653 当てられるかな?
「「「ただいま~!」」」
誰もいないけれど、3人でそう宣言して扉を開ける。
王都での休日を楽しんだ後、どうせギルドに寄れないとのことで、その足で帰ることになった。
そしてそろそろタクトの進級が怪しくなってしまうので、ロクサレンを素通りして寮まで戻って来たんだ。
「オレたちの部屋! あーなんだろ、気持ちいい匂い!」
「宿と大差ねえのにさ、なんか落ち着くよな!」
「そりゃあ、ここが僕たちの『家』だもんね~」
いそいそと荷ほどきを始めたラキを尻目に、オレたちは久々のマイベッドを堪能している。
本当、宿と変わりない設備なのに、ここが居場所だと決めてしまえば落ち着く場所になるものだね。
ほうっと力を抜いて見知った天井を見上げていると、居心地良さのあまりむず痒くなってくる。
オレ、ここ大好きだ。
このベッド、同じ空間にいる二人の音、思い思いに寛ぐシロたち。
ムゥちゃんはさっそくお日様を浴びながら鼻歌を歌い、同じ窓辺で四角くなったチャトのしっぽが、鼻歌のリズムに合わせて揺れている。
へらっと浮かんだ笑みを隠すように顔を布団へこすりつけると、眠る時のオレの匂いがする。
ふわふわした心地で布団を抱きしめていると、隣のベッドがギッと軋んだ。
「うわっ?!」
次の瞬間、リラックスしていたオレの身体が弾み上がった。
「寝るなよ? カロルス様たちに呼ばれてたろ?」
「寝て、ない、よ!」
オレのベッドに飛び乗ってきたタクトが、そうか? と言いつつ弾むせいで、さっきからオレの身体はポップコーンみたいになっている。
オレのリラックス空間がぶち壊しなんですけど。ふくれっ面でポンと弾み、くるりと体勢を整えて着地する。
「タクトが邪魔するから、ロクサレンでゆっくりしてくるから! ……そうだ、タクトは勉強しなきゃいけないんじゃない?」
にまり、と悪い笑みが浮かんだのを自覚する。
「あっ、お前! 馬鹿、今日はその、疲れてんだよ。明日からな、明日!」
チラチラとラキの様子を窺いながら、タクトが大汗をかいている。そんなこと言って、テストに受からなかったらタクトだけずーっと3年生だよ?
「それは大変だね! 任せて、A判定の回復術師、ここにあり!!」
素早くタクトに回復を施すと、彼は一瞬心地良さげな顔をしてから、青ざめた。
「げ、余計なことを――」
「タクト~?」
素材を取りだして悦に浸っていたラキが、にっこりと笑みを浮かべている。もしかして、バタバタしていたのがお気に召さなかっただろうか。
そうっと振り返ったタクトが、こくりと喉を鳴らした。
「やろっか~?」
「はい……」
耳としっぽを垂らしてすごすごと机へ向かうのを見送り、オレはとばっちりを受けないよう早々に転移したのだった。
「ああ……やっぱり実家は落ち着く~」
オレは緩みきった顔で、ぱふりと寝返りを打った。
さっき似たようなことをやっていた気がするけれど、ここはここでまた特別。すっかりオレの『実家』になったここロクサレンは、やっぱり『帰ってきた』という感覚が一際強い。
寮のお布団とはまた違うオレの匂い。多分、オレだけじゃない家族の匂い。
ただいまのハグとお土産話をすませ、ベッドに飛び込んでしまえば、もう数日ここにいてもいいかな、なんて気分になる。
傾き始めたお日様を眺め、どれだけおしゃべりしていたんだろうと苦笑した。
うん、やっぱり数日はここにいよう。むしろ、ここから学校に通おう。だってほら、もっと甘えろって言われたところだしね?
