716 ロクサレンの噂
「ねえユータ、それっていつ頃になりそう~?」
視線を動かすことなくそんな返答が返ってきて、思わずその背中を振り返った。
てっきり聞いていないと思っていたのに。
「いつって、宿の完成? もう少し待ってとしか言われなかったけど、何ヶ月も先ってことはないと思うよ! 大魔法の練習って言ってあるし」
「え?! 俺、明後日くらいには行けるかと思ったのに!」
重りを上げ下げしていたタクトが、全身でガッカリを表現して床に伸びた。それは全く待ってないよね。
そもそもハイカリクとヤクス村は普通にいけば半日はかかるんだから。
「う~ん、間に合うかな~」
相変わらず背中で会話しているラキの手元を覗き込むと、きらきらと飴のような魔石と指輪が散らばって、まさに宝石箱をひっくり返した状態だ。
無防備に色々転がっているけれど、貴重な魔石ということは分かる人には分かる。万が一誰かに見られても困るから、作業はこうして秘密基地ですることになっている。
「もうそんなに出来たなら、間に合うんじゃないの?」
みんなに選んでもらってから、まだ1週間やそこら。だというのに、魔石の嵌められた指輪が、既にいくつも重なり合って転がっている。
「どうかな~? 思ったよりスムーズなのは、この魔石のせいもあるけどね~」
ラキはようやく顔を上げ、ぎゅっと一度目を閉じてからオレを見上げた。
「この魔石、とてもやりやすい~。素直で簡単に操作できるんだよね~」
「へえ。お前みたいじゃねえ?」
「どういう意味?! き、きっと、高品質の魔石だからだよ!」
にやっと笑ったタクトに憤慨しつつ、慌てて言い訳を口にした。まさかそんな、オレが作ったから性質が変わるとか、そんなことないよね?!
「それもあると思うけど~、高品質だと割と扱いづらい魔石もあるんだよね~。元の魔物の性質が強く出ちゃったりして~」
なるほど? だってそれ魔物の性質なんて残ってないもんね? オレが入れ替えちゃったもんね?
それは確かにやりやすかろうと納得する。
つまり、プレーンな状態だからであって、けしてオレの性質が備わったからなんかではない。
「いいじゃない! やりやすいなら! 間に合うんでしょう?!」
「ん~多分? 杖代わりとしての指輪なら、絶対に間に合うね~」
妙な言いぐさに首を傾げる。杖代わり以外に、何があるっていうんだろう。
「誰かさんがもうひとつ魔石を溶かし込めって言うから~そっちは間に合うかどうか~」
……あっ。
確かに身に覚えのあるそれを聞いて、誤魔化しの笑みを漏らしてそっと目を逸らす。
「だけど杖としてひとまず使えればいいだろうから~、メンテナンスってことで都度回収して加工するよ~」
「そ、それがいいね! まずは指輪をつけた状態で練習できればいいよね!」
視線を合わせないように、うんうんと頷いてみせた。
今の所、指輪もないしみんなの練習内容は運動会と大差ない。足音を揃えてリズムにしようって意見が採用されたので、揃って足踏みする様はますます運動会っぽい。
「魔法が発動するわけでもねえのに、練習ばっかするのってつまんねえな」
「オレの精霊舞いなんて、ずーーっと舞ってるだけだったよ……?」
ちゃんと発動させたのなんて、本番だけなんですけど。だってサイア爺が、居心地良い魔素が乱れてもかなわんとか言うから。
今はひたすらに動きと詠唱の練習中。
イメージを高めるために、詠唱の意味を解説したり、ドラゴンブレスについて学んだりもした。
予定では、ロクサレンに行くまでに一旦杖代わり指輪を完成させ、ささやかでもいいから魔法を発動できるところまで持っていく。だって、そうじゃないと向こうで延々と基礎練習になってしまう。
まずは……そうならないようみんなに活を入れるところから。
オレは少し考えて、にんまりと笑みを浮かべた。
「――え、ロクサレンって、あのロクサレン?」
「みんなで?! いいのか?!」
呆気にとられたクラスメイトが、一瞬の後、わっと湧いた。
またもや飛び込んで来たマッシュ先生が、オレを見て『またか』と言いたげな顔をして出ていった。オレ、何もしてないけど!
