627 沖合にて
ロクサレンのお部屋に転移しようと思ったものの、ひとまず身体を乾かさないとお部屋が水浸しだ。
それに、これはどうしようかな……。
思案しつつひとまずロクサレンのお庭へ転移して、びしょ濡れの全身を乾かした。
「ただいま!」
正面扉から出入りするのって案外新鮮かもしれない。普段転移か窓から抜け出すことが多かったから。
「おかえりなさいませっ!」
さっそくザザッと滑りこんできたマリーさんからの抱擁を受け、続いて駆け込んできたエリーシャ様の腕に受け渡される。
「ユータちゃん~無事で良かったわ! やっと会えたのよ~!」
やっと、とは。オレ、つい先日も戻って来ていたけど。
まるで何年も離れていたかのような感動の再会を終え、後ろの3人にも順番に飛びついた。
「楽しまれたようで、何よりです」
「ユータが扉から帰ってくるなんて、珍しいね」
みんなひとりひとり、ぎゅっとしてただいまをする。だって帰ってきたっていう儀式だもの。
「どうせ上から降ってくるだろうと思ったのにな」
そんなことを言うから、オレはふわっと光に包まれた。
「――ただいまっ!」
お望み通り、カロルス様の真上に転移してみせる。きっと構えているだろうから難易度を上げて、結構な高さからの落下だ。
「危ねえっつうの! ……おかえり」
危なげなくキャッチしておいて、そんなことを言う。
耳元で聞く低い声、固い腕。
全然久しぶりじゃない。だけど、なんだか長い旅から帰ってきたような気がした。
「ところでお前、なんか臭くねえか?」
「あ、僕も思った!」
目を閉じて感じ入っていたのに、デリカシーの欠片もない台詞でスンスンと嗅がれた。く、くさいって言わないでよ!
「ユータ様、海で遊んでいらしたのですか? 磯の香りがしましたね」
ほら、執事さんならこんな上手に言える。
「まあ、ユータちゃんの香りを吸い込むのに精一杯で気付かなかったわ!」
「マリーもです。ユータ様の香りは海よりも強いですから」
……それはそれで。ちょっと違うような。
「うん、そう! 海で遊んでたよ! あ、それでね……」
ちょっと言い淀んでもじもじしていると、頭の上からため息が降ってきた。
「……で、今度は何をやらかしたんだ?」
オレはちゃぷ、ちゃぷと鳴る音を聞きながら、名残惜しくふやけた指を眺めた。
「そろそろ帰らなきゃいけないよね……」
もう少し遊びたかったけれど、仕方ない。
海は楽しかったのだけれど、ひとつ問題があった。
『主、俺様帰るー! 早く俺様を大地へ返して!!』
『おやぶ、らいじょうぶよ、こわくないのよ』
短剣の中では、どうやらアゲハがチュー助をなだめているようだ。
『沖合の魔物って大きいのねえ』
「うん、ナギさんも海の魔物は大きいって言ってたもんね」
以前海人の国でナギさんが追い払った魔物に比べたら、むしろ小さいくらい。だけど、いずれもオレたちをぱっくりひとのみできるくらいの大きさはある。
そう。楽しく遊んでいると、案の定と言うべきか、魔物が寄ってきてしまった。シロがいるので雑魚は来ないんだけど、その代わりあんまり雑魚じゃないのが来る。
いくらフェンリルでも水の中なら、と思うんだろうか、それともお魚だからさほど何も考えていないんだろうか。シロが気配を強めてもやって来てしまうので、渋々水遊びは断念するに至った。
「あ、また来たかも!!」
『任せなさい! お魚にシールドを破られたら亀が廃るってものよ!!』
そういうもの? モモの気合いに首を傾げつつ、迫り来る大きな気配に身構えた。
『来るよ、来るよ~! わあ~大きい、大きいね! どきどきするね!』
場違いに弾むシロの声を合図に、ぎゅうっと濡れた毛並みに抱きついた。
途端、どうっ! と水のかたまりに突き上げられるように、オレたちごと水面が高く盛り上がった。
『わあ~~い!』
『ぎゃああーーー死ぬ、死んじゃう、俺様今度こそ死んじゃう、かわいいかわいい俺様のお耳が、しっぽが食べられちゃう! かみさまお魚さま、どうかアゲハだけは食べないでやって――』
高く空へ突き上げられながら、シロの歓声と、チュー助のひたすら長い悲鳴が響き渡る。
浮遊なのか落下なのか判然としない中、水しぶきと泡で白く覆われたシールドが陰った。同時にガツンと衝撃が走る。
「いいよ! チャト!」
オレは再度の衝撃に備えてしっかり目を閉じて冷たい被毛に身体を寄せた。
バリリッ!
