712 バレる要素
サイア爺やマーガレットのおかげで、大魔法の方もなんとか形になりそうだ。
オレはちらちら輝く木漏れ日に目を細めて微笑んだ。
問題となったのは最後のドラゴンイラストくらい。
だってこれがイメージの根幹になるんだから、しっかり格好いいのを描いてもらわないと。
強そうで格好良い、となるとやっぱり黒だよね! と思ったのだけど……。
あの時のやり取りを思い出し、またにまにましてしまう。
「――そんなの邪悪そうでしかない! 白、いや白銀の身体じゃないと描かない!」
「え~なんでそこだけこだわるの?」
とはいえ、言われてみれば白い方が神聖な気がする。味方ドラゴンってイメージに相違ないかもしれない。
「必要だからだ! 白銀の身体に赤の差し色、それこそが正しき心のドラゴンそのものだろう」
腕組みして胸を反らせたマーガレットは、随分具体的なイメージが既にありそうだ。
まあ、マーガレットが描くならどんなドラゴンでも抽象的な姿になるだろうし、オレは別に色にこだわりはない。
白に赤の差し色……と思い浮かべてみて、ああ、と口元を緩める。
「サイア爺ドラゴンの姿、だね」
「っ! そ、そんなんじゃ……!」
ぶわりと顔を紅潮させてあわあわと口を開閉する姿は、なんとも正直なことだ。
サイア爺のお魚の時の姿はあまり見る機会がないのだけど、カラーリングも含め、確かリュウグウノツカイに似ていたはず。多分、もう少し白を強く、薄っぺらな身体を竜のように太くすればそっくりだ。
マーガレットの考えた最強のドラゴンは、きっとその姿なんだろう。
だけどあんまりにまにまして見つめてしまったもので、その後へそを曲げて大変だった。
「――じゃあ、もしかしてオレが黒を想像したのはルーの影響だったのかもね」
ごろりと体勢を変えて見上げると、ルーはスッと視線を逸らした。落ち着きなく動く耳が思いの外動揺しているらしい心の内を透かして、くすりと笑った。
「ルーは嬉しい? 漆黒で金色の瞳のドラゴンにしたら」
「絶対にやめろ」
すかさずそう返ってきたものの、嬉しくないとは言わなかったよね? 嫌がるだろうと想像はつくけれど。
「オレはそうしたいけど、白いのになりそうだよ」
するりと指の間に艶やかな毛並みを通しながら、ゆったり上下する身体へほっぺを沈めた。
見るともなしに湖の方を眺める金の瞳。光を透かしているのか、光を集めて輝いているのか、黒に浮かぶがゆえに際立って美しい。漆黒の毛並みには身じろぎのたび、光が滑る。
漆黒のドラゴンも格好いいと思ったけれど、やっぱりルーが一番格好良くて最強なんだから、同じ色じゃなくて良かったかもしれない。この色は、ルーだけのもの。
ああ、だけどもし。
オレが神獣になったとしたら、この色になるんだろうか。
ふとそんな風に考えて苦笑した。
それはとっても素敵に思えるけれど、ルーはオレを次代にはしない。なぜかは分からないけれど、そこには確固とした意思を感じたもの。
マーガレットとサイア爺を見ていると少し、羨ましいなと思う。
だけど、次代に選ばない、ということにもルーの気遣いを感じるから。
だから、大丈夫。きっと、もっと大人になったら事情を知れる日が来るのだろう。
今はまだ、『無理にもいでも、渋いやら酸っぱいやら』だ。
こんなに近くにいられることを、喜ぶ方が先。
身体に響くごうごういう音が嬉しい。でっかいゴロゴロ音を感じていると、これだけで十分だとしみじみ思う。
「大魔法だなんて一時はどうなることかと思ったけど、なんとかなりそうでホッとしたよ」
考えてみると、ちょっと凄いかもしれない。
だって、『監修:神獣 イラスト:次代神獣』ってことになるよね。
なんだかそれだけで規格外すぎる豪華な古文書(?)をそっと意識の外に追いやって、順調順調と頷いた。大丈夫、誰も神獣が絵を描いたなんて思わないだろうし。
『そりゃあ思わないわよね……』
『大丈夫だぜ主! バレなきゃいいってもんよ!』
そう、バレなきゃそれで……マーガレットたちが漏らすはずはないし、製作場所は神獣の住処。うん、バレる要素はないんだから、絶対大丈夫なはず!