「ロクサレンまではシロ車で行くから、馬車代の心配はいらないよ! 多少の条件はあるけど、宿泊代もいらないから、みんなで行こうね!」
何せ大魔法の練習なんだから、揃ってないと意味が無い。
「そういやもしかして、みんなでテスト受けるのか……?」
「え、大魔法の練習なんだから免除とかは……?」
うん、タクトと同じこと言ってるね。
「だけど、みんなロクサレンに行きたいでしょう? なんせ――」
絶対みんな行きたいはずだ。ロクサレンにはみんなの憧れ、Aランクカロルス様がいる。実地訓練が大好きなみんななら、道中だって楽しいに違いない。そう続けようとしたとき、方々から声が被さってきた。
「行きたいに決まってるよな! あのロクサレンだぜ?!」
「食のロクサレン、だものね?!」
「『うまいものはロクサレンにあり』だろ?!」
何それ。いつの間にロクサレンは美食の地になったんだろうか。
カロルス様よりも、食の方がよほどやる気は上がっていそうだ。
「う、うん。ええと、そう! だから、頑張ってテスト受からなきゃいけないんだよ! あと大魔法もある程度できてから行かないと、せっかくの場所を活かせなくなっちゃう」
みんなの盛り上がった気配が目に見えて萎んだ。
「……っていうのはタテマエで! Aランクの英雄を見て見たい人ーっ!」
途端に力強い返事が返ってきた。
「じゃあ、英雄に大魔法を披露して褒められたい人ーっ!」
さらに大きな応えが返ってきた。よしよし、いい目の輝きだ。
「じゃあ――美味しいもの、毎日お腹いっぱい食べたい人ーっ?!」
確信した台詞を口にした瞬間、うおお、と教室が鳴った。
『まあ、そうよね。食べ物に釣られて強くなってきた人たちだものね』
モモが半ば呆れた視線でふよふよ揺れる。なるほどね、みんなを動かすならこの切り口ってわけだ。
「なら、テスト受かってね? 今日から受かった人順におやつを取れるブッフェを開催しようかな!」
ぎらり、と皆の視線が強くなった。
「えーと、あとは……ロクサレンに行くまでに、大魔法が少しでも発動したらご褒美ケーキを作ってもらうね!」
さっそく動きのおさらいや、テスト対策をやり出したクラスメイトに満足して頷いた。みんな、子どもだね。とても単純で御しやすいってものだ。
「それにしても、ロクサレンってそんな風に言われて広まってるんだね」
何気なく呟くと、当然だと言わんばかりの視線が返ってきた。
「だって、カニだとか変わった菓子だとか食事だとか、全部ロクサレンから伝わってきてるって言うぜ!」
「ユータ見ているとそれが本当だって分かるもの! そりゃあもうみんな楽しみってものよ!」
屈託のない笑みに、多少冷や汗をかきつつなんとか笑みを返した。
もしかしなくてもそういうのって全部、オレ由来?
カニはいい。カニの名誉挽回(?)を成し遂げた誇りと共に語られて問題ない。そう言えば旅先でも色々とレシピを伝えてはロクサレンに聞けって言っていた気がする。
だけど、食が豊かってことは何ら恥ずべきことじゃないし、やらかしでもないよね! 気を取り直したところで、続けられた言葉に今度は完全に硬直した。
「それに、天使伝説の地でしょう?」
「俺、天使の教会見てみたかったんだよね!」
頭の中でその台詞を反芻し、目をひとつ瞬いて、そして窓の外を見た。
『ばっちり伝わっちゃってるものねえ』
『盛大なやらかしの痕跡』
頷きあうモモと蘇芳を横目に、オレは遠い目をしたのだった。
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