645 砲撃魔法
「うわわわ……」
必死で短い脚を動かし、オレはチャトと分かれて屋根を駆けている。
ルーの加護がついているんだもの、こんな成りでも足は速いし体力もあるんだから! とは言え――
「多すぎるよぉ!!」
わらわらとオレの後ろに団体ご一行が形成されはじめ、下にひしめき合うゴブリンたちが次々こちらを見上げる羽目に。後ろから普通に追いつかれることはきっとない。だけど、前方からも登場し始めれば話は違ってくる。リーチの短すぎる短剣では到底対処しきれない数に囲まれ、泣き言も出てこようってものだ。短剣1本では戦いにくいことこの上なかったので、ないよりマシと右手には包丁を携えてみた。
だけどそれも終わりなき剣舞の様相を呈してきて、オレは早々にあきらめた。無理無理、短剣だけとか物量に負ける。何せ、押し返すパワーがないのだから。
ええい、魔法も使うからね! 屋根の上なら村に被害はないはず! ひとしきり蹴散らしてオレの周囲に空間を確保した隙に、バッと両手を広げて魔力を弾けさせる。
「スプリンクラー! マックス!!」
瞬間、オレを中心として放射状に水が散水される。これなら被害はないでしょう! 各々がシャワーのようにごく細い水流だけど、MAX仕様の水圧を舐めてはいけない。ひとまず倒すよりも屋根の上から吹っ飛ばして一掃するのが目的だ。
あっという間に周囲を囲むゴブリンが吹っ飛――……おや?
どうして吹っ飛ばないんだろう。ただ、周囲全てのゴブリンたちはその場でピタリと動きを止めた。
「え? 失敗――ひえぇえ?!」
次の瞬間、ごしゃ、と一斉に崩れ落ち、思わずオレの方が驚いて身を縮ませる。
恐る恐る確認したゴブリンたちは、すでにこと切れていた。
その全身に空いた穴には、身に覚えがありすぎるくらいあったのだった。
「ラキー! うまくいったよ!」
中央広場手前の屋根で手を振ると、広場の村人たちから悲鳴が上がる。オレに向かって何か言っているようだけど、口々に騒ぎすぎてなんて言っているのかサッパリだ。
ちょっと首をかしげてみたけれど、ひとまずシールド内に行けば分かるだろう。
フッと息を吐きだし、右手の包丁を抜きざま、振り返って背後のゴブリンに一撃。勢いのままに回転して蹴りでさらに1匹を屋根から蹴り落とす。反動で止まった己の体をこれ幸いと、居合の要領で左の短剣を一閃、次は逆回転の攻撃が始まる。右へ、左へ、力の代わりに回転とスピードを攻撃力に変えて。生じたエネルギーは欠片も無駄にしない。
なるほど、あの時のタクトは本当にオレの真似をしていたのかもしれないね。オレ、すごくくるくる回って短剣を振り回しているかも。
――全然違うの! ユータのは戦闘舞なの。洗練された戦闘技術なの! ラピスが鍛え上げたの!
ラピスが空中で跳ねて憤慨している。それは間違いない、ラピスという鬼軍曹がいなければ、ここまで自在に動けるようにはならなかったろう。
「じゃあ、ラピス師匠の期待には応えられているかな?」
笑みを浮かべつつ、再び始まった回転にオレの髪が淑女のスカートみたいに広がる。
――そ、そうなの! ラピスの、一番弟子なの!! さいこうけっさくなの!
