700 気分転換に
「そうだ、オレたちの指輪ってどうするの? 作り替える?」
「えっ! そりゃもちろん作るよな?! 俺腕輪しか持ってねえし、ど派手なままなんだけど?!」
そう言えば、タクトは魔法剣用にいろんな魔石をはめた腕輪をもらってたね。
集まる視線にラキは渋々顔を上げ、作業の手を止めた。
「作るつもりだよ~。だって、こんなに練習できる機会ないもの。たっぷり腕を上げて、最後に自分たちのを作るってわけ~」
「うわ、悪人面!」
フッと上がった口角に思わず浮かんだ台詞――いや、ちゃんと飲み込んだはず! 慌てて両手で口元を押さえたけれど、大丈夫、声に出てなかった。オレは。
「へえ? タクトは花柄の指輪がいいって~? 分かった、とびきりキュートで可愛さ爆発の指輪にしてあげるね~」
氷点下のにっこりは、ただの悪人というよりラスボスっぽい。
タクトが涙目でふるふる首を振っているのが哀れだ。で、でもいいんじゃないかな! 花柄の指輪だってかわいいよ! お洒落さんだと素敵にコーディネイトできるだろうし!
――でもタクトはお洒落じゃないし似合わないの。ユータにはお花も似合うと思うの!
ラピスは相変わらずバッサリだ。オレだって花柄よりドラゴン……んん? いや、ドラゴン柄ってのもどうかと思う。なんかちょっと小学生みた――なんでもないです。
自分の年齢を思い出して、そっと心に蓋をした。うん、まあ、いいんじゃないかな! ドラゴンだって夢があるかもしれない。オレはやらないけど。
――じゃあ、ラピス柄にするの!
群青の瞳を輝かせたラピスが、フンスと鼻息も荒くオレに頬ずりした。
う、うーん。それはそれでとってもファンシー。小さな肉球マークなんて入れたら、マリーさんが垂涎の目で見ること間違いなしだ。
「とりあえず、作り直すってことだよね! じゃあさ、オレたちの魔石はまた別に作るからね!」
「「……作る?」」
二人からの視線に、ハッと迂闊な口に蓋をした。
「そうじゃなくて! ま、間違ったの! 指輪を作るって言ってたから……!」
必死の言い訳に、二人は面白いほど同じ顔で目を細め、ふうんと流した。
「まあ、魔石のことは任せるよ~。まだかなり先になるから焦らないよ~」
それ以上追求されないことに安堵しつつ、オレの軽い口に何か制約をかける魔法でもあればいいのに、と思ったのだった。
「――うーん」
翌日、オレは秘密基地でひとりペンを片手に唸っていた。
色々と書き殴っては散らかした紙がそこら中だ。紙のお値段は意外と安いので、庶民だってたくさん使う。主に、何かを包む方向で。オレの知っている紙と手触りが違うので、紙と言っていいのか分からないけれど。むしろこの紙、実は木の皮だったりするかも。
そんなどうでもいいことに考えがいくのも、ちっとも本題が進まないから。
「構想はあるんだよ、だけど、具体的にどうするかっていうと……」
大きなため息で、紙がひらりと飛んでいった。
もちろん、真面目に大魔法について考えていたのだけど。
「リンゼのあれ、格好良かったなあ」
印を結ぶようなやつ。だけど、オレが知っている印なんて、人差し指を立てた忍者風のアレしか知らない。詠唱に合わせてたくさん考えるなんて、どだい無理な話だ。
真っ赤になっていたリンゼを思い出し、つい浮かんだ顔にくすっと笑った。
「そうだ、こうして悩んでいてもしょうがないよね! 気分転換しよう!」
どうして急に思い立ったのかって教えてあげたら、きっと想像通りの顔になるに違いない。
さあ、お土産は何にしようか。
オレはさっそくペンを放り出して、いそいそとエプロンを着けたのだった。
……おや?
