658 騒ぎにならないはずがない
鍋底亭の周囲は、人通りの少ない場所だ。こんなところで宣伝したって仕方ない。
覚悟を決めたオレは、さっそく大通りに向けてのしのしと進み――
『ちょっとちょっと、なんでそんなところにいるのよ! 意味ないでしょ!』
『主ぃ、目立つなら俺様がお手本を見せてやろうか?』
『あうじ、あえはとおしょろいね!』
しーっ、静かに! モモ、目立つから跳ねないの!
そう、オレは大通り手前で、さっそく日和っていた。
だって、人通りの少ない場所でさえ、会う人会う人に振り返られる始末。狙いとしては大当たりに違いない。違いないんだけども……いざとなるとやっぱり恥ずかしいのが人情ってもので。
『ぼくが連れて行ってあげよっか?』
「本当?! それなら頑張れるかも!」
ぱあっと顔を輝かせ、飛び出してきたシロに乗せてもらう。ああ、これで一安心。恥ずかしかったら、慣れるまで下を向いていればいいんだよ。
淡い桃色のもふもふした手や、ぴんと立ち上がった白い三角耳ばかりを視界に入れつつ、犬に乗った着ぐるみは街を行く。
『ねえ、どこに行けばいいの?』
「うーん、人が多いところに行くべきなんだけど……」
オレもやっと慣れてきて、ちらちらと周囲に視線を走らせる。
『今、ここが一番人が多い』
……やっぱり? そんな気がしてた。ふすっと鼻を鳴らした蘇芳は、オレの中から出ようとしない。
「着ぐるみ、大人気だね……ちゃんと顔も隠していて良かった」
大通りに出た途端、まるで磁場でも発生したかのように人が集まって来る。ここでプラカードを持って立っているだけでも、お客さんが来てくれるだろうか。
ひとまず、いつまでもモジモジしていても仕方ない。きゅっと唇を引き結び、プラカードを持ってシロの背から滑り降りた。
途端にどよめく周囲に怖じ気づきながらも、サッとプラカードをかかげてみせる。
「おおおっ?! 動いたっ!」
「やだもう、生きたぬいぐるみじゃない!」
ひええ……オレの一挙一動に周囲が沸くよ……これが、パンダの気持ち。意味がないと知りつつ、へらりと愛想笑いを浮かべて視線に耐える。オレじゃなくて、ちゃんとプラカードを見てね!
多分、効果はあるんだろう。あちらこちらで『鍋底亭……?』という声が漏れ聞こえている。
ホッとしたのも束の間、そのまましばらく時が経ち……。
(視線が、痛い……! 期待されてる。すっごく、動くのを期待されてるのがビシバシ伝わってくるよ!!)
だけど、動くと言ったってちょっとプラカードを振ってみたり、手を振ってみたり。それくらいしかすることがない。一定の距離を保って輪になった周囲から、『がっかり』の顔が増えていく居たたまれなさといったら!
『主ぃ、こういう時はサービス精神旺盛にやらなきゃ!』
『あうじ、みて! こうするのよ』
シロの背中で、チュー助とアゲハがお尻をふりふり踊り始めた。でたらめでしかない踊りは、ちっこい2人が踊るとたまらなくキュート。気付いた周囲からもきゃあっと歓声が上がった。
『見てないで、お前も踊れ』
にこにこしながら鳴らない手拍子をしていたら、決して出ては来ないチャトが茶々を入れた。
そう言うなら、チャトが踊ってくれたっていいのに。いくらふてぶてしくたって、猫は猫だもの、見た目は可愛い。めちゃくちゃ需要があると思うんだけど。
『猫は踊らない』
オレだって踊りませんけどー! 踊り方なんて知らないよ! 憤慨してつい足を踏みならすと、周囲の視線が一斉にこっちを向いた。
着ぐるみの背中をたらりと汗が伝う。どうしよう、これ、絶対次オレが踊る流れ……! いや、地水風火の舞いならできるんだけども、それはここでやっちゃいけないやつ!!
『ゆーた、踊ってたよ! 夜に音楽が鳴って、人がいっぱい踊るやつ』
1人でだらだら汗を垂らしていると、しっぽを振ったシロが水色の瞳でにっこり笑った。夜に? オレが踊れるものなんて……あっ!
