714 練習のために
簡単な動作も、繋げれば舞いになる。
伸ばす手ひとつ、視線ひとつ、磨き上げれば美しい所作になる。
しん、とした中で繰り返す単純な動き。息を呑む音が、聞こえたような気さえする。
段々と、心が透明になって、まるで自分が魔力の塊になったような。
まるで光そのものになったような。
「……すげえ」
漏れ出た微かな声をかろうじてオレの耳が拾い、ハッと意識を浮上させる。
いけない、これは精霊舞いではないとはいえ、動きは精霊舞いからピックアップしたもの。つい、意識を薄めて入り込んでしまう。
「――と、こんな感じだよ」
はにかんでペコリとやると、一同は夢から覚めたように呼吸を再開させた。
「動き自体はとっても簡単だから、できそうでしょう?」
にっこり笑って見回してみる。
簡単な動きを選んだし、簡略化もしたし、精霊舞いよりずっと短い。
それに、単に印を結ぶよりも身体全体を使った方が覚えやすいと思う。
なのに、なぜか皆の表情は冴えない。
「いやぁ……動きは確かに簡単そうだけどよ」
「あんな洗練された動きになるかしら……」
視線を彷徨わせ、一様に暗い雰囲気を漂わせている。だけどそんなの、練習さえすればいい話だ。
何をそんなに不安がっているのだろうと首を傾げると、ぽん、と頭に手を置かれた。
「いきなり100点超えを見ちまうと……な? お前ら、何言ってんだよ、これはユータだぜ?」
「そう、大丈夫だって~! そもそもどんな魔法だってユータと同じにはできないけど、ちゃんと魔法として使えてるでしょ~?」
タクトとラキの台詞に、みんなの瞳が光を取り戻し始める。
……なぜだろう。褒められている雰囲気の内容なのに、けなされている気分にしかならないのは。
だけど、みんながやる気になってくれないとオレが困る。
「絶対大丈夫だよ! もーっと難しい風の精霊舞いなんて、子どもが舞えるんだよ?」
ま、まあ子どもと言ってもガウロ様幼少部隊だけども。請われてオレが直々に仕込んだから、王都の舞い人たちの中でも特別に上手だと思う。
オレたちの大魔法について、現在文字の翻訳をすませ、皆がある程度読み込みをすませた。あとは動きを写しながら練習あるのみ! というわけで学校の訓練場に全員集合している。ここは大魔法の訓練用に、と特別にしつらえてあるらしい。周囲と天井は壁があるけれど、床は土。半屋内といった感じだ。他の生徒や先生からの目隠しにもちょうどいい。
「だけどユータ、ここからどうなってるの? なんだかよく分からないわ」
挿絵担当のクラスメイトが難しい顔でオレを呼ぶ。そう、ここからがちょっと特別な部分。
「あのね、この魔法はみんなそれぞれの担当があるの」
この大魔法が公開されれば、きっと手に入れようとする輩が出るだろう。みんなが狙われたら困るので、ささやかな工夫をしてみた。
「えっと、ラキはここ、タクトはこっち――」
運動会で、こういうのがあったと思う。音楽に合わせて陣形を変えたり、行進したり。最終的に互いの手を取ったり組んだりするから、組み体操にも似ているかも。
詠唱に合わせて簡単な舞いをしつつ陣形を変えていく。場所によって微妙に舞いも、動きも変わる。一人を捕まえても、全体の動きを知ることはできない。
そして、魔法の在処がロクサレンであることは公開される。
『ロクサレンは狙われるのね』
うん。狙われるのは、ロクサレンだけでいい。ロクサレンならいい。
オレは、にっと意識してワイルドな笑みを浮かべてみせた。
頼ればいいって言ってくれるから。
オレの、家族だもの。
だから、大丈夫ってオレは信じられる。
何があっても、揺るがない信頼を胸に植え付けてくれた人たちだから。
『まあ、あそこでダメなら世界中のどこでもダメだと俺様は思うぜ!』
『ろこでもらめらぜ!!』
ワイルドな顔は、瞬く間に崩れてうふふっと笑った。そうだよ! 世界中のどこよりも安全な場所なんだから!
