! さっきオレにげんこつしたでしょう?!」
仏頂面を見上げるオレも、相当仏頂面だろう。だってスモークさんのせいで、すっかり目が覚めてしまったもの。
「……うるせえ! さっさとこのとんでもねえモン片付けやがれ!」
「急にやって来て何のこと! とんでもないものって――あっ」
腰に手を当てて言い返そうとしたところで、ハッと気が付いて視線を逸らす。視界に入ってしまう、その立派な石塔。うん、我ながら結構立派だ。
「夜が明ける前に片付けろ……! 遠くからも見えるだろうが!」
そう、かな。そう、かも。
朝一番の馬車が来るまでに、と思っていたけど、どうやらそれでは遅いらしい。
そう言っている間にも段々と周囲が薄明るくなっている。もうすぐ日の出だ。
「片づけろ! いいな?!」
スモークさんはもう一度オレを睨み付け、かき消すようにいなくなった。その気配が不自然に点々と遠ざかっていく。
スモークさんの短距離転移を体験したのは初めてな気がするけど、アッゼさんとそっくりだ。もうちょっと頑張ったら長距離転移にならないんだろうか。
「まだ寝たかったのに……」
渋々石塔に歩み寄ると、朝から無駄に元気がほとばしる二匹の笑顔が出迎えてくれた。
『ゆーた、今日はちゃんとお早うだね! おはよう!!』
「こんな時間に起きてるユータが見られるなんてな! あれ、誰だったんだ?」
どうやら2人とも起きていたらしい。早起きにもほどがある。
「もう、タクトが起こしてくれると思ったのに……! あれはね、ロクサレンの人なの」
ぷりぷりしながらタクトに八つ当たりすると、むに、と頬を引っ張られた。
「お前な……俺たち閉め出しておきながら、それはねえっての」
……そう言えばタクトとシロが出かけていたような。出入り口なんて作ってないし。
だけど、シロとタクトなら何とかして入ってこられるはずだ。面倒になったか、外で寝たかっただけだろう。
「ところで、腹減った! お前起きてるなら、なんかねえの? 昨日のカレーは?」
スモークさんは『ロクサレンの人』のひと言でもう納得ずみらしい。まあいいか。
「カレーなんて、残ってるわけないよ。朝ご飯はどうせ眠いからおにぎりかパンでいいかなと思ってたけど……でも今からだと何でも作れるね」
「どうせ眠い、のはお前だけだろ」
そんなことない。ラピスだってチュー助だってきっと寝ている。
「昨日はがっつりとカレーだったから、あっさりな和食がいいなあ……」
オレ自身はお味噌汁とごはんがあれば、それでいい。卵焼きもつけると見栄えがいいかな。
「肉は? 一応、色々獲ってきたぜ! ここらの魔物は小さいのばっかだけど、これも食えるだろ?」
不服そうなタクトを見るに、きっとクラスメイトの皆もお肉系は必須だろうか。苦笑しつつ収納袋を受け取った。
「じゃあお肉はタクトに任せようかな。オレは渋く焼き魚とか食べたいんだけど」
何気なく呟くと、タクトとシロが顔を見合わせて笑った。
「魚、いたぜ! やっぱな、お前ならいるって言うかなと思ったんだよ!」
『捨てなくてよかったね! きっと美味しいよ!』
え、と大急ぎで収納袋を確かめると、容量いっぱいになるまで小さな獲物が詰まっている。もしかしてこの中にお魚が?! だけど、鮮度が……こんな無造作に突っ込まれちゃ台無しになってないだろうか。
「そこには入ってねえよ!」
『一緒に入れるとお魚の匂いがしちゃうでしょう?』
どうやら大事なお肉を持ち帰るのが最重要だったらしい。哀れな魚は放置だろうか。いや、そもそも……
「ここらに川とか湖あったっけ? どこで獲ってきたの?」
「あ、あー。それがさ、汗かいたからどっかで水浴びしたいなって言ってさー」
『ぼくが近くの湖に連れて行ってあげたの!』
ふむ。近くに湖はないけどこれいかに。きっと、『ここから一番近い湖』だったんだろう。どこまで行ったのやら。
「とにかく! オレの焼き魚! ゴブリンたちに食べられちゃう前につれて行って!」
オレの口の中は、既に塩を振った香ばしい焼き魚をお迎えする準備バッチリになっている。もう他はお断りだ。
いそいそとシロに跨がったところで、水色の瞳がオレを振り返って首を傾げた。
『うん、連れて行ってあげるね! だけど、ユータこっちはいいの?』
「こっち? うん、ごはんはおにぎりがあるし、お味噌汁はすぐできるよ! お肉はタクトがなんとかするだろうし」
『そう? じゃああれもタクトとラキが片付けてくれるよね!』
納得して前を向いたシロが、一声吠えてたったか駆け出した。
焼き魚でいっぱいの頭に、ふと引っかかる単語。
……片付ける? まだ朝食の準備もしていないのに。
「――じゃなーーい!! シロ、ストップ! 戻って!!」
ぎりぎりセーフ。これはセーフ。
オレは鋭い紫の視線を思い出して、さらに痛む頭を思い出して、額の汗を拭ったのだった。
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