634 回復の祈り
「えっ、タクト? お前ら、トーナクス村へ行ったんじゃないのか?! リプリー、伝言だけって……」
リプリーに案内してもらっている途中、横合いから声がかかった。
そこでは既に汗みずくのコーディたちが、大人に混じって立派に瓦礫の片付けをしていた。武器を手放さないのは、きっと警戒もしているつもりなんだろう。
「おう、伝言だろ? ちゃんと伝えに行くぜ! だけど怪我人がいるなら、ウチの優秀な回復術師貸してやろうかと思ってな!」
得意満面のタクトに、はにかみつつオレだって満更でもない。だけど、続くコーディたちの台詞につんのめりそうになった。
「ま、まさか、タクトって回復術師だったのか?!」
「そんなわけねえよ?!」
期待を込めた視線に面食らい、タクトがのけ反って両手を振った。
そ、そう来るとは思わなかった。タクトと回復のイメージが結びつかなくて失念していたけど、王都にはガウロ様っていう世紀末な回復術師もいるんだった。
「え、でも……ユータは魔法使いで召喚士だろ?」
「あー、言われて見ればそうだよな、一人で欲張りすぎなんだよ。それなら俺が回復できる方がまだ現実的っつうか」
ちらとオレを見下ろす視線が、コーディたちのまさか、と言わんばかりの視線が、なぜか痛い。
現実的、とは……? これが現実ですけど?!
そうこう言ううちコーディたちと別れ、たくさんの人でごった返す建物に到着した。
集会等に使っていたらしい大きなスペースに怪我人が集められ、軽傷者が手当や世話を担っているようだ。若い男性が多いけど、冒険者稼業をしているだろう女性もいる。むっと漂う血と汗の臭いは、慣れていても気分の良くないものだ。
きょろきょろ視線を走らせたリプリーが、あ、と瞳に安堵を滲ませた。
「リプリー、ここへ来ちゃダメだって」
駆け寄ってきた若い男性が、しかめ面でリプリーを回れ右させる。左腕に巻かれた布きれには、真新しい赤が滲んでいた。
「おにい、回復できる人が来てくれたんだよ、診て貰おうよ!」
「回復術師が? もしかして、その子たちのこと?」
どうやらリプリーのお兄さんだろうか。薄々勘づいてはいたけれど、リプリー始め、コーディたちの家族も、きっとここにいるんだろう……強い子たちだ。
「そうだぜ! だけど俺ら次の村に行かなきゃいけねえから、ちょっとだけな!」
にっと笑ったタクトに、お兄さんがちらりとオレたちに視線を走らせて困った顔をする。その顔の意味は知っている、オレももう慣れたものだ。論より証拠が必要だものね。
「――はい。どう? 楽になったでしょう」
おもむろに彼の手を取り、なるべく基本に沿った形で回復魔法を施せば、その表情が驚きに変わった。
それを見て取って、タクトがここぞとばかりに前へ出る。
「ユータはA判定の回復術師だぜ! 状態の危ないヤツはどこだ? そいつらだけでも回復施しておけば安心だろ?」
暗に重傷者だけにしておけ、と目配せされて頷いた。
「A判定?! もし本当に回復できるなら、願ってもない! ただ、子どもに見せられる怪我の状態ではないんだが……」
躊躇うお兄さんへ、なんでもないように微笑んでみせる。
「オレ、ギルドで回復もしてるし、手足がちぎれてるくらいで泣いたりしないよ」
「う、いや、そこまでじゃないと、思う。20匹そこそこの普通のゴブリンだったからな」
それを聞いて少し驚いた。もちろん突然襲われたからってのはあるだろうけど、普通の人にとってゴブリン2、30匹はこれほどの脅威なんだな。
確かに、身体こそ小さいけれど、ゴブリンは割と力がある。大人の男性に比べれば弱いけど、少なくともオレより力は強いもの。
『お前より弱かったら、ただの赤子だ』
チャトに鼻で笑われ、むっとむくれた。赤ちゃんだって20人いたら、いたら……また違った脅威にはなるかもしれない。
「じゃ、俺は外手伝ってくる! 行こうぜ!」
着いてこようとするリプリーの手を取って、タクトがにっと笑った。
「え、でも……」
「そうしなさい、リプリーがいても何にもならないよ」
後ろ髪を引かれつつ、物理的に腕を引かれたリプリーが建物の外へと連れ出されていった。タクトって割とそういう所に気がつくのに、行動が雑だからなあ。そこをスマートにやるのがラキなのかもね。
『俺様分かった! じゃあ、そういう所に気付かない、のが主だ!』
……そんなことないですぅ!!
