631 そこは安心して大丈夫
「魚じゃない……だと?!」
「美味しいわ! 何かしら、この弾力……初めての食感ね」
「得体の知れない感触だけど、とりあえず美味しいからそれでいいかな!」
あの、タコについてまだ説明してないけど。
唐揚げと見るや食いついた3人は、一様に驚きの表情を浮かべつつ、その手も口も休めない。オレとしては構わないけど、タコがどういったものか聞かなくて良かったんだろうか。
困惑を浮かべてジフを見上げると、いい食べっぷりにうんうん頷いていた彼がグッと親指を立てて歯を見せた。
「いいじゃねえか、美味かったんなら!」
……そうだけど、後で気分悪くなったりは――しないだろうな。
じゃあいいか。
気を取り直して、貪る3人へ試食の大事な部分を説明しておく。
「それね、色んな下処理とかスパイスがあるから、どれが美味しいか教えてほしいんだ!」
オレの顎には細かく叩いたものの方が合っていたけれど、ここの人たちはとにかく頑丈な顎をお持ちだもの、ぶつ切りそのままの方が好きだったりするのかもしれない。
「とりあえず美味いぞ! なんか知らんが柔いのと固いのがあるような気もするな! 味は……どれも美味い!」
「そうねえ、甲乙付けがたいわぁ~! 本当にどれも美味しいのよ。ええと、私はこの歯ごたえのある方が好きかしら。味付けは茶色っぽいのが気に入ったわ!」
「どれが何だかなんて分かんないよ! 美味しいってことだけは分かるよ!」
ある程度予想の範囲内とは言え、エリーシャ様しかまともな意見が返ってこない。エリーシャ様ってお料理は破壊的にダメだけど、舌の方はちゃんと肥えているよね。
全然役に立っていないけど、気に入ってもらったんならタコも報われるってものだ。少なくとも、未知の味への挑戦というもうひとつの試食の名目は果たせたわけだし。
オレは小さなひとつを口に入れ、独特の弾力を噛みしめたのだった。
「た〜だいまぁ〜!」
「「お〜かえりぃ〜!」」
タクト並にばぁんと扉を開けて部屋へ飛び込むと、二人が当たり前のように返事をくれた。
「うわぁ、なんだかすごく久しぶりな気がする!」
「実際、久しぶりじゃねえ? だって俺ら結構ずーっと一緒にいるんだからな!」
ぽん、と飛び込んだオレを難なく受け止め、タクトが思い切り破顔した。ほんの一瞬、強いハグをもらってパッと身体が離される。間近く覗き込んだ瞳がきらきらしていて、くすぐったくなった。
「よしっ! やっぱ3人いないとな! 明日は3人で依頼受けるぜー!」
ガッツポーズを作ったタクトが、ベッドの上で派手に飛び跳ねる。いいな、とそこへ参加しようとしたところで、伸びてきた手がするりと頭を撫でた。ふに、とついでにほっぺを揉んで、今度はラキの瞳がオレを覗き込む。
「……うん、大丈夫だったみたいだね~」
探るような鋭い瞳が、穏やかな光を帯びて緩んだ。
な、何かあったらこれで分かっちゃうの?! 何もなくて良かった!
