637 広がっていく晴れ間
「よし、じゃあ『希望の光』別働隊! 頼りにしてるからね、特別任務をお願いするよ!」
『オーケー、任されたわ』
『ぼく、頑張るね!』
『特別任務だからな、この忠介に任せな!』
張り切るブレーメンの音楽隊みたいな面々にくすりと笑い、想いを込めて順番に撫でた。
――必ずや、任務を果たして生還すると信じているの! 耳を立てぇ! 鼻を前へ! しっぽはふわふわ! よし、いい顔なの。さあ行くの!!
隊長直々の言葉に、アリスは畏まった顔できゅっと鳴いた。……まあ、いいんじゃないかな、それで気合いが入るなら。綿毛みたいなふわふわしっぽに、ほっこり感だけが急上昇だ。
「『希望の光』ってか、ユータ別働隊だろ?」
「改めてすごいよね~」
半ば呆れた視線を寄越しつつ、二人もモモたちを見送ってくれた。
さあ、これで向こうの村も最悪の事態は避けられるはず。状況だって、アリスがいればこちらへ伝えられる。オレたちはここで、できることをしよう。
3人で視線を合わせ、オレたちはそれぞれの顔で笑った。
「兄ちゃん、まだ若い……っつうか幼いのにすげえや。うまいモンだなあ」
「ふふ、ありがとう~。これでも、加工師だからね~? こういうことなら任せて~」
「加工師っつうのは、こんなサイズのモンでも加工できんだなあ」
向こうで人垣に囲まれているのは、言わずと知れた頼れるうちのリーダー、ラキだ。身長も高くなってきた彼は、年齢よりもずっと大人びた雰囲気も相まってか、オレやタクトみたいに侮られることがまずない。
……皆、感じるのかもしれないけれど。その柔らかな微笑みの下にある、冷酷に映るほどに鋭く強い意志を。本当に、執事さんじみてきた気がする。
ラキは、加工師の腕を活かして建物の補修を手伝っているところだ。
襲撃で傷んでしまい、安心して眠れない有様になっていた粗末な家屋が、再び人を守る最後の砦として蘇っていく。
『安心』が、蘇っていく。
家を見上げて笑みを浮かべる人たちの瞳には、再び光が灯っていた。
「すごいでしょう、うちのリーダーは。オレだけじゃないよね、規格外だよね!」
誰に言うでもなく、そう呟いて誇らしく口角を上げる。
成長に伴い魔力も着実に増えているラキだけど、それでもオレや執事さんみたいなわけにはいかない。ただし、加工の腕なら一流、こういうことに使う魔力調整は抜群に上手い。下手するとオレの万分の一の魔力で同じ事を成し遂げてしまうかも知れない。
『お前が魔力を無駄撃ちしすぎる』
……チャト、モモがいないからって代わりをしようとしなくていいんだよ?
「おらぁーー!!」
どこか楽しげな声には溌剌と力が満ちて、向こうの人だかりがわあっと沸いた。あまつさえ子どもたちのきゃあきゃあ言う声すら聞こえる。
どうして、そんなに盛り上がってるの……。おかしいな、タクトは瓦礫の片付けを手伝っているだけのはずなんだけど。
「よっしゃ、次ーっ!!」
雲を晴らすような声は、言うまでもなくタクトのもの。
「こっちこっちー! タクト兄ちゃん、こっちも!」
「なんつう力だよ、そんな成りで……。身体強化って、こんなにすげえのか?!」
惹かれるように人が集まって、まるで、見世物状態だ。
「手ぇ止めんなよー! 早く片付けて美味い飯食おうぜ!」
ここからは人垣で見えないけれど、タクトのお日様の笑みが目に浮かぶ。呆気にとられていた人たちの顔が、釣られたように一斉にこちらを向いた。
「チビちゃんたちに負けてんじゃないよー! あんたらも気張りなぁ!!」
オレの隣で、恰幅のいいおばちゃんが大声でお玉を振り上げた。ついてきた湯気がふわりと漂って広がると、そんなところまで香りがするはずもないのに、村人たちが鼻に全神経を集中したのが分かる。
こちらを向くたくさんの瞳が、期待に満ちてきらきら輝いていた。
「いっぱい作ってるからね! みんなで食べようね!」
おばちゃんの下でオレも手を振ると、お玉に向かっていた視線がオレの所まで下がった。そして、さらにオレの手元まで。なんだか、一斉に鳴った喉の音が聞こえた気がする。
「うおーっ! 腹減った!! 次どこだ、次ぃー!!」
走り出したタクトの位置は、響く子どもの笑い声が教えてくれる。我に返った人々が再び作業を開始するのを見て、オレの周囲からくすくす笑みが漏れた。