想定と違った室内の様子に、少し眉を上げてその背中を見つめた。
たまには意表を突いても良かろうと、思いきり『見つかりにくくする魔法』をかけてもらい、そうっとそうっと部屋の隅へ転移したところだ。
古典的に後ろから近づいて驚かそうと思っていたのだけど。
用心しいしい近づいて回り込み、そっと笑った。
疲れているんだろうな。
だって、まだこんな少年だ。
豪奢な机に伏せて眠る姿は、ただの少年に見える。
ただの、と言うと語弊があるかもしれないけれど。
淡雪みたいな髪が黒檀の机に散り、伏せられた睫毛は透けるように繊細で。微かに上下する肩はそれらと相反するように、幾分逞しくなったろうか。
掛け値なしに綺麗だな、と思う。
そして、その今は閉じられた瞳がどれほど美しいか、オレは知っている。こうして見つめていると知ったら、彼がどんな顔をするのかも。
だけど、今はまだ起こすまい。
そっとそっと隣に椅子を持ってきて、そうっと絹の白糸を撫でた。彼が好きな、オレの魔力をたっぷり乗せて、せめてもの癒しになるように。
気のせいか、力の入っていた彼の眉間が少し緩んだような気がした。
* * * * *
疲れた……。
部屋へ戻った途端、ついこぼれ落ちた言葉に苦笑する。まるで、くたびれきった中年男のようじゃないか。
窓に映る姿は、まだ存分に幼いヴァンパイアでしかないというのに。
乱暴に椅子を引いて腰かけると、窮屈な上着を緩めてため息を吐いた。
大した政務もしていない割に時間がないのは、もちろん教育を施されているからだ。本来は生まれた時から整えられた環境で、じっくり育てるはずのものを詰め込まれているのだから当然のこと。
だからと言って、嫌だと言うつもりはない。
俺だって半人前と後ろ指指されるのは面白くないから。
何より、あいつに王らしい堂々たる姿を見せつけてやりたい。
そう言えば、いつ会ったのが最後だろうか。
俺とあいつでは寿命が違う。俺が日々に追われているうちに、あっという間に大人になっていやしないだろうか。
もしや、もうあれきりで関係は打ち切られていたとしたら。
だって、子どもと大人は違う。
徐々にわき起こる焦燥感が、鼓動を早くする。
大人になったあいつは、果たして俺と……
音が鳴るほどに、強く首を振った。
「俺は、疲れている!」
疲れているからだ、こんなことに考えが及ぶのは。
身体を投げ出すように机に突っ伏し、眠れ眠れと言い聞かせた。
ベッドに行けば、簡単に眠れるかもしれない。
けれど、脳裏に浮かぶ顔をすぐさま消すのは、惜しかった。
やっていることが滅茶苦茶だ。自嘲しつつも、疲れた身体に引きずられるように、いつか眠りへと落ちていったらしい。
ふと、感じたのは涙が浮かぶほどの安堵、温かさ。
知っている。俺がとてもよく知るこの感覚。
身体が、とても楽だ。
心が、とても楽だ。
うじうじと井戸の底に沈んでいた気分など、まるで最初からなかったように。
晴れ渡った空、広がる草原、煌めく水面。そして、降り注ぐ光。今、俺はそこにいる。
世界が途端に美しくなる。心地良い感情が溢れて、誰かに感謝したい気持ちでいっぱいだ。
この心は、まるであいつみたいだ。
「わ、エルベル様、笑ってるね。ふふ、かわいいね」
くすくす、と抑えた笑い声が耳をくすぐった。
どくり、と大きく打った鼓動は痛いほどに。俺は我慢できずに、思い切り目を開けた。
「あれ、起こしちゃった?」
さらり、と温かい小さな手が頭を滑り落ち、再びてっぺんまで戻って繰り返す。
揺れることなく俺を見つめる漆黒の瞳と、視線が絡んだ。
「エルベル様、おはよう」
ふわり、と微笑んだ顔は、馬鹿みたいに何も考えてなくて、何ひとつ悩みなんてなさそうで、そして、忌々しいほどに俺を安堵させた。