むっと頬を膨らませたオレに訝しげな顔をしつつ、お兄さんはオレを地下の階段へと案内したのだった。
「大丈夫かい? 薬も使ってるから、ちょっと辛いだろ」
地下室の扉を開くと、さっきよりも臭いが籠もって酷い有様だった。
薬草なのだろう、妙な青臭い刺激臭も混じって思わず顔をしかめると、傍らのお兄さんも顔を歪めつつそう気遣ってくれた。
「うん、だけど大丈夫」
「そうか……強いな」
思わぬ返しに目を瞬かせ、その哀しげな瞳に、つい先ほどオレが感じた思いが胸をよぎる。
「大丈夫、だよ」
オレは、まっすぐお兄さんの瞳を見上げ、ふわっと笑みを浮かべた。
今、オレが強くあることだけを見て。だって、それ以外を知らないでしょう?
一瞬、たじろぐようにのど仏を上下させたお兄さんをじっと見上げ、もう一度にこりとして踵を返す。
オレは薄暗い地下室へ、荒い息づかいとうめき声の響くその中へと足を踏み入れた。
お世話の人はお兄さんと交代して出ていったので、地下室にはオレたちと重傷者のみ。ただ、ここに隔離された重傷者は数名だ。A判定の回復術師、という触れ込みなら、全員回復させてもいいだろう。
レーダーで視る限り、一刻一秒を争う状態の人はいないから、まずは手近な人からとしゃがみ込んだ。
熱が出ているんだろう、その人は浅く早い呼吸を繰り返しながら、閉じていた目をわずかに開いてオレを見た。
「もう大丈夫だよ、回復するからね」
にこっと微笑んで小さな手を怪我人の頬に添えると、思った通りびっくりするような熱さを感じる。オレの手が心地良かったんだろうか、その人は虚ろな瞳をうっすら緩めてオレを見つめていた。
慌ててついてきたお兄さんが、オレの触れた人を見て息を呑む。……ゴブリンは、人を食べる生き物だ。噛み跡、と言うにはあまりにむごい。オレは傷よりもただその人を見て、回復の魔法を施した。
これは、『キュア』なんだろうな。この世界の人よりは、人体の構造や治療法も知っているだろうし。だけど、元々人を治療する術なんて無かったオレは、キュアよりもケアの要領で魔法を使っているのかもしれない。
――よくなりますように。つらさが、とれますように。健康な身体へもどりますように。
チル爺が以前言っていた『お守り』に込める真摯な想い。祈りの魔法、それと似ているかもしれない。
柔らかな光が重傷者を包み込み、濁っていた瞳が徐々に光を帯びて戸惑いに揺れ始める。
「……どう? まだ少しお熱もあるし、治りきっていないからお大事にね」
敢えて、完治まではしない程度に回復を抑えて微笑むと、見上げる瞳がみるみる潤んで静かに地面を濡らしていった。まさか、泣かれると思わなかったオレは大慌てで点滴魔法を施して眠りへと誘う。
辛かったんだろうな。
安らかな寝顔にオレの方が心底安堵して、涙が出そう。これは前言撤回、もしくは修正が必要だろうか。
ええと『オレ、泣くかもしれないけど、怖がったりはしないから』かな?
……うーん、『泣く』というワードのインパクトが強い。別に、泣いたって行動に制限はかからないから気にしないでほしいのだけど。
こっそり頬を拭ってみたけれど、大丈夫、まだ溢れてはいない。
さあ、次! その場から動かなくなったお兄さんを置いて、オレは残る数名の元へ走った。
――入り口付近から始めて部屋の端までたどり着き、ふう、と息を吐いて顔を上げた。生命魔法が効率悪いとはいえ、魔力にはまだ余裕がある。だけど、どうしても回復魔法は疲れる。直接生命に関わるから、コントロールが微妙なんだろうか。
部屋に漂い始めていた死の気配は消え去り、薄暗い空間には規則正しい呼吸の音が響いていた。
ああ、安心する。生き物が、心地良く眠る音。
オレは、誰にともなくふわりと会心の笑みを浮かべた。
「うん、あとは部屋に洗浄魔法もかけておけば、感染症も大丈夫だよね」
呪文さえ唱えなければオレが何かしたってバレまいと、両手を広げてくるりと回った。途端、淀みに淀んだ空気がすうっと軽くなって呼吸が楽になる。
あんなばっちいゴブリンだもの、噛まれでもすれば毒があるのと同じ事だ。あとは軽傷の人もしっかり傷を洗ってもらえばいいかな。薬草や回復薬がある世界だから、そんな心配は無用なのかもしれないけれど。
――良かった、間に合って。
うっすらと漂う疲労感すら心地良く、ホッと息を吐いた時、その言葉の意味するところに気がついた。
「行かなきゃ! リプリーのお兄さん、ありがとう!」
素早く手を振って階段を駆け上がる。回復を始めてからというもの、彫像と化していたお兄さんは、『へ?』とようやく間抜けな声をあげたのだった。
キュアは「治療」ですが、ケアは何でしょうね、癒し? 手当て? 翻訳機にかけると「心遣い」になりました。そんな感じです。
*8月になりました!もふしら12巻、10日に発売です……!!どうぞお楽しみいただけますように!






https://books.tugikuru.jp/20190709-03342/