広場で炊き出し作業をするのは、ついさっきまでうずくまっていた人、表情を落として作業していた人たち。
「目の前ににんじんがありゃあ、馬もよく働くってね!」
おばちゃんが力強いウインクを決めて、オレも笑った。
炊き出しは、みんなで作るあり合わせのごった煮や雑炊だ。ありったけの大鍋を使って、ダメになりそうな村の食材と有り余るオレの不良在庫を足せば、なかなかのボリュームになったんじゃないかな。
浮き足立つように作業する村人たち、みんなのお腹をきっと満たせるだろう。
彼らが時折拭うのは、その頬に流れているのは、汗だろうか。
オレはかき混ぜる手を止めて、すうっと熱々の空気を吸い込んだ。
「いい匂いだね!」
にこっとおばちゃんを見上げると、さっきまで快活な笑みを浮かべていたはずのおばちゃんが、慌てて袖で顔を拭った。
「……本当だねえ! ありがとう、ね」
オレの頭を大切に撫でた分厚い手は、柔らかくて、とても優しかった。
「ああ、美味いな! 美味いって、こんな気持ちだったか?」
「そりゃあんた、生き返って食う飯の味だ。これが美味いってことだ」
まるでお祭り会場みたいな広場には、たくさんの声が溢れていた。シールドを張ってあると知っているから、その表情は柔らかい。
両手で支えた椀を口元に当てたまま、オレはみんなの顔を順番に眺めていた。当初交代制で食事を取ると村長さんは言っていたけれど、やっぱりこの方がいい。
食事の香りを閉じ込めるために、短時間でシールド内で終えよう、なんてラキが説得したのが功を奏したらしい。もちろん、シールドのことは魔道具と説明してある。驚かれるけれど、オレがシールドを担当していると言うよりマシだろう。
いっぱい、いっぱい感謝されて、さすがにきまり悪くって。依頼が終わってからにしてって村長さんから話してもらった。だって、まだオレたち本来の依頼をやっていないんだもの。
「――ユータ、大丈夫か?」
既に何杯もおかわりをすませたらしいタクトにそう言われ、首を傾げた。オレ、なにか大丈夫じゃないことをしたろうか? まだ、食べ過ぎるほどでもないし。
「たくさん魔力を使ったでしょ~? 休んでおいたら~?」
ラキもやってきて、目配せをしてみせる。そうか、普通は魔力切れでもおかしくない。しっかり休んでいる姿を見せておく方が良いよね! 魔力のない幼児なんて、ただのお荷物だ。村人の不安を煽りかねないもんね。
「うん! 分かった」
これも冒険者として成すべき事だ。椀に残ったスープをかき込んで、きりりと顔を引き締める。
「だけど、二人は? 疲れたでしょう?」
「僕もしばらく休むよ~」
「俺はいいぜ! お前がそばにいると、なんか楽になるしな」
それって、オレから漏れ出す生命の魔素を感じ取ってるんだろうか……さすがタクト。
「そっか。じゃあ、はい!」
それなら、と軽く両手を差し伸べると、タクトが条件反射のようにくるりと背中を向けた。
ぽん、とひと飛びにその背中へ飛び乗ってしっかりと身を寄せる。なるほど、こうして密かに回復も施せば、きっとタクトも元気になるという手はずなんだろう。
「……そこでいいのか。 まあ、この方が俺も動けていいか。ラキは知らねえぞ」
「全くご心配なく、僕はテントで休ませてもらうから~。まあ……ユータならそこでもしっかり休めるだろうしね~」
……こうじゃなかったらしい。
だけど、もういいか。やっぱりオレ、色々あって疲れていたみたいだし。
人のぬくもりと、しっかり支えられる安心感に、意識がみるみる溶け出していく。固い背中に遠慮無く身体をもたせかけ、その肩にほっぺをつぶした。
カロルス様みたいに大きくないもの、全然寝心地良くはないけれど、もう止まらない。
「これで大丈夫、だな。今寝ておけば、肝心な時に寝ちまうってことはねえよな」
「さあ~? このままずっと寝ているかもしれないけどね~」
二人の台詞と、そして周囲から漏れるたくさんのくすくす笑いは、既に寝息をたてていたオレには聞こえなかったのだった。
もふしら12巻、既にレビューや評価入れて下さっている方々ありがとうございます!!
どうだったかな~とそわそわです……楽しんで頂けますように!!






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