698 大収穫
ガトーショコラでこっくりしたお口をミルクティーでリセットしつつ、オレたちは他愛もない話をする。
本当はコーヒーだとなおいいんだろうけれど、どうせ今の幼児口では、コーヒーに耐えられる気はしない。
「そう言えば、使えるかどうかって言ってたな? さっきの魔石、何に使うつもりなんだ?」
何気なく聞いてから、リンゼはハッとオレの口を押さえた。
「いいか?! 特別知りたいわけじゃないからな? 考えなしに答えるなよ、よく考えろよ?! 言ってもいいことだけ言えよ?!」
分かったか、と念を押し、こくりと頷くのを確認してから手を離された。なんでそんな……オレが国家機密を知っているわけでなし。
『国家機密になり得ることは、知っていると思うのだけど』
『むしろ、それ以上』
モモと蘇芳がやれやれと言いたげな顔をする。そんなことは――ある。滅茶苦茶ある。
たとえば、神獣。たとえば、妖精魔法。たとえば、魔石生成。たとえば、天使教。たとえば……。
「どうしよう?! オレ、秘密情報満載なんだけど?!」
「……そうだな」
リンゼのぬるい視線も何のその、いくらでも挙げられる特級クラスの秘密に、血の気が引いた。ウソでしょう、いつの間にこんなに??
『主のやらかしの数だけ増えた秘密だぜ!』
『ひみちゅは、おとめなんらぜ!』
アゲハ、どこでそんな言葉を……。でも、でも、今の所それが知れて大変なことになるのは主にオレ。国家転覆の危機には至らないから!
「……と言うわけで、とりあえず大丈夫ということに」
「どういうわけだ」
胡乱げなリンゼに笑って誤魔化し、コホンと咳払いした。
「うん、あの魔石は杖代わりの指輪にしようと思っただけ」
「そうか。まともな理由で助かった。でもお前、持ってるだろう?」
それ、と指された指には、ちゃんとラキ製の指輪が嵌まっている。
「そうなんだけど、クラスみんなの分を作るから、きっとこれも作り直すと思うよ」
「……クラスみんなの分を」
「うん」
「……あの魔石で」
「そう」
突如、リンゼがテーブルに突っ伏してしまった。
「言ってもいいことだけ言えとあれほど……」
恨みがましく睨み挙げられ、慌てて言ったことを反芻したけれど、何もおかしなことは言っていない。魔石を作っただとか、オレが魔力を入れただとか、そういう秘匿情報はちゃんと避けている。
「えーと。なにか、マズかったでしょうか」
ほっぺを押さえておずおずと尋ねてみると、べちっと鼻を弾かれた。すっごく痛いんですけど?!
「――なるほど? つまり、あのレベルの魔石が大量にあって、しかも子どもの杖用に配布されるって所は秘密?」
「そ・う・だ!! 俺にも言うんじゃねえよ! 余計な秘密を抱えただろうが! もし、魔族との仲が悪化したら、これだって重大な機密だぞ?!」
そうか、みんなにもそのあたりちゃんと言っておかないとね。ラキにも……いや、ラキなら言わなくても分かりそうだ。
「いったい全体、なんでそんな最高レベルの装備を揃えようって話になるんだよ……」
最高レベルの装備を揃えようとしたわけでは全くない。ただ単にそうなっただけ。
――ユータが関わったからには、最高の結果にするべきなの! ラピスはそれがいいと思うの!
そう……? オレは、ごく標準でいいと思ったのだけど……。
「装備がどうと言うより、今度の魔法大会みたいなもので、クラスみんなで参加するから――あ!」
思い出した!! 大魔法! オレ、大魔法について情報を集めていたのに! あれ? いつの間にカカオパウダーになって、いつの間に酒屋さんのリフォームに……??
『それはこっちが聞きたい』
チャトが小馬鹿にしてニャッと鳴いた。
だけど、ちゃんと思い出した。しかも、ほら、ここに魔法に長けた人がいるじゃない。
オレって天才かもしれない。
突然黙り込んだ割に、リンゼはまるでいつものことだと言わんばかりに、ミルクティーをすすっている。オレはその両肩にがしりと手を置いた。
「ねえ! リンゼ大魔法って知ってる? たくさんの人が協力して、ひとつの魔法を放つの」
「あ、ああ……知ってるが」
よしっ! 思わずガッツポーズを取ったオレに、リンゼが納得したような顔をした。
「なるほど、その大会とやらで大魔法を使うのか」
「そう! それでね、オレ大魔法について調べてるの。魔族の大魔法ってどんなの? 教えても大丈夫なもの?」
それこそ、機密情報になっちゃうようなものだと困る。
「教科書になってるんだから、別にいいんじゃないか? 持ち出そうと思えば、いくらでも国外に出せるだろう」
「じゃあ、後でそれ読んでも良い? ねえ、リンゼもできるの?」
わくわくと瞳を輝かせて身を乗り出すと、少し照れくさそうに視線を逸らして『まあ……』と言った。言ったよ?! すごい、できるんだ!