群青の瞳を輝かんばかりにきらめかせ、ラピスは思い切り首元へ飛び込んできた。柔らかなふわふわがきゅうきゅう言いながら体を摺り寄せる。もはや、ゴブリンなど眼中にないようだ。
苦笑しつつ正面の相手を切り伏せると、押し寄せるゴブリンが一旦途切れた。すぐさま踵を返し、思い切り跳躍してシールド内へ。
ばっちり10.0の着地を決めて両手を上げると、手近にいた人を見上げた。
「さっき、何て言ってたの?」
手を伸ばしかけた妙な体勢で止まっていたおじさんが、どこかぼうっとした返事を寄越す。
「ゴブリン、いっぱいで……君が、危ないと……。シールドの外にいた、から……」
「そうなの? ありがとう。でも大丈夫だよ、オレけっこう強いから!」
にこっと微笑み、ラキのいる屋根へと駆け上がった。
「おかえり~。見付けられたんだね、どんな感じ~?」
ラキへ、分かる限りの統率者情報を伝達しつつ、一番近い方角の屋根へと移動した。
「そっか~。ちょっと相性悪いね~、大型で硬い系統かあ~」
少し眉尻を下げたラキに、オレも頷いた。ラキの砲撃魔法は、決して威力が高いわけじゃない。ピンポイント攻撃ができるが故の武器だ。硬い敵に対しては貫けるだけのパワーがない。
「同じ場所を狙うしかないけど、向こうも遠距離攻撃するんでしょ~? 一度当てたら逃げるんじゃないかな~」
難しい顔をしているうちに、ゴブリンのざわめきと派手な咆哮が聞こえ始めた。そして、遠くの方に空を舞うゴブリンとチャト。
「来た……!! まだ遠いね、ここから狙えたらいいのに」
「ここからじゃ全然届かないね~。ねえ、ユータならもっと遠くまで、強力な砲撃魔法を使えるの~?」
真剣な眼差しに、つい言い淀む。多分、使える。さっきのスプリンクラーみたいな要領で、打ち出す力を調節できる。ただ、それが当たるかどうかは別の話だから、オレは砲撃魔法を使わない。
「……使えるんだね~? それは、教えられないもの~?」
「教えられなくはないんだけど……知ってるでしょう? オレ、詠唱しないんだよ。決まった形がないの。どうやって伝えたらいいか……」
ラキは、オレのように『発射する』というイメージがない。エネルギーを充填させ、爆発的に高めて打ち出す。機械を知らずにそのイメージができるだろうか。
ラキは、少し考えて頷いた。
「うん、僕も砲撃魔法が無詠唱になって、ユータの言う『イメージで使う』ってことが少し分かるようになってきたよ~。実際、ある程度の威力は調整できるんだけど……。何か、きっかけでもいい、ユータのイメージを教えてもらうことはできる?」
透けるような淡い色の瞳が、強い光を浮かべてオレを見つめた。
「もちろん! ラキはラキのイメージで、何か変えることができるといいね!」
にっこり微笑んで、足元の小石を拾った。遠慮なく、伝えよう。それをどう解釈するかは、ラキ次第だ。
「オレはね、こういう……形をイメージして――」
ラキは目を丸くしてオレの説明を聞いた。じりじりと近づく統率者の存在を意識の外に、相変わらず大した集中力だ。
「――分かった。根本から違うんだね、ユータは魔法を放っているわけじゃないんだ」
呟くような早口を残し、ラキはしっかりとオレの瞳を覗き込んで『ありがとう』と言った。
「え? オレは、魔法を放ってないの?」
戦闘モードに切り替わっていくラキが、微かに笑った。
「そう。僕は、ファイアと同じ。魔法を小さく、小さな穴を通すようにぎゅっと細く放ってる。だけど、ユータのは……二段階だ。こう、かな?」
伸ばした指先に、ラキの魔力が集中する。加工師ならではの、針の先に集めるような緻密なコントロールで。
「――弾ける種子のように、火を噴く山のように、高めて、貫け。右肩!」
それは、詠唱だろうか。あくまで静かなラキの声とは裏腹に、相当な魔力が放たれた。
「っ! すごい!!」
パン、と鋭い音が聞こえた。一拍遅れて、統率者の悲鳴が。
宣言通りの右肩、その硬い皮膚が裂け、確かな一撃を与えたことが分かる。一発で成功させたラキに、思わず飛び上がって手を叩いた。
「精度が悪い、ピンポイントは難しいな」
低くつぶやいて眉根を寄せた顔は、もうオレが目に入っていない。加工に集中する時の、あの顔だ。
一方の統率者は、苦痛をやり過ごし、探るように小さくなって周囲を見回している。
「そのまま動くな――高めて、貫け。頭!」
もう一度、鋭い音が聞こえて……今度は、統率者の悲鳴は聞こえなかった。






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