643 功績と失態?
「これから、どうしよっか」
わらわらとシールドを囲み始めたゴブリンのおかげで、村の人たちにもどこからどこまでシールドなのかがよく分かる。あんまり気持ちのいい光景じゃないけれど、シールドに守られている、という安心感が村人たちの精神的支柱になっているようだ。
中央の建物にひしめき合うように集まった人たちは、誰からともなく建物周囲に瓦礫や解体した天幕のバリケードを築いていて、その内側へ籠もっている。
……どことなく、蟻が思い浮かんで複雑な気分になった。そう言えば、蟻も社会性ある生き物の代表格だっけ。
今後の相談がてら、オレたちも早めにテントへ引っ込むことにした。村の人には建物の中へ促されたけれど、正直なところオレたちのテントで眠る方がよほど寛げるんだもの。
「あれ、全部倒すのか? 不可能じゃねえ気がしてくるのが怖いな」
さっきまで疲れたなんて言っていたのに、タクトはもうそんなことを言って歯を見せる。オレのほっぺに身体をすりつけ、張り合うように柔らかな毛玉も主張した。
――ラピスなら、すぐにせんめつできるの!
すぐにでもヤってみせようか、と言わんばかりのつぶらな瞳が眩しい。だけど、ゴブリンと共に村がなくなるのが目に見えているので、それだけはやっちゃいけないと思う。
オレの魔法だって、大きなものを使えば村に被害が出ちゃうし、この数をオレたちだけで討伐しきってしまうと、色々と騒動になる気しかしない。
「ギルドに知らせて、応援に来てもらうのが一番いいと思うんだけど~」
テント内で額を突き合わせ、ラキは難しい顔をする。
うーん、オレが行けば早いんだけど、そうするとシールドが維持できない。シロがいれば、誰でもいいので村人を乗せていってもらえるんだけど……チャトは乗せてくれそうにないからなあ。
「俺がゴブリン突っ切って行ってやろうか?」
「それだと、こっちの戦力が減って村の人たちが不安になるんじゃないかな~? 他に手がなければそうするしかないけども~」
タクトの顔がにへらと堪えきれずに笑みをかたどった。頼れる戦力と数えられたことが、よほど嬉しかったらしい。
「シロを呼び戻して、万が一向こうの村に何かあったら困るしね~。そもそも、向こうはどうなの~?」
そう言えば、とラピスの方へ視線が集まると、うつらうつらしかけていた群青の瞳が瞬いた。
――心配いらないの! ちゃんと撃退して、敵拠点の破壊をすませたの! ええと――。
……襲われた時点で教えてほしかったけれど、どうやらオレが寝ている間に先に攻撃を受けていたらしい。ラピスの報告を翻訳すると、ラキが眉根を寄せた。
「拠点を……? もしかして、だからこんな大群が~?」
言われてハッとする。シロたちがゴブリンと相まみえたのは夕方頃……オレたちは夜更け。それってもしかして。
「じゃ、じゃあ拠点がなくなったから大群の総攻撃に? だけどなんでこっちに……あ、もしかしてシロが怖くて……?」
オレたちは何とも言えない顔で視線を交わした。ラピスの魔法ならともかく、アリスたち管狐は『鍛えた魔法兵5人分』程度だと言っていたはず。そこに大雑把な管狐クオリティが重なると……まさに『拠点』の破壊で満足している可能性が無きにしも非ず。
「だ、だけどシロたちがいなかったら、そもそも村が危なかったわけだし!」
「確かに~。拠点を潰すのは何も悪いことじゃないしね~」
乾いた笑みが虚しくテント内に響く。そうだよ、普通、拠点を潰されたゴブリンはその土地から離れて散っていくはずで、今回がイレギュラーだから――イレギュラー?