ぽん、と手を叩いたオレの脳裏に、懐かしい光景が蘇る。そうか、これなら踊れるし、恥ずかしくない。だって、みんなで踊るものだもの。
純和風な曲が、小さな鼻歌となって懐かしくオレの身体を動かした。踊ったなあ……古い土地だもの、子どもの頃から何度となく練習させられて。あの気の抜けるような歌が可笑しくて笑っちゃう。なんて、この世界に不釣り合いなんだ。
掘って、掘って~また掘って。
担いで担いで後ろに下がる。
ふふ、どう? この世界のどこにもない踊り。
押して、押して、開く。
はい、これで一巡。パパン、パン、とくぐもった手拍子を打った。
ああ、可笑しい。どんな感じかな? ファンタジーの世界で、もふもふの着ぐるみが踊る『炭坑節』は。
惜しいなあ、あの『月がぁ~出た出ぇた~~』の音頭がないなんて。
あまりにも簡単で、単調な繰り返し。音楽に合わせて踊る、という楽しさを最初に覚える踊り。
『あうじ、あえはもれきる! みて!』
『俺様を見よ! そんな簡単な踊りなんて瞬間でマスターしたぜ!』
傍らに目をやれば、いつの間にかチュー助とアゲハも拙い炭坑節を披露してくれている。
『ぼくも、ちょっとならできる!』
シロは、ステップと身体の上げ下げで参加してくれている。
オレは着ぐるみを被っていることも忘れて声をあげて笑った。なんて、楽しいんだろ。
ほら、みんなもきっと楽しい。
オレは、ライブ中の歌手よろしく踊りながら両手をくいくいとやった。カモン! ってやつだろうか。やってるのは盆踊りだけど。
繰り返される単純な振り付けに、まず喜んだのが子どもたち。手招きすれば、喜んで一緒にやってくれた。きゃあきゃあと弾けるお日様みたいな笑い声が、心を濯いでいってくれるみたいだ。
『あなただって、同じ笑い声をしているんだけど』
丸い身体で器用に踊っているモモを見て、くすっと笑う。そうかな? オレもこんな風に、幸せの噴水みたいな声をしているんだろうか。
「おお!」
「いいぞ!!」
微かな鼻歌だったメロディーが、突如音楽に変わった。群衆の中から、笛の音が響き、あちらから打楽器が、こちらから歌声が、そしてあちらから――。
もう、全然炭坑節なんかじゃない。違うけれど、しっかりとオレの踊りに合わせた一本の柱。そこへ、いろんな人たちが、いろんな場所から手を繋ぐように音を組み合わせてくれた。
(うわぁ……)
音の楽しさに、みんな飲み込まれる。バラバラだった人たちが、同じ動きをし始める興奮に、頬が熱くなった。
揃ったステップで、ザッ、ザッと音が鳴る。手拍子が、わんわんと響く打楽器になる。
すごい、すごいね。
舞いの時みたいに、うっとりと高揚感に浸る。もしかして、舞いもみんなでやればいいんじゃないだろうか。魔力の強い1人じゃなくて、魔力が弱くても、たくさんの人が。
もしかすると、昔はそうだったのかもしれない。
――ユータ、すごいの! みんな踊ってるの! ユータは軍曹として素質があると思うの!
的外れな指摘に、思わずつんのめりそうになって苦笑した。こんな楽しい軍隊なら、指揮しても良いかもしれない。
『ところで、みんなをひとつにしたはいいけど、ここからどうするの?』
う、うーん。みんなをひとつにするつもりなんて欠片もなかったんだけど。
「そっか、盆踊りなんだから、このまま歩いて行っちゃえばいいんだ」
阿波踊りだって練り歩くもんね! これはいい宣伝になるとほくそ笑む。
さっそくプラカードを先頭のシロに託し、身振りでみんなに来い来いとしてみせた。
何の知らせもなく始まった大パレード。
先頭には、プラカードを掲げてステップを踏む犬、踊る小動物たち。
そして、続くはちまちまと動くぬいぐるみ。
耳慣れない音楽に合わせて、連なる人々が見事に振り付けを揃えて踊る。
次第に王様の凱旋もかくやという大騒ぎとなり、警備の人まで出動する文字通りのお祭り騒ぎとなったのだった。
盆踊りでは割とかかる曲だと思うけど皆さん知ってるかなあ~?
『月がぁ~出たで~た~~月がぁ出た~ア、ヨイヨイ♪』ってやつです。盆踊りらしくって、和やかで、なぜかとても懐かしい。






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