682 ちょっと待って
大丈夫、大丈夫……いくら天使様が有名になったところで、オレと繋がるわけじゃない。知っているのはロクサレンの面々とアッゼさんと、ラキたちもなぜか知っている気がするし、魔族領の子たちにも知られたらバレそうなくらいで――なんか、思ったより多いなと思わないでもないけれど、それでもきっと大丈夫!!
そわそわする心を落ち着けて、お使いならぬ仕入れをすませてしまおうと指定のお店へと急ぐ。これからまだ他にも食材やら器具やら見に行かなきゃいけないからね!
「ええと……これ、どこだろう?」
地図に印をつけてもらいはしたのだけど、今ひとつ分からない。ここ黄色の街にあるのは違いないんだけど。
『匂いが分かったら行けるのにねえ』
一度行った場所ならシロが覚えているんだけど、今回はそうもいかない。
「うーんと、目印がないと分からないよね! お城に行って、そこから辿ったら分かるかも!」
なんせ、一番分かりやすい目印はお城だもの!
『え、あなたお城まで戻るの?!』
『ここにあるのにか』
『いやいや主、それはないぜぇ』
一斉に否定されて頬を膨らませる。じゃあ、みんなが地図をみてくれてもいいんだけど。だって、急がば回れって言うでしょう、慌てずスタート地点からやり直すのが得策だと思うんだけど。
『ゴール前からスタートに戻る……得策?』
心底不思議そうな蘇芳の声が胸に突き刺さる。ま、まあ確かにゴールはきっと目の前なんだけど! だけど分からないんだからしょうがないでしょう。
『あうじ、わかやない時はね、おとなのひとに聞くのよ?』
らいじょうぶよ、と温かい肉球に頬を撫でられハッとした。
「そ、そっか! 誰かに聞けばいいんだ! ありがと、アゲハ」
「ろういちゃしまして!」
おしゃまな顔ではにかむ姿ににまにましつつ、オレはさっそく周囲を見回した。
王都は忙しそうな人が多い。それに、旅装の人も。
「忙しくなさそうで、街に詳しい人に聞かなきゃいけないよね!」
さあ、誰に聞こう。目を光らせてみるけれど、案外条件に合致する人がいない。こんな時、暇そうなバルケリオス様が歩いていればちょうどいいのに。
『あれでいて有名人なんでしょ? 歩いていたら大変じゃないかしら』
それもそうか。それに、道案内なんて頼んだらメイメイ様が怖そうだ。
じっと通りを見つめていると、割と目が合って微笑まれるけれど、それだけだ。足早な人たちは名残惜しそうな顔をしつつ通り過ぎていく。
カロルス様たちを見ているから、この世界は割とのんびりしていると思いがちだけど、みんなきちんと働いているんだなあ。王都の通りを見ていると、地球にいた頃とそう変わらない気がしてくる。どこからか聞こえる一際早い駆け足の人は、何を急いでいるんだろう。
「え、わっ?!」
「やっぱり、ユータだ!」
駆け足が近づいてきたと思っていたらふわっと身体が浮いて、しっかりと厚手の生地に押しつけられる。上等な服と、固い皮の感触、戦う人間の身体だ。
みんな、オレを気軽に抱き上げすぎじゃない? むしろ、落ちているから拾い上げているような感覚だろうか。そりゃあ、視線を合わせるにはちょうどいいのかもしれないけれど。
心当たりのある声の主を見上げ、予想通りの人物ににっこり笑った。
「ミック! わあ、偶然だね!」
この広い王都で、知り合いに出会う確率はそう高くないはずなのに。
「ユータがいるような気がしたからな!」
目の前で広がる満面の笑みに小首を傾げる。そんなことある? マリーさんじゃあるまいし。いや、マリーさんは割と確信を持ってオレを探し当てるけれども。
「どうしたんだ? こんなところに1人で」
「仕入……おつかいに来たんだよ! ミックこそお仕事中でしょう?」
オレを抱っこしていていいんだろうか。
「俺の仕事は今、迷子の保護になった」
「迷子じゃないよ!」
『そうかしら?』
『迷子だろ』
……最近、モモやチュー助だけでなく、チャトまで余計なひと言に加わってくるようになった気がする。決して迷子ではないよ、行く場所が分からないから調べていただけ!