オレは、まずは動きを覚えることに専念する皆に目を配りながら、もう一つの計画を進めようと頬を緩めるのだった。
「――え? みんなで??」
参謀ラキとオマケのタクトを引き連れ、オレはきょとんとするメリーメリー先生の瞳を見上げた。
「そう! みんなで行くの!」
ぐいっと身を乗り出し、固い意思を示すよう眉をきりりと引き締める。
「だ、だけどっ……そんなに大勢で? さすがに先方のご迷惑になっちゃうんじゃ」
「大丈夫!!」
うん、まだ聞いてないけど大丈夫! 館の中に収まらないなら、外に仮設住居を作るから。衣はともかく食と住はオレがなんとかできる!
「でもでもっ! みんな授業は……? ユータくんとラキくんは大丈夫だけどっ!」
「長期依頼を受ける時はテストですませるでしょ~? 全員が長期依頼を受けたとしたら、同じだよね~?」
ここでラキの援護射撃。なるほど、確かに長期依頼を受けることだってある。みんながたまたま被ったということで。
「確かにのう。まあ、規定を満たせば止める権利はないわなぁ」
メリーメリー先生の隣でのほほんと紅茶などすすっていたエルフ族の美女が、独り言のように呟いた。
オレたちは次なる計画のために、こうして校長先生とメリーメリー先生に直訴に来ているところだ。
「授業外で何をしようと、わしらは責任を取れん、ということになるがの。まあ、ロクサレンなら良いじゃろ」
校長先生は軽くそう言ってまた紅茶をひとくち。高齢らしいけれど、見た目はやっぱり若い。そして卒業までに名前は覚えられそうにない。ヴィーなんとかアーナ、だったと思う。
だけどこれは、OKってことだよね?! クラスみんなで、ロクサレンへ強化合宿に行ってもいいってことだよね?!
オレたちはぱっと瞳を輝かせてメリーメリー先生を見つめた。だけど、そのペリドットの瞳を曇らせ、先生は短い両手をぶんぶん振ってまだ抵抗を示している。
「そんな、そんな! 前代未聞だよぉ~! 全員いなくなっちゃうなんてっ! 授業だって大事なことだよ? それにそれに、もし道中何かあったら……!」
やだやだと地団駄踏む姿は、もう既に駄々でしかない。
「何かあったらロクサレンが出張るじゃろうて。ほれ、ユータたちもいることじゃし」
「ヴィーちゃんは分かってない! ユータくんたちは強いけど、トラブルだってわんさか湧いて降って寄って芽吹いてぶち当たってくるんだからっ!」
ラキとタクトの視線が痛い。そこに異論はない、とそう言っている。
……もういいか、校長先生の許可があるんだし。
ぬるい視線を振り切って目配せし、そろりとその場を退室しようとした時、察知したメリーメリー先生が半泣きで縋り付いてきた。
「やだぁー! みんないなくなっちゃやだやだ!!」
必死な様子を見て、少し顔を見合わせた。先生、いつもあんなだけど、今日もこんなだけど、これほどオレたちのことを思ってくれてはいるんだね。
「だってぇー! 先生だけ行けないんだよ?! 先生だけここに残ってつまんない授業をしろって言われるんだよ?! そんなのズルイよっ! ぜったい、ぜーったい美味しいものいっぱい食べるに決まってるのにぃー!!」
スン、とオレたちの顔から表情が消える。
うん、まあ、そう。メリーメリー先生だから。
本気の駄々モードに突入したメリーメリー先生を引き離すのは、思わぬ苦労となったのだった。
*14巻発売は4/10!!1週間切りましたね……!!今回も書き下ろし新章たっぷりです!
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