恐れおののくオレを気にするでもなく、ラキはいつものように微笑んでみせる。
「それで、魔族の国はどうだった~? さあ、まだ夜は長いよ~?」
よいしょ、とオレを持ち上げてベッドへ座らせ、ラキが隣に腰掛けた。
「だな! なんか面白いことあったか?」
タクトが飛び上がった勢いのまま逆隣に尻を落としたせいで、オレの身体が跳ね上がる。
ああ、話したい。言いたいことが、オレの中でいっぱいに膨らんで破裂しそう。
今、きっとオレの目からもお話があふれ出しているだろう。だから二人の瞳も既に楽しげなんだと思う。
「あったよ! あのね、面白いことも美味しいこともいっぱいあったよ! 二人は――」
どすっと着地して、距離を詰めた二人へ満面の笑みを浮かべた。
オレも思う。二人は王都でどんなことをしていたんだろう。何があったんだろう。
ああ、聞きたい。今すぐ二人だけ知っているお話を教えて欲しい。オレもちゃんと仲間に入れて欲しい。
話したくて、聞きたくて、あわあわと狼狽えた。どちらも優先度が高すぎて、どうしたらいいか分からない。
「僕、聞く態勢になっちゃったよ~? だから、聞かせてくれる~?」
「絶対お前の話の方が面白いからな! 早く聞かせろよ」
零れるように笑った二人に安堵して、ぱっと笑みが咲いた。
「じゃあ、オレからいくよ? 順番、だからね?」
二人の頷きを確認して、オレは長いお話を始める。
「魔族の国へはね、アッゼさんの転移で行ったんだよ。着いたのは小さな塔でね――」
魔族の国で経験した全部が二人にも伝わるように。オレにも二人の経験全部を伝えてもらえるように。
3人でひとつのベッドを占領して、夜通しお話しよう。夜は長いけれど、果たしてお話は終わるだろうか。もしかして、お話したらタコの唐揚げを食べるって言うんじゃないだろうか。だったら、きっとタコまでお話が到達する頃にはきっと朝だね。明日は朝からタコの唐揚げかな? ああしまった、その前にウーバルセットとカレーが来るんだった。
「それで、ミラゼア様の館で――ふふふっ!」
さて、明日の朝食に選ばれるのは一体どれなんだろう。つい、そんなことを考えて笑ってしまい、二人が不服顔をした。
「ずるいぞ、お前だけ楽しんで! 早く話せって!」
「僕も早く聞きたいんだけど~!」
「ち、違……わないかな? 待って待って、だってまだ到着したばっかりなんだから!」
両側から物理的につつかれて、きゃあきゃあ言いつつベッドへ転げた。オレに倣って二人も横になり、楽しいお話はますます楽しくなった。
「ふうん? でもスパイス、って言われてもよく分かんねえ! な、明日の朝それ使ってなんか作ってくれよ!」
「へえ、建物からしてこっちと違いがあるんだね~! むしろ他はそんなに変わらないんだ~? で、魔道具はどんなのがあったの~?!」
順序よく最終日まで一気に行こうと思ったのに、初っ端から二人が食いついて話が膨らんでいく。
ねえ、これじゃあすぐに朝になっちゃうと思うよ? 明日は討伐って言っていたのに、いいんだろうか。シロ車に乗っていけば、道中で睡眠を取ることはできるけれど。
だけど、二人は顔を見合わせて笑った。
「それは大丈夫だろ」
「うん、ユータは安心して話すといいよ~」
オレは小首を傾げつつ、欲求のままにお話を続けるのだった。
「あっ――ごめん、ちょっとウトウトしかけちゃった! それでね、えーとどこまで……あれ?」
閉じてしまった目を慌てて開けて、話の続きを口にしようとして目を瞬いた。
「おはよう~。長いウトウトだったね~」
「まだ2日目の夜までしか来てねえぞ! ま、寝起きは今までにないくらい良いじゃねえか」
オレは、きれいに掛けられているお布団をめくって身体を起こした。
「……どういうこと?」
眉をひそめて二人を交互に見つめ、窓の外に視線をやった。
「どうもこうもねえよ! いつも通りだっての!」
「その顔~!! あはは、朝から笑わせてくれるよね~」
納得いかないオレは、大爆笑する二人に腹を立てつつ、すっかり明るくなった室内を見回したのだった。
もふしらの閑話・小話集の方に、書籍版外伝で書いたカロルス様たち大人組の若かりし頃のお話を書きました~! 好評にて11巻・12巻続けて掲載して頂いた記念です!
11巻と12巻の間の時期のお話ですが、Web版のみの方も楽しんで頂けるよう書いたつもりです!
ちょっと雰囲気の違うお話をどうぞ!






https://books.tugikuru.jp/20190709-03342/