704 光の里
1億PV達成!!皆さまありがとうございます!
繰り返し読んで頂く方が多いからこその数字だと思っています。
色の洪水になっているランプ屋さん、やたらと可愛らしい物が多い雑貨屋さん、世界各地の名産を集めた高級店。ヴァンパイアの里は、ハイカリクよりずっと小さいのに見所が多すぎて大変だ。
だって、通りを歩くだけでもこんなに楽しいのに。
「わあ、これなに? 光ってる!」
オレは目の前の飲み物を見つめて、目を輝かせた。
休憩がてらに入った少々お高そうな喫茶店……いや、バーだろうか。そこで差し出された飲み物は、ほのかに光を帯びていた。
店内は外と違って自然なろうそく色で統一されたランプが灯り、昼だというのにとてもムーディな雰囲気だ。渡されたメニューを見てもさっぱりだったので、エルベル様にお任せしたのだけど……。
まるでオレが作った御神酒の光を弱めたみたい。
そう考えたところでハッとする。もしやこれってカクテルみたいなものでは? お洒落なグラスに入ってお花なんて飾られているし。
慌ててお酒は飲めないと伝えると、飲ませるわけないと鼻で笑われた。
エルベル様も似たようなものを頼んだらしく、そちらは淡く緑色に光っている。
匂いは……そんなにしない。両手でグラスを支えてほんのちょっぴり、舌先でちろりと舐めてみる。うーん、甘い? かな。
「毒じゃないぞ」
相変わらず面白そうな顔で、オレを眺めながらちびちび飲む絵面は、完全にお酒を飲む大人だ。
「そんなこと、わかってるけど! これ、何か入ってるね。ごくっと飲んじゃって大丈夫? 噛んで食べるもの? どうして光ってるの?」
何か舌先に触れてよく見ると、オレンジ色の光の中で、イチゴの種くらいの粒が浮遊している。
「別に、好きに飲めばいい。光ってるのはグラスだ」
そうなのか……飲み物が光っているのではなくて、ちょっぴり残念だ。
エルベル様の緑の中にも粒々が漂っているのを確認して、安堵して口をつける。
こくり、と控えめなひと口が喉を通り抜けた瞬間。
「わ、わぁ?!」
思わず手を離したグラスは、すかさずエルベル様がキャッチした。
「パチプチするー! 何これ?! 炭酸……とも違うような?!」
オレの喉では花火が上がったように大パニックだ。い、痛いんですけど?! これ大丈夫なの?!
「ははっ! 思った通りの反応をしてくれる。それはパチィードだ」
してやったりとニヤつく顔が腹立たしい。
「喉越しを楽しむ飲み物だが、慣れない子どもは苦手なのもいるな」
ふふん、と目の前で飲みながらそう言われてはムッとする。オレ、炭酸なら慣れてるから! このくらい!!
分かっていれば何のことはない。再び喉を通った甘い液体が、そこで盛大に弾けるのはなるほど面白い。
「……ちょっと刺激が強いけど、慣れると美味しいよ!」
炭酸飲料よりも強くバチっと弾ける感じは、確かこういう駄菓子があったような。それが喉に張り付いてパチプチする感覚、と言えばいいだろうか。
口の中では弾けないのかとしばらく含んでいると、目の前のエルベル様が飲み物を吹き出しそうになって激しくむせた。
「お前、なんて顔してるんだ……」
残念ながら、お口いっぱいにパチィード? が入っているから返事はできない。そして、案の定お口の中で暴れ出したパチィードに涙目になっているもので、それどころじゃなかった。なんて危険な飲み物なんだ……!
「でも、美味しい!」
「涙目で言う台詞ではないな」
笑われたけど、本当に美味しいと思ってるんだから! 他にないこの味わい、というか喉ごしは癖になること間違いなしだ。オレが名付けるなら……そう、花火ジュースだね!
『駄菓子のネーミングなら、それでいいと思うわ』
そうかな。分かりやすくていいと思うけど。
そう言えば、この世界で花火を見たことはない。この隠れ里なら、いつだって花火を楽しめるのに。ただ、天井があるから打ち上げ花火は無理だなあ。
「ねえエルベル様、花火ってしたことある? えーっと、手で持って色んな色の火がばーっと出るやつ!」
「攻撃の魔道具か? 知らんが、なぜ火に色をつける必要がある? 対象を燃やせればそれでいいだろう」
違う! 圧倒的に違う!
「そうじゃなくて! 色々な火が出て楽しいの!」
「俺には分からん感性だが……楽しく戦闘をするため、なのか……?」
真剣に考え込むエルベル様に地団駄を踏みたくなる。まず! 戦闘から離れて!!
