620 てっぺん
「――あら? ユータちゃんまだここにいたのね。ベルが鳴ったでしょう、もうお昼よ? 」
通りがかったミラゼア様が、オレたちを認めて目を丸くした。
「え、全然気付きませんでした。すっかり話に夢中になってしまって」
イリオンが照れくさそうにそう言って手を差し出した。大人しくそれを取ってふらりと立ち上がると、ミラゼア様が微笑んでくれる。
「しっかりお話できたみたいで良かったわ。今後は中々気軽に会えないでしょうし、お話できる時にしておくのよ」
「そうですね! ええ、時間は有限ですから。なかなか有意義な時が過ごせました。午後からは魔道具の可能性と限界について、俺の見解と君たちの国での相違を――」
「あの、イリオン? あなたに言ったんじゃないのよ?」
頭の痛そうな顔をして、ミラゼア様がストップ、と手の平をイリオンへ向けた。
「あれ、そうでした? でも、俺としても他国の話を聞ける機会というのは大変貴重で――」
「そうね、ストップ! で、ユータちゃんは? 聞きたいことは聞けたのかしら?」
ミラゼア様は、半べそをかいたオレを見て全てを察してくれたらしい。
「……わかったわ。二人きりにした私が悪かったわよ。午後からはちゃんとお話できるようにするからね」
オレにとってその微笑みは、慈愛の聖母もかくやという神々しさに見えたのだった。
「テーマは魔石の消却について。その方法、実践、対価相談、以上を1時間でまとめよ……なんて、なかなか手厳しいよね。何と言うか、商談みたいな内容だと思わない?」
そうだね! 商談でいいと思うよ! もう、余計なことは聞くまい。必要なことだけやって、説明は後回しでいいと学んだ。
「あのっ、はいこれ! 魔石はいっぱいあるんだけど、その消却? をやってほしいんだ」
もう失礼がどうとか言ってられない。とりあえず現物が目の前にあれば脱線はすまい。大小様々な魔石を両手いっぱい取り出して、テーブルに置いた。
「うわぁ、君すごいね! どうしてこんなに持ってるの? 僕、買いすぎるからって制限されていてね、自由に買わせてもらえなくってさ」
目を輝かせたイリオンが、さっそく小さな魔石を手に取った。
「消却加工しちゃっていいの? それって魔石を空っぽにすることで、つまりエネルギーが捨てられちゃうってことなんだけど」
「そうなの? 捨てちゃうの?」
そう聞くとなんだか勿体ない気がする。捨てなくても、例えば魔力保管庫みたいに別の場所に保管できないんだろうか。
「捨てちゃうんだよーそれが。勿体ないよね、昔からなんとかできないかって考えられてはいるんだけど、うまくいかないみたいでね」
やってみせるよ、とオレに視線をやって、手の平に乗せた魔石の上へ手をかざした。
オレは魔力の光が見えるよう、しっかり目を凝らして見つめる。詠唱らしき文言をぶつぶつと呟きながら、イリオンの手の平に魔力が集まって――。
「……宿りた力は空へ、地へ、空虚なる器のために――『消却』」
ぱしゅ、と音さえ鳴った気がする。これが、消却? 消すと言うよりも、そう、その詠唱のように。
イリオンの手から放たれた魔力が魔石にぶち当たり、中に渦巻いていた魔力を弾き飛ばしたように見えた。そしてイリオンの魔力共々、魔石に残ることなく霧散していく。
「本当に興味あるんだね、地味だし、あんまり面白いものでもないけど」
くすりと笑った声に、オレは真剣に見開いていた目を瞬いた。
「そう? すごく面白いと思うけどなあ」
手渡された空の魔石を受け取ると、なんだか軽くなったような気がする。多分、重さは変わらないけれど、存在が軽くなったような、不思議な感じだ。
「消却加工したら、魔法が込められるようになるんだよ。だけど、それが中々難しくてね、僕は10回やって1回成功すればいい方だよ。消却は、魔石の大きささえ実力に応じたものなら、まず失敗しないんだけど」
「そうなの? 成功したらどうなるの?」
単に魔石に魔法を込めるって、難しくはなかった。だけど、それは魔道具や付与に使えるようなものじゃない。オレだってライトの魔法とか込めたことがあるけれど、その魔石自体に魔法が発動する、という感じだった。
「安定する。見た目は色が変わることもあるし、何も変化しない場合もあるけど、溢れずにきちんと内包された状態になっていれば成功だよ」
なるほど! じゃあ、魔石に魔法を込めて光が漏れていたり熱を発していたり、っていう状態は失敗している状態だったんだ。
「消却の魔法は、オレにはできないかな?」
「どうだろうね、難しくはないけど、魔法の相性とコツがあるから。あと、魔石が無駄になるから、あんまり練習できないんだよね」
魔石が多少無駄になっても構わない。これを覚えることができれば、ラキの道具作りに一役も二役も買えるんじゃないだろうか。
魔石を手の平に乗せ、片手をかざす。詠唱は、きっと必要ないから、ひたすらにイメージをしっかりと。
オレの魔力でぱしゅんと魔石の中身を追い出す感じ。
ぐっと集中して魔石を見つめると、フッと息を吐いて魔力をぶつけた。
「「うわっ?!」」
パン、と鋭い音と共に手の平に軽い痛みが走り、オレとイリオンの驚いた声が重なる。
「ええ~君、何したの? どうしてこんなことに?」
「オレも分かんないよ……」
途方にくれた手の平の上には、粉みじんになった魔石の欠片。消却、難しくないって言ったのに……。
『魔力が多すぎるんじゃないかしら?』
飛散した魔石の欠片を、モモが弾みながら回収してくれている。多すぎるか……あとは、勢いが強すぎるのかな?