「そっか、『統率者』! それがいるせいでこんな行動を取るんだったら、それを倒せば……!」
「なるほど~、群れが崩れるかもしれないね~」
オレたちの方針は決まった。頷き合って拳を合わせた傍らでは、タクトの健やかな寝息が聞こえていた。
段々と明るくなる周囲を見るともなしに眺め、時折思い出したように鍋をかきまぜていると、いつの間にか、隣に伸びをするしなやかな身体があった。
「うわぁ……こうして見るとなんつうか、気持ち悪」
身も蓋もない台詞だけど、オレも同意しつつあくびを零す。周囲をみっちりゴブリンに囲まれた、爽やかとは言い難い朝だ。
「で、お前は大丈夫なの? 目が半分だぜ」
「大丈夫……」
頑張ったな、と無造作に頭を撫でられ、年上ぶった仕草にムッとする。するはずなのに、人に触れられる安堵感にさらに眠気が……。
昨夜はモモがいないから、万が一オレが寝た後でシールドが解除されちゃったらと思うと碌に眠れなくて。いや、むしろ熟睡しないよう時折管狐部隊に起こしてもらっていた。
ゴブリンたちの視線がやたらとオレに突き刺さるのは、オレが夜中に色々と眠気覚ましをしていたせいだろうか。
「おはよう、ユータも眠れた~? 良い香りだね~、起き抜けに良さそう~」
うーん、と伸ばした拳は、随分と高い位置にある。このおたまを足しても、きっと届かない。
「おはよ! うん、寝るには寝てるんだけど、やっぱりふわふわする。あ……そうだ、朝ごはん! ねえタクト、こっちのお鍋は村の人たちに持って行ってくれる?」
村長さんに許可――というよりも遠慮するのを押しきってみんなの分のお粥を作っておいた。その代わり、村のダメになりそうな食材を頂いて。
「お前、夜中にこれ作ってたのか? ゴブリンの前で?」
「そうだけど?」
正確には、それ以外にも色々作っていたけれど。小首を傾げるオレをぽんぽんと叩き、なぜか、二人の同情的な視線がゴブリン側に注がれる。同情はオレにじゃないの?! 確かにオレは先にしっかり寝ていたんだけども!
手元のお鍋からは、ふんわりと優しく甘い香りが漂い、寝起きの胃袋を柔らかに刺激する。つまみ食いで満たされていたはずのオレでさえ、唾液が溢れてくるんだもの。確かに、空きっ腹で延々とお料理に付き合わされた方はたまったものじゃないだろう。でも、嫌なら他所へ行ってくれてよかったんだよ。
ふわあ、と大きなあくびをもうひとつ。これ、今日中にかたをつけないと、もしかして誰より何よりオレがもたないんじゃないだろうか。
「美味そう! 物足りねえけど美味そう!」
戻ってきたタクトが、簡易テーブルに並ぶ朝食を見て目を輝かせた。
物足りなくはないでしょう、これだけ並んでいるのに。
でん、と鍋で置かれたたっぷりのおかゆ、お塩強めの焼き魚、温野菜サラダ、和風オムレツ。まだ必要って言うなら、厚切りベーコンでも焼こうかな。オレは、おかゆだけで十分だけど。
寝不足でかえって敏感になっている感覚の中、抱えた椀はほの温かくて、握った木さじの手触りも優しく小さな手に馴染む。ふうっと湯気を追いやると、椀の中で柔らかく艶めく黄色が露になった。
「甘! なんだこれ、いつもの粥じゃねえな。でも美味い!」
タクトは千手観音みたいな様相で全ての皿へ手を走らせつつ、普段と違うおかゆに気付いたようだ。
「本当だ、甘くておいしい~! 僕これ好き~」
なんだかんだ、ラキも何食べても『これ好き』って言っている気がする。言わずもがな、タクトは何を食べても美味い、だしね。
「甘いでしょう? これ、とうもろこしとお芋のおかゆだよ」
離乳食みたいだな、なんて思ったけれど、案外美味しい。目にも優しい色合いが、香りが、そしてとろりと広がるほの甘さが、ささくれた心をきっと癒してくれるはず。
目を細め、小さくすくってよく冷ました粥を口へ運ぶ。かこんと歯に当たる木の感触が心地よく、粥は葛のように滑らかに広がった。
甘みの側に感じる塩気がますますとうもろこしとお芋を際立たせ、時折シャキリととうもろこしの粒が心地いい。
オレたちはひと時、ひしめき合うゴブリンのことなど忘れて穏やかな朝食を楽しんだのだった。
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