『バレる要素はここにある』
言いながらオレから抜け出してきたチャトが、のすっとオレの頭を踏んで飛び降りた。
ここ、とは? まさかルーが他へ言うわけもないし。
大丈夫大丈夫、と頷くオレを、金色の瞳が胡乱げに見つめる。
「……あとは、実践できるかどうかだよね!」
なんとなく気まずくなって話題を逸らすと、うーんとふわふわの被毛に顔を擦りつけた。
そう、大魔法を作った時点でオレの役目は終わりとはいえ、全く実践できなかったらせっかく作った諸々が無駄になってしまう。オレができても他ができなきゃ意味が無い。
「練習あるのみ、とは思うけれど」
こればっかりは、がむしゃらに練習すればできるものでもない。魔法は、一度でも発動できれば練習で磨いていけるけれど、発動できなければどうにもならない。
「コツ、って言っても……」
具体的なイメージ、できる、という思い込み。それが何よりもコツになる。
ダメ元でメイメイ様に頼んでみる……? バルケリオス様の件があるからもしかして、と思うけれど、Aランクの冒険者さんを個人的に使うだなんて――あ。
オレはガバッと身体を起こすと、満面の笑みを浮かべた。
「――ねえ! いいこと思いついたんだ!」
寮の部屋へ帰るなりそう言いながら扉を開け放った。
途端に集まったふたつの視線が、何とも言い難い雰囲気を醸し出している。
「ユータの言ういいこと……?」
「碌でもないこと、の間違いじゃないの~?」
オレへの信用度が低すぎる! 思い切り頬を膨らませて地団駄を踏んだ。
「違うの! 大魔法について、本当にいいこと! 危なくないし常識外れじゃな……なくもないけど、それは既に既知の事実だし!!」
ラキとタクトの視線が、ますますぬるい。
「一応、諸々の自覚はあったんだ~?」
「なんだよ、既知の常識外れって。で、何を思いついたんだ?」
オレは得意満面でにっこり笑った。
「それはね……大魔法の練習のために、みんなでロクサレンに行くってこと!」
どーんと効果音すらつきそうな様子で言い放ったのに、二人はどうもピンと来ていない様子だ。
「それはまあ、教えてもらうにはいい環境に間違いねえけど。つうか、大魔法準備できたのか?!」
「ロクサレンなら人のいない広大な土地があるもんね~確かに練習にはいいだろうけど~。それより、どんな魔法なのか気になる~!」
そうか、まずはそっちだ。
「えっと、まだ途中なんだけどね! でももうすぐ古文書が出来上がりそうなんだ! ちゃんと挿絵もあるんだよ!」
ふふん、と顎を逸らしたところで、二人がすっと横を向いていることに気が付いた。
「んんーちょうど窓の向こうでメリーメリー先生がずっこけたのが見えたから、気を取られたぜ」
「僕も、ちょうど加工のいいアイディアが浮かんだからよく聞こえなかったな~。まさか、大魔法を古文書から作るとかあり得ないしね~」
メリーメリー先生がずっこけているのなんて、日常茶飯事だ。気を取られるようなことだろうか。ラキは加工のアイディアが浮かんだ割に、ちゃんと聞いているようだし。
ことんと首を傾げたところで、ハッと口元を押さえた。
「あー、うん、そう、こ、古文書のね、ええと……入れ物が出来そうなんだ! ほら、だって大事な大事な古文書でしょう? しっかりしたものに納めないと……」
しどろもどろの言い訳に、二人はなんとか視線を戻してくれた。
「そうだな、貴重な大魔法が描かれた古文書だもんな? 相当厳重な箱に入ってるはずだよな?」
「うんうん、もうすぐ完成しそうなら構わないけれど、いいのがなかったら僕が作ることもできるしね~?」
オレは流れる汗を拭って、引きつった笑みを浮かべたのだった。
小さい字の読みにくくなった同志がいて心強かったです(笑)
皆さま14巻の発売とクッキーコラボが近づいて参りましたが、準備は万端でしょうか?!