オレの憮然とした顔にも嬉しげな笑みを崩さず、ミックは少し離れた所にいた同じ服装の人に何か言付けた。
「さあ、それじゃあどこへ行くんだ?」
「えっ、いいよ! オレ1人で大丈夫。でも、場所だけ教えてもらえるとありがたいな」
「うん、じゃあ一緒に行こうか」
お仕事は……? オレのせいで、怒られやしないだろうか。だけど、ミックはカロルス様と違ってしっかりしているから、お仕事を勝手にサボったりはしないだろう。
既に歩き出したミックは、一体どこへ向かうつもりなんだろうか。
「お仕事、大丈夫? あのね、『シュラン』ってお店に行きたいんだけど……」
「え、シュランは酒しか売っていないが……」
ぴたりと動きを止め、心配そうな顔に覗き込まれる。
「ち、違うよ! オレが飲むんじゃないよ、お使いだってば!」
「そうか。しかし、酒を買うのにユータだけでは売ってもらえるかどうか……」
飲酒の制限は決まっていないけれど、さすがに常識として幼児に飲ませたりしない。言われて見ればもっともな台詞に、しょんぼりしつつ心の中でジフを睨み付けた。
「私がいるから大丈夫だ、そんな顔をしなくていい」
ふふ、と微笑む顔はすっかり大人だ。立派に仕事をこなす、大人の男だ。冒険者もお仕事ではあるけれど、ちょっと違う。お勤めしている、というのは格好いいものだなと少し羨ましく思った。
「じゃあ、騎士様にお願いしてもいい……?」
「お、おれっ、じゃなくて私は正式な騎士じゃっ……! あくまでローレイ様の補佐でっ! ……だけど、ユータのお願いくらいなら聞けるとも!」
面白いほど狼狽えたミックが、しどろもどろ応えてくれた。オレからすれば、しっかりと騎士様たちをサポートするミックの方がお仕事のできる上級騎士様って感じだ。ローレイ様は腕はたつのかも知れないけれど、なんだかなあ。
颯爽と歩き出したミックの腕に揺られることしばし、ショーウインドウに映る姿にハッとした。
「あ、ごめんオレ抱っこのままで……下ろしてくれる?」
抱っこに慣れきっている自分に少し赤面しつつ訴えると、緩やかに支えていた腕がきゅっと締まった。
ほっぺがミックの身体で潰れ、慌てて力が緩められる。
「す、すまない」
大丈夫、と返事したものの、一向に歩む速度が変わらないことを訝しく思って見上げた。
「ミック? オレ歩けるよ」
「分かった、ちょっと待ってくれるか?」
何を待つんだろうと思いつつ、こくりと頷いて視線を町並みへとずらし、ウインドウショッピングを再開する。
「ほら、ユータあそこの木の実パンは割と子どもに人気があるんだぞ」
「本当?! 美味しそうな匂いがするね!」
「帰りに寄っていこうな」
「あっちの通りには私が行き着けの本屋があってな――」
「それも! オレ、後でそっちも行きたい!」
うわあ、王都にはしばらく滞在していたのに、知らないお店がいっぱいだ。さすがにミックはよく知っている。騎士団で入り用のものを買い付けに行ったりもするそうで、高級店から庶民のお店まで、まるで生き字引きみたい。
通りを歩きながら、あっちもこっちも素敵なお店を紹介してくれるので、オレは大忙しだ。
「すごいね、ミック! オレ、今度お店を探す時はミックに聞くよ」
「ああ、そうしてくれ」
爽やかな笑みに釣られてオレも笑う。
このまま歩いていれば、黄色の街中のお店を知ることができそうだと思ったところで、目的のお店は随分遠いところにあったんだなとしみじみ考えた。
「シュランって遠いんだね。ねえ、馬車を使った方が良かった? あっ! オレまだ抱っこだった!」
「そ、そうでもない。もうすぐだ。……ああ、すっかり忘れていたな」
大慌てで下ろしてもらうと、本当に5分と歩かないうちに到着した。道中のほとんどをミックに歩いてもらって申し訳ない気持ちでいっぱいだ。
「ここで、いいのかな……?」
「そうだろうな、私も入ったことはなかったが……」
曲がりなりにも貴族が定期的に買い付けに来るお店だ、それなりの店構えだろうと思っていたのだけど。
「あんまり、綺麗じゃないね」
あんまり、どころか結構汚いと言うべきか。こうなってくると店名もそれで大丈夫なのかという気もしてくる。
だけど、鍋底亭みたいに中は整えられているってこともある。一見さんお断りなのかも。
オレはミックと顔を見合わせて、なんだかべたついた扉に手を掛けたのだった。
皆さまクリスマスはいかがお過ごしでしたか~?
もふしら閑話集の方にクリスマス閑話投稿していますのでお見逃し無く! こちらで告知を忘れることもあるのでたまにチェックしていただけると幸いです。「ルーとクリスイヴ」もカクヨムサポーターズさん向けに限定公開しました~!