685 ココ博士の災難
「お前さぁ、何でそう色んな出来事引っ掛けて帰って来んだよ」
2枚目の木の実パンを頬張りながら、タクトがオレのほっぺをつまんだ。
『これはアレね、犬も歩けば何とやら』
『ホーンラビットの蜘蛛の巣払い、ってやつだぜ』
……どこの世界にも似たような言い回しがあるんだね。そう言えば今回は華麗にミックが回避してくれたはずだったのにな。ミーナはもしかすると、オレと同じような性質があるのかもね!
昨夜さっそくラキとタクトにも事の次第を伝えて、今日は一緒に王都に来てもらったんだ。学校の方は、うん、タクトはあんまり大丈夫じゃないかもしれないから、部屋で勉強の機会を増やそうと思う。
「だけど今回のは別に厄介ごとじゃないでしょう?」
至極まっとうな部類のお手伝いだと思うんだけど。
「へえ、普段のは厄介ごとって認識はあるんだな」
結局木の実パンを4枚平らげたタクトが、手を払いつつニッと笑う。オレはそ知らぬふりで視線を逸らすと、通りを照らす柔らかな光に目を細めた。王都は既に朝のラッシュが一段落した様子だ。
今日はミーナと朝から『シュラン』で待ち合わせている。諸々の人員として、オレは二人を、ミーナはガウロ様の館から子どもたちを連れてきてくれる手はずだ。
「それでそれで~? お店はどこ~? 早く~、僕待ちきれない~!」
大して乗り気ではないタクトとは裏腹に、今既にシュランに向かっているというのに、ラキはそわそわ落ち着かない。普段の加工依頼は基本的に個人の小物類がメインなので、大勢の目に触れるであろうお店の装飾はまた違うらしい。
「黒を基調にって話だったよね~、お金もないってことだし、基本は木材だね~。なら黒点甲虫か泥柳の染料だったら割と値段も――」
オレたちではまずそういった素材が分からないので、このあたりはラキが頼りだ。
「うわ、ここか? 鍋底亭よりずっと酷いな」
「ホントだね~、確かに綺麗に掃除するだけでそれなりに変わりそう~」
鍋底亭はオンボロなだけで、汚くはない。古い家屋を大切に使っている趣があるけれど、『シュラン』にそんな情緒は皆無だ。
「うるせぇ! 昨日より綺麗だろうが!!」
まじまじ眺めていたところ、派手な音をたてて扉が開いた。
どうやら店主さんはちゃんとお片付けしていたらしい。ぼさぼさ頭にタオルを巻いて、埃まみれになっている。
「ユータ~! みんなもおはよう!」
「「「おはようございます!」」」
ちょうどそこへミーナと子どもたちもやってきて、一気に子ども密度が上がった。行き交う人の不思議そうな視線がちょっぴり恥ずかしい。
「は?! ガウロ様は? ミックさんもいねえじゃねえか! くそ、騙された!!」
どうも彼らが来ると思って頑張っていたらしい店主さんが、頭のタオルをむしり取って地団駄踏んでいる。
「来るかもって言ったの! だけど見回りの途中で寄るくらいはするんじゃないかしら。ユータがいるし」
ミーナは既に店主さんの扱いを心得ているようだ。
ふて腐れる店主さんを気にも留めず、ミーナ・ラキ組が店主さんと打ち合わせを始めた。
「なあこれ、俺すげえ暇じゃねえ?」
さっそく唇を尖らせたタクトをつつき、傍らで大人しく待つ子どもたちを示してみせる。
「ほら、この子たちだってイイコで待ってるんだよ」
「子って……俺らと変わんねえけど。むしろお前より大きいけどな」
そんなわけ……と思ったけれど、彼らを振り返ると顎が上がるのは気のせいだろうか。
「タクト、暇なら素材採ってきて~」
どうやら一通り必要なものの算段は付いたらしい。書き付けたメモを渡され、タクトが勢いよく立ち上がった。
「よっしゃ! ……けどこれ、どこにある何だ? 全然分かんねえけど」
「僕、分かります!」
メモを見て小首を傾げるタクトに、子どもたちの中から声が上がった。
「うん、ココ博士なら頼もしいわ。ユータたちが護衛してくれるなら大丈夫かしら」
「博士……?」
言われた少年は、タクトと同じくらいの年頃だろうか。少し頬を赤らめて両手を振った。
「ち、違いますよ! そういうあだ名なんです!」
「でも詳しいんだよな、じゃあ行こうぜ!」
あっという間にココ博士とオレを小脇に抱え、タクトは一目散に街の外へと走った。
「――そうなんだ、ギルド就職を目指して?」
オレたちと同乗したココ博士は、物珍しそうにキョロキョロしつつ、はにかんだ笑みを浮かべて頷いた。
王都周囲は、今日も涼やかな風が心地いい。軽快に走るシロの毛並みが、段々強くなるお日様の光できらきら輝いている。
「そう。僕、戦闘訓練は才能なさそうで。だけど魔物や素材のことを覚えるのは得意なんですよ」
だから、博士って呼ばれているらしい。ガウロ様の館では冒険者として活動する子どもたちも多いので、かなり重宝されているらしい。今回も、的確な指示のもとシロ車を走らせることができている。
「頭いいんだな! でもなんでギルド員なんだ? もっとお偉いさんになれるんじゃねえの?」
ギルド員は安月給じゃないけれど、決して高給取りとも言えない。ガウロ様ならお城勤めの役人さんだとか、そっち方面にも顔が効きそうだけれど。
「僕、冒険が好きなんです。採ってきた素材と、採ってきた人。そこから見える冒険を知るのが好きなんです」
その瞳は、朝露の浮かぶ葉っぱみたい。
「そうか! そんな冒険の仕方があるんだな!」
「オレたちも冒険が好きだよ! それじゃあ、オレたちと同じだね!」
顔を見合わせて笑うと、ココ博士は一度目を瞬かせ、弾けるような笑みを浮かべたのだった。
「よっし! これで全部揃ったよな?」
にっと笑ったタクトをぽかんと眺め、ココ博士が慌てて頷いた。
「あ、う、はい! でも、どうしてこんな……」
言われた意味が分からず、オレはことりと首を傾げる。どうして、とは?