「分かった、じゃあちょっと来て!!」
花火ジュースをしっかり飲み干してから、オレはエルベル様を引っ張って店の外へ出た。
「ねえ、どこか広場みたいなところない?」
「火を使うのだろう? あまり里で危険なものは……」
渋々連れてきてもらったのは、下層の方にあるテラス風の大きな広場。運動場くらいある広さを見るに、まだオレが攻撃の魔道具を使うと思ってるね?!
「あのね、花火っていうのは色々あるんだけど、こうやって――打ち上げてするのはすっごくでっかいの。空一杯に広がるから、里ではちょっと無理かな」
言いながら頭上1mほどで華開く、光魔法のミニ花火を上げて見せた。
「すごいな、魔法か……」
紅玉の瞳に、白雪の髪に、鮮やかな光が散って消える。ふわりと上気した頬と緩んだ口元が、素直に感情を伝えてきて思わずにっこり笑った。
「だけど、これなら魔法じゃなくてもできるはず!」
そもそも打ち上げ花火は魔法じゃないんだけど。
「こういうのだよ!」
ぴっと人差し指を立て、しゅわっと手持ち花火をイメージした火魔法を使ってみせる。色はつけられないから、光魔法を交えてズルをした。
「きれい、だな。だが、火が小さすぎる。これでは――」
「攻撃には使わないからね?! 楽しむだけのもの!」
火魔法の調整に慣れてきたら、バチバチっと火花を散らすタイプも。
「楽しむための、火……」
呆けたように見惚れながら、エルベル様が呟いた。そう、楽しむためだけのもの。それって、この世界に少ないものだね。それよりも優先すべきことがたくさんあるから。
だけど、ここの人たちなら、楽しめるんじゃないだろうか。そうそう生命の危機には陥らないヴァンパイアの人たちなら。
「わ、危な……ええ?!」
サッと手元を掠めた影に驚いて魔法を止めると、気付けばオレの周囲は黒い小さな影でいっぱいだった。
「ああ、我慢できずに分身で寄ってきたんだろう」
くい、と顎で示した先には、あちこちの影から覗き見る小さな人影。
オレは周囲を飛び回るコウモリさんを見回してくすりと笑った。
「いいよ、見においで?」
コウモリさんたちに言えば、聞こえるはず。そして、今度は数メートルの高さで光魔法花火を打ち上げてみせる。
ひとつ、ふたつ、みっつ、次々打ち上げるたび、広場に人が集まってきた。
「魔法使い! 魔法使いだ!」
「すごい、魔法だ!」
興奮した幼い声は、どの種族でも同じだなと笑みが浮かぶ。
「そう、魔法使いだよ!」
ふふっと微笑み、ここぞとばかりに両手を広げた。
途端、星のない空にたくさんの光の華が咲く。
感嘆と興奮の声がきゃあきゃあと響いて、傍らの王様だって瞳がきらきらしている。
じゃあ、こういうのはどう?
両手を広げたまま、くるりと回る。
まるで管狐みたいに、広場にぽぽぽっと小さな灯りが灯り始めた。ただのライトの魔法だけれど、ヴァンパイアの人たちは魔法が使えないから。だからきっと、とても珍しい。
ライトの魔法は、チル爺に教わってたくさん練習したから得意なんだよ。こんなにカラフルにできるんだよ。いつの間にか人でいっぱいになった広場で、ヴァンパイアの人たちが小さなライトを追いかけて嬉しげな声をあげている。
オレ、今日とっても楽しかったから。少しでもお礼になるといいな。
「良かったのか? お前、派手に目立ってるぞ」
「うん、いいよ! だってオレ、これからもこの里で遊びたいから。だから、怖くないって知ってもらえるといいな」
お近づきになりたい、なんて下心はありすぎるくらいあるけれど。だけど、お互い楽しいならいいことだ。
「それに、さっき見せたでしょう? 手持ち花火。あれをね、開発してくれないかなって」
きっと、色んな色で燃える素材がある。ヴァンパイアの人たちは世界中に転移できるから、きっと、色んな方法を知っている。
「楽しむための火を、俺たちが作るのか」
「そう! だって、こんな色とりどりの光が溢れる里だもの」
そうなったら、きっと光の里、なんて呼ばれちゃうかも。
「いいな、あれができるのか。……魔法使いみたいになれるな」
少年の顔で、王様が笑った。
立派な衣装で花火を振り回す王様を想像して、オレもいっぱい笑ったのだった。
ヴァンパイアの里のランプは、『ランタン祭り ベトナム』とか『ランプ屋 エジプト』『ランプ屋 トルコ』で検索するとイメージが膨らむかも。検索して思ったけど、エジプトのランプ屋さん画像がめちゃくちゃイメージに近いかも!ベースをエジプトのランプ屋さんにして、色合いを他の検索結果参考にすると良さげ。