「消却がやりたいんだったら、詠唱を覚えなきゃいけないよ? ちょっと待ってて、どこかに初級編の本があったはずだから」
詠唱を覚える気はさらさらなかったけど、本は読んでみたい。イリオンが席を立ったのをこれ幸いと、オレは再び小さな魔石を手の平に乗せた。
「少しずつ、ゆっくりやってみるね」
じわじわと、少しずつ押し出すように。おしくらまんじゅうみたいに、ところてんみたいに。
「う、うーん……??」
『どうだ、主、できたのか?』
わくわくと瞳を輝かせるチュー助に、澄み切った透明の魔石を転がしてみせる。さっきまでもう少し淀んだ黄色っぽい色だったのに。
「でき……てない」
これ、生命の魔石になっちゃってる。オレの生命の魔力を内包して、少し不思議な感じだ。オレが無から作った生命の魔石よりも、もう少し……粗雑? 有り体に言えば多少質の悪い生命の魔石、といった感じだ。
消却加工、全然簡単じゃないよ! イリオンの消却は、もっと簡単そうだった。例えるなら、ふっとろうそくの火を消すようにやっていたのに。吹き消すようにやれば木っ端微塵になり、そうっとやれば生命の魔力が込められてしまう。
『主の魔力が大きすぎて、ひと吹きがドラゴンブレスみたいになってるとか!』
『確かに、ドラゴンがろうそくを消すのは難しそうだ』
チュー助とチャトの台詞に、なぜか蘇芳がプスーっと吹き出して震えている。
オレ、そんなに魔力のコントロール下手かなあ。だけど、普通に消却加工するには向いていないらしいというのは分かった。
「だけど、要は魔石の中の魔力がなくなればいいんでしょう?」
なら、これはどうだろう。
もう一つ魔石を手に取り、片手を被せた。魔石に内包されている魔力は、エネルギーとして使うくらいだもの、魔素に限りなく近いものだろう。きっと、魔物や人に対してやるようなリスクはないはずだ。
こんな小さな魔石なら、ストローでちゅっと吸ったくらいだ。
なるべくゆっくりと、深呼吸と共に魔法を発動する。
すうっと、いとも簡単に魔力が移動してくる。手の平を通じて、オレの中へと。
うん、大丈夫。もっと大きな魔石だと分からないけど、このくらいなら問題ない。ほんの一瞬、トクトクッと鼓動が早くなり、オレの身体をわずかな衝動が駆け巡って……ふわりと溶けて消えた。霧散したそれは『渇望』と言えるものだったろうか。
「……ゴブリンの、魔石だったかな?」
なぜって言えないけれど、そんな気がする。オレが受け取ったエネルギーは、身体を巡っていずれ魔素となって世界に戻るだろうか。
それって、オレが食べちゃったみたいだね。だったらオレ、世界中のどんな魔物だって食べられるのかもしれない。
――じゃあ、ユータがてっぺんなの! 『もくもくれんさ』のてっぺんなの!
ラピスが嬉しげにくるくる回った。いかにも食べてそうな雰囲気には違いないけど、きっと食物連鎖のことだろう。
「ふふ、それならてっぺんだって誰かに食べられるんだよ」
だって連鎖するものだもの。
ほんの一瞬だったけれど、ゴブリンの『生』に触れた気がして、感傷みたいなものが胸の内にある。
その幕引きをしたのは、オレなんだなと思う。
「……ごちそうさまでした」
オレは閉じた目を開け、空になった魔石を見つめてにっこり笑った。
父の日閑話更新してます~
ユータver. とカロルスver. の2話、あとカクヨムさんの方ではサポーター限定分の続きを1話。






https://books.tugikuru.jp/20190709-03342/