「俺らがすげーってこと! ま、主にこいつがすげーんだけど」
「ああそっか、早いでしょう? 植物のことならね、ティアが得意だから。魔物ならオレとシロが探せるし!」
今回必要な素材は、木材を含めて主に植物系がほとんどだもの、ティアの独壇場だ。魔物素材だって昆虫系で珍しいものでもない。虫の気配を探せば、それなりの確率で当たる。
「ピッピ!」
まるい胸をむんと反らして尾羽はピンと上へ、ティアが得意げな声をあげた。全く、ズルにもほどがある植物探知機なんだもの。
「そんな、いくらなんでもこんな短時間で……でも実際……」
にこっと微笑んでみせたけれど、ココ博士はまだ呆然とした顔でブツブツ言っている。
とにかくあとは帰ってラキにお任せするだけ、と帰路についたところで、シロがちらちらとオレの方を振り返り始めた。
声を掛けるより先に、ハッと勘づいてタクトと同時に視線を交わす。シロがこんな目をしているってことは、つまり……。
「あれだけ人数がいるんだし、必要だよな?」
「うん、これだって必要な素材だよね?」
オレたちはにんまり笑って拳を合わせた。
「え? 何か他に必要な素材ってありまし――わああぁ?!」
ドッと葉っぱを散らし、森の中から大きな影が飛び出してくる。
突然の出来事に、ココ博士が頭を抱えて縮み上がった。ごめん、来るよって言うのを忘れていたね。
「おお! 美味そうなんじゃねえ?!」
近道をしようと森付近を走っていたのが功を奏したのか、魔物の釣り上げに成功したらしい。
『普通、裏目に出たって言うんじゃないのか』
モモが向こうでお留守番しているせいで、チャトが案外真面目にツッコミを入れてくる。だけど、これはラッキーと言うほかないよねえ?
「行くぜ!」
「うん! あ、ココ博士はシロの近くにいてね、絶対安全だから」
え、ともあ、とも言えない声と伸ばされた手をそのままに、オレたちは素早くシロ車を飛び降りた。心得たシロがすぐさま旋回して車を止め、弾き出されたココ博士をキャッチしてお座りする。
「あ、あ、待って! ダメ、それ、レッドモア!! 単体Dランクの――」
泡を吹きそうなくらい、ココ博士が一生懸命両手を振っている。オレたちもにっこり笑って手を振った。
この鳥、Dランクだったんだ。そんなに攻撃力がありそうに思わなかったけれど。
「ただのデカイ鳥じゃねえ? なんでDランクなんだ?」
タクトも首を傾げて長剣を仕舞う。
「お、大きいのはそれだけで脅威……で、火系の魔法も使う……から」
ぺたんと座り込んだココ博士が、うわごとのように解説してくれている。さすが、職業意識の強い人だ。
「そうなの? 火の魔法、使わなかったね」
既に事切れたレッドモアは、恐竜とダチョウの間みたいな姿をしている。背が高くて3メートルを越えるくらいあるものの、首が細長いのであんまり圧迫感は感じない。オレの魔法で足止め、タクトの一閃で首を落として戦闘は終了だ。
『おにく、おにく! おいしいおにく!!』
魂が抜けたようなココ博士の隣では、ちぎれんばかりに尻尾を振ったシロが、喜びのステップを踏んでいたのだった。
*活動報告に詳細書きましたが、ローソン・ファミマ・セブンイレブンさんにて13巻ブロマイドとSSのネットプリント開始されています!お見逃し無く!
*「好きラノ」投票始まっているみたいです!もふしらは多分12,13巻が対象なのかな?よろしければぜひ~!
*ホーンラビット(一角獣のように角の生えた比較的弱い魔物)の蜘蛛の巣払い とは
ホーンラビットがむやみに動き回ることで一帯の蜘蛛の巣を角に絡め取ってしまう様。または、それにより枯れ葉や枝が付着している様。
転じて、余計な行動をおこすことで様々な出来事を引き寄せてしまうことを指す。ここで言う様々な出来事とは、本人にとってメリットのないものを指すことが多い。