ひとり優雅に空中を飛んでいるチャトが、出力を上げたバリバリの爪を突き立てれば一丁上がり。そう言えば電気ショックでお魚を取る方法もあったような。ラピスがやると真っ黒焦げになるのが目に見えているけれど、チャトのバリバリならちょうどいいらしい。ただ、オレたちも感電するからシールドは必須だ。感電したお魚は気絶しているだけかもしれないので、改めてアイスアローを使った脳天締めを施しておく。
「また釣れたねえ」
オレたちを丸ごとくわえ込んだのは、カサゴっぽい魚だったらしい……3トントラックくらいの大きさがあるけれど。
刺々しい背びれには毒があったりしないだろうか。だけど美味しそうだし、解毒できるからいいか!
「……って言ってるそばから来てるかも」
獲ったお魚はすぐに収納に入れているのだけど、やっぱり締めたときに匂いが広がっちゃうらしく、この釣りはエンドレスに続きそう。
だけどチュー助が短剣の中で泡を吹きそうなのでそろそろ本当に帰らなきゃ。アゲハだって怖がってるだろうし。
『おやぶ! おさかな、おっきいのよ! いっぱいたべらえるのよ!』
……うん。アゲハは大丈夫そうだね。
オレたちは次でおしまい、と決めて沖合フィッシング(?)に勤しんだのだった。
「――ということがあって……。お魚がいっぱい獲れたからジフに見て貰おうと思って」
やらかしてない! お魚を獲っただけです。その目をやめて!
冒険者になって、そしてランクを上げて本当に良かった。一般幼児のままだったら、また怒られるところだ。
ずっと前にクラウドフィッシュを釣って怒られたことを思いだして、オレは乾いた笑みを浮かべたのだった。
「えーと、お庭なら……なんとかなるかな」
ひとまずジフを呼んで、訓練に使っている広いスペースへやって来た。もちろん、他の料理人さんたちも一緒に。ちなみに、またやんやと言われそうでついてきてほしくなかったのに、カロルス様たちまで見物に来ている。
「本当に魚だろうな? 魔物ばっか獲ってきたんじゃねえだろうな?」
さっそく捌く気満々のジフが巨大な包丁……ううん、どう見ても剣――を片手に胡乱げな視線を寄越した。
「そんなの知らないよ! だけど、魔物でも魚でも美味しそうなのを獲ってきたよ!」
だから、どっちでもいいんじゃないだろうか。
「美味そうってお前、なんで知りもしねえのに美味そうに見えるんだ」
それはその、前世的知識の賜だろうか。確かにこっちの世界で同じように食べられるとは限らないのだけど。
「とりあえず、このまま出すと汚れちゃうから、こうして――ラピス!」
「きゅっ!」
広々としたスペースを30㎝ほどの土壁で囲むと、心得たラピスがどばっと大量のお水で満たした。地面は土のままだから、このまま放っておいたら染みこんじゃう。
「せーのっ! アイスバーン!!」
よいしょぉ! 気合いと共に、一気に凍らせ、さらに追加で魔力を流して温度を下げた。表面をなるべく平らに、そして芯までガッチリ凍らせるのは割と大変。だけど、下手にラピス任せにして庭が氷結しても困る。
「よっしゃ、いいじゃねえか! さあ出せ!」
嬉々として腕まくりしたジフに気を良くし、まずは1匹目っ!
「でけえ!!」
これは食べられるでしょう。なんたって、見た目が普通。トゲトゲもしていないし、派手な色でもない、ただでっかいだけのアジっぽいお魚だ。
「野郎ども! ぼさっと突っ立ってんじゃねえぞ!!」
ジフの怒号で、固まっていた料理人さんたちが動き出した。彼らの機敏な動きからして、きっと美味しく頂けるお魚だ。
「……僕、どこから突っ込めばいいか分からないよ……久々にやらかしてくれるね」
「すごいわユータちゃん! 水中でも海人並みの戦闘能力ね?! ああ、きっと海人のユータちゃんでもすごく可愛いに違いないわ! 鱗は何色かしら? 」
「このくらいだと、Bランクでもキツいな。はっは、お前そろそろAランクか?」
「さすがはユータ様です! 沖合での戦闘はお魚さんがどんどんやって来て難しいのです。……マリーはユータ様の鱗は虹色だと思います!!」
「この氷……これだけの量をここまで……凄まじいですね。さて、村人に見つからねばいいのですが」
……だから嫌だったの! わいわいと盛り上がる(?)ギャラリーの声が聞こえないよう、オレもそそくさと解体に加わったのだった。
どうやらまた「好きラノ」投票始まってるみたいですよ~!
もふしらは10巻と11巻が対象みたいです! よろしければぜひ~!!
活動報告に書きましたが、特典SSと表紙ブロマイド、ローソンさんでもプリントできるようになりました!! 各SSのあらすじも改めて載せてますのでお好きなものがあればぜひ!
ファミマさんとセブンさんでも引き続きプリントできます!






https://books.tugikuru.jp/20190709-03342/