715 計画進行
「ねえ! いいでしょう?!」
オレは机に両手をつくと、鼻先が触れんばかりに身を乗り出してブルーの瞳を覗き込んだ。
「まあ、構わんが……さすがに多いんじゃねえか?」
ひょい、とオレを掴み上げて膝に乗せながら、カロルス様が苦笑する。そりゃあ全員分のベッドを、となると難しいよね。
「大丈夫! だったらオレがお庭に即席の宿泊施設を作るよ!」
「いや作るなっつうんだよ」
勢い込んで見上げた顔を片手で潰され、じとりと睨まれた。
それは想定外だ……お庭だからいいと思ったのに。
「れも……ひゃんともろにもろしゅから!」
ええい! この手が邪魔! 大きな手を振り払ってしっかり捕まえると、きゅっと両手で握りしめた。
「お庭だったら、他の人に見られないでしょう? そんなに大きくしないから! ちゃんと元に戻すから!」
懇願の表情で瞳を潤ませ、ええと、顎を引いて視線は上に……
『そう、そうよ! ちょっとだけ唇を尖らせて! 眉はハの字キープ!!』
それなりにこなせるようになったおかげで、モモの指導にも熱が入る。
ぐ、と妙な声で呻いたカロルス様が、オレの頭を胸板へ押しつけた。ちょっと! せっかくいい顔を作ってるのに!!
大きな深いため息が頭の上から漏れて、分厚い身体が大きく沈んだ。
「お前な……どこでそんなの覚えて来やがった」
ギクリ。
オレ下手だった? どうやらラキ直伝、モモ監修の『おねがいモード』がバレてしまったようだ。
おかしい……ちゃんとタクト相手に練習したから、以前のおねだりよりずっとレベルアップしているはずなのに。やっぱりタクト相手ではイージーモードすぎたろうか。
「……だめ?」
きゅう、と鼻を鳴らすシロがお手本の顔。あの顔で控えめにしっぽを振っているのを見れば、なんだってしてあげたくなっちゃうんだから。
もぞもぞして頭を押さえる手を抜け出し、ブルーの瞳を見上げた。ね、いいでしょう? カロルス様なら、いいって言ってくれるはず。
期待と不安を込めた瞳は、もう演技じゃない。
「……クラスメイトが来るのがダメとは、言ってねえだろうが」
大きな身体を縮込めるようにして、ぎゅうと抱きしめられる。みっちりと包み込まれるこの温かさ、しなやかな弾力、この圧迫感。
えへ、と口元がゆるんでしまう。
ごしごしと顔を擦りつけると、カロルス様の顔もオレの首元へ寄せられた。首筋に当たる鼻がほんのり冷たくて、お髭が痛くて、髪がくすぐったい。
すーっと大きく深呼吸しているのは、オレがチャトや蘇芳を吸うのと似たようなものだろうか。
オレ、どんな匂いがするの? カロルス様は大地とお日様みたいな匂いがするよ。
「……とは言え、どうするか。館の中で泊まれるよう準備できねえことはねえだろうが……」
どうやら充電が完了したらしい。
オレが潰れるすれすれの抱擁のあと、大きな身体が名残惜しそうに離れていった。
「じゃあ、エリーシャ様たちにもお願いに行けばいい?」
「もういいだろ。結果は分かってんだからよ」
おもむろに立ち上がったカロルス様が、スタスタと窓の方へ歩み寄った。どうするんだろう、また脱走するのかな?