さあ、誰にも邪魔されずに微睡みの時間を――というのはままならないようで。
『みーつけたぁ』『ひさしぶりー? こないだぶりー?』『おしらせにきたー』
3つの光球が、夕焼けの中からくるくるともつれ合うように飛び込んで来た。
「久しぶり! みんなこっちの方が好きなんだね」
妖精トリオをまとめて受け止め、にっこり笑う。会うなら寮のお部屋でも秘密基地でもいいだろうに、どうもオレがいなくてもこの部屋に来ているらしい。
『だっていいきもちー』『ここ、すきー』『きもちいいかおりー』
ああ、もしかして生命の魔素が豊富だからかな? ロクサレンの中でもオレが居着くここはとりわけ生命の魔素は豊富だろう。
『そうじゃの、フェリティアもあるしのう』
ゆったりと登場したチル爺が、まなじりを下げて窓辺のフェリティアを眺める。これは以前、ティアが見つけてきてくれたものだ。そうか、フェリティアやティアの影響もあって、余計にオレは生命の魔素発生装置になっているかもしれない。
「チル爺も、久しぶり! オレもここが好きだよ! ところで、お知らせって?」
妖精トリオが言っていたことを思い出し、首を傾げる。チル爺たち、用があってここに来ることってあんまりない気がするのに。
ふわりとオレの前まで飛んできたチル爺が、思わせぶりに長いひげを撫でた。
『ふぉふぉふぉ、何じゃと思う~? それ、当ててみい!』
それそれ、と杖でほっぺをつつかれ、妙に腹立たしい。
「そんな、何にもヒントなしで分かるわけないよ! 何かヒントちょうだい!」
『ふふ~ん、仕方ないのう。この時点で気付くべきじゃと思うけどのう~? やれやれ、ヒントは『満月』じゃ!』
ええ? 確かにもうすぐ満月だけど……お月見みたいなイベントでもあったろうか。
『わすれちゃったー?』『たのしみなのにー』『ゆーたもがんばったよー?』
どうして分からないの? と言いたげに妖精トリオが明滅する。そんなこと言われても……楽しみ? オレ、何か頑張っ――ああっ!!
ハッとして浮遊するチル爺を捕まえた。
「で、できたの?! うわあ、楽しみ!」
『むおっ?! 握り込むでない! ふぉふぉ、やっと気付いたか』
解放したチル爺がお髭を整え、るんるんと弾む足取りで宙を舞う。なるほど、どうりでチル爺がご機嫌なわけだ。
『絶対に良いものができておる! 満月の晩じゃぞ~迎えに来てやるでの、心して待っておれ』
「うんっ! 満月の夜に、この部屋だね?」
うわぁ、待ち遠しすぎて落ち着かない! 確認したところ、明後日の晩が満月だ。こんなことなら、当日に聞きたかったよ。もしかしてチル爺も耐えられなくなってオレのところへやって来たのかな?
『楽しみなのはいいけれど、あなたお酒飲めないんじゃないかしら?』
モモの冷静な声に、あっと情けない声が零れる。ええーダメかなあ、ちょっとくらいは……おちょこ一杯くらいはきっと大丈夫だよね?!
『俺様飲むー! アゲハはまだダメー!』
『あえはも! おやぶだけ、ずゆい! あえはも!』
うむ、アゲハの手前、オレもおおっぴらに呑むわけにはいかなさそうだ。アゲハとオレは、ほんのちょっぴり、それぞれのおちょこに少々を楽しませてもらおう。
「そうだ、きっとサイア爺も好きだろうから、いいお礼になるね! チーズせんべいがおつまみにピッタリだ! もっとたくさん作らなきゃ」
やることを発見したオレは、さっそく部屋を飛び出していった。
ルーと、サイア爺と、ラ・エンに。ここは絶対に外せない。
きっと、美味しくできていると思うよ。だってオレがいっぱい思いを込めて楽しく作ったんだもの。
オレのありがとう、と楽しい、がいっぱい詰まっているはずだから。
チル爺たちと作った御神酒に想いを馳せ、オレはとびきりの笑顔を浮かべたのだった。
前話のラストの方、『そっちの肉。串はいらん』の台詞はチャトですよ! ルーと言い回しが似ているのでややこしいですよね~! まあ同じ猫科なので……なんとなく似ているのかも(笑)






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