「どんなの? 詠唱があるんでしょう?! やって! やってみて!」
わあっと頬を紅潮させて詰め寄ると、リンゼはこほんと咳払いして立ち上がった。
「俺が使えるのは、防衛系ばかりだぞ」
言いつつ、静かに長い言葉を紡ぎ始める。早口でささやかで、そして古語みたいな難しい言い回し。ほとんど聞き取れないながら、やっぱり精霊やらに助力を願っている気がする。
そして、執事さんのやっていたものと明らかに違うところがひとつ。
不思議で神秘的な仕草に、視線が引きつけられる。
半眼で言葉を紡ぎながら、その手が何かを形作るように滑らかに動いていた。まるで、印を結んでいるみたいに。
「――と、ここらでいいか? 一人でも多少発動するからな」
どうやら途中で打ち切ったらしい。瞬きも忘れて見入っていたオレは、ハッと呼吸を再開した。
「す、すごい! リンゼ、もの凄く格好いい!!」
手放しに褒めると、思いの外リンゼの頬が赤く染まった。
「うるさい、もういいだろう。帰るぞ」
くるりと踵を返して歩き出した背中を追って、オレも慌てて駆け出したのだった。
――大収穫だ。
あの後、リンゼの家まで行って使わない教科書をもらっちゃったし、ついでに会ったアッゼさんにも大魔法のことを聞けた。報酬は、ガトーショコラ1個だ。
『お前さあ、アッゼさんをいいように利用するなら、もうちょっと報酬寄越せ!』
なんて言うもんだから、渋々もう1個あげた。だけど、次来る時の報酬はどうしようかな。
『いい方法があるわ。マリーさんに洗濯してもらったハンカチを渡すのよ』
いやあ、さすがにそれは……喜びそうで怖い。
思いがけずに色々得られた情報に満足して、つい口角が上がる。
「ね、いいこと聞いちゃった。あれ、すごく集中が高まってそうだったもの。動きを合わせるってことで、全員をひとつにする効果も抜群だと思う」
興奮のあまりごろりごろりと身体の上を転がって、鬱陶しいと怒られた。
「でも、そうか。舞いだって似たようなものだよね。ああ、だから昔は大勢で舞っていたんじゃないかって思って……」
そうか、そうか。もしかしてあれも大魔法の一種だったんじゃないだろうか。もしかすると、昔は唄や拍子もあったのかもしれない。
「……そうだ」
思いがけず返事が返ってきて、驚いてルーの金の瞳を覗き込んだ。
「古くは、団体で舞うものだ。お前のように一人で全て賄えるほど魔力のある者は、普通いない」
「そうだったの……」
それは、随分と荘厳な光景だったろう。段々と、オレの中で大魔法がどういうものか分かってきた気がする。オレたちの大魔法、できそうな気がしてきた。
「ルー、人型になって?」
「なぜ」
「大魔法の情報、くれたから。美味しいお礼をあげる」
そんなことがなくても、渡すつもりでやって来たんだけど。獣のルーにはあまりに小さいお菓子だから、人の姿で食べてほしい。
しばらくしっぽを揺らした後、ルーはやれやれと言いたげに金の光をまとった。
「……寄越せ」
無愛想な顔で、ずいと手を突きだしてくる。まじまじとその美貌を眺めつつ、にっこり笑う。
「うん。これね、オレのいた世界のお菓子にそっくりに出来たんだよ。ガトーショコラを作ったつもりだったけど、生チョコみたいなの」
あぐらをかいたルーの足にいそいそと横座りして、どうぞ、と小さなフォークで刺して差し伸べる。
薄い唇が開いて、特に抵抗なくぱくりとフォークをくわえ、ガトーショコラを頬ばった。
その瞳が少し見開いて、そして細くなった。
おいしいんだね。
無言で目を伏せ、フォークを見つめる美丈夫に、慌てて次を差し出した。
「美味しいでしょう? 作り方が分かったから、次はお酒を入れて作ってみるね」
ピクリ、と見えない耳が動いた気がする。これは、また作らないと機嫌が悪くなるヤツだ。
「ルーも好きそうで良かった。そうだ、オレのいた所ではね、バレンタインって日があって。女の子が好きな男の子にこれを渡すんだよ。特別なお菓子って感じなんだ」
言った途端、ぐ、と妙な声をあげてルーがむせた。
「お、前……何の気なしに余計なことを言うな……!!」
背中をさすってあげると、ルーはなんとも言えない顔でまたガトーショコラを頬ばったのだった。
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