首を傾げるうちに、割と派手な音をたてて窓を開けた。
「――普通に、呼んでいただければいいのですが?」
突如背後から渋い声が聞こえて、思わずカロルス様の腕の中でビクッと身体を揺らした。
「おう、呼ぶよりこの方が早えからな!」
にっと笑って振り返ったカロルス様は、執事さんの出現を分かっていたのだろうか。
「こいつが、また妙なことを思いついたみたいでよ」
「ユータ様が? どうしました? 私に何かお手伝いできることでしょうか?」
「お前……俺への態度とあまりに違わねえ?!」
優しく緩んだ執事さんにホッと安堵して、こくりと頷いた。不満そうなカロルス様はそっとしておこう。
「あの、でも妙なことなんかじゃないよ! クラスメイトをここへ招待したいって思っただけ!」
「クラスメイトを? ふむ、大人数ということでしょうか」
さすが執事さん、話が早い。
「そう! そうなの。ちょっと人数多くて……その、14人なんだけど」
「なるほど。さすがに、というところですね」
執事さんは、顎に手を当てて思案しはじめた。オレは大急ぎで付け足しておく。
「あのね! 館には無理だろうから、オレがお庭に即席の宿泊施設を――」
言い終わる前に、ピッと唇に指があてがわれた。
「……ユータ様? それは、やってもいいことですか?」
にっこり優しい不穏な笑み。オレは思い切り首を振った。ううん! 大丈夫、ちょっと言ってみただけです!!
満足そうに頷いた執事さんを確認して、額の汗を拭う。そんなにダメだったかな。ちなみにどの部分がダメだったんだろう。
『どの部分、じゃないな』
『ぜんぶ』
ぶっきらぼうなチャトと蘇芳の台詞が痛い。この二人、容赦なくオレを抉ってくるんだから。
「それなら、宿に招待という形を取ってはどうです? 初めてのお客として」
「お、もうすぐできるんだったか?」
膝を打ったカロルス様に、執事さんの冷たい視線が突き刺さる。
「ヤクス村、初の大型宿泊施設なんですが。村の一大事業のはずですが」
「おう、知ってるぞ」
悪びれない鉄のハートが羨ましい。だけど、オレもそれは知らなかった!
「村に宿ができるの?!」
ぱっと顔を輝かせて見上げると、ブルーの瞳が心持ち得意げな光を宿す。
「おう! 空き家利用じゃ追っつかなくなってきてな。昨年……あたり? だったか、でかい宿を作ろうってことになってな!」
飯が美味い宿になるぞ、なんて嬉しそうなカロルス様は、領主様というよりも楽しみにしている村人その1みたいだ。
そりゃあロクサレンを訪れる人がこれだけ増えたら、小さな個人宿じゃあ賄いきれなくなったんだろう。
だけど、ヴァンパイアや魔族もいるのに大丈夫なのかな。
「ええ、それに慣れてもらうのも目的のひとつでして……。従業員としてヴァンパイアを雇う計画もあるのですよ。嫌なら来なければいいですからね」
本当に?! それはすごい!
なんだか、世界がここから変わっていくような気がして、胸がきゅうっとして、どきどきした。
じゃあ、せっかくだからみんな呼んじゃおうよ! 魔族の友だちも、ナギさんやウナさんたちも、ルーやサイア爺たちだって!
ふわっとほっぺと瞳が熱くなってきた。自然と口角が上がる。
「まあ待て、まだとっかかりだ。焦るなよ?」
わしわし、と大きな手に撫でられてハッとした。うん、うん。焦らない。せっかく繋がり始めた糸だもの。焦って引っ張って切れちゃったら大変だ。
「ふふ、そうですね。ヴァンパイアや魔族の方々にも迷惑がかからないよう、少しずつやりましょう。宿の方は、もうしばらくお待ちいただければ設備の方は完成します。宿泊だけなら可能ですよ」
「やった! お食事はオレだって作れるし、お風呂はお外に作ればいいし、泊まるところがあれば十分だよ!」
「だから作るなっつうんだよ!」
どうして! クラスメイトだよ?! もうみんなオレがそのくらいやるって知ってるよ、多分。
「ユータ様、お食事もお風呂も館の方を使ってもらって構いませんから……」
そうか、それならまあ……。正直なところ、みんなで露天風呂を楽しみたかったのだけど。
まあいい、実地訓練の時にでもやろう。こっそりと。
『主はさぁー、こっそりできないんだよなぁ……』
『あうじ、こっちょりよ! ちゃーんとしゅうのよ!』
二人がそんなことを言うもんだから、カロルス様の視線が痛い。慌てて小さな口を塞いでにっこり笑ったのだった。
発売日!4月10日(月)が発売日ですよ!!
早いところではもう並んでます!
閑話・小話集の方へクッキー応援の小話UPしました……が! そのセットはもう売り切れました…