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もふもふを知らなかったら人生の半分は無駄にしていた【Web版】  作者: ひつじのはね


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616 お出かけは終わらない


オレは現在、涙目で震えている。

こわい。

見たことないような貼り付けた笑みで、ゆっくりじっくり、嬲るように。

「――分かりましたぁ?」

浮かべた青筋が見えるような気がするのに、なんで笑ってるの。なんで敬語なの。

締めくくられた煽るような口調に、コクコクと一生懸命頷いた。

「へ~え? なにが分かりましたかぁ?」

終わりじゃなかった! きゅうぅ、とシロやラピスみたいに鼻を鳴らしたい気分だ。オレにあんな耳があったなら、完全ぺったんこのアザラシ状態になっていることだろう。


それから何度もごめんなさいして、反省を口にして、ようやく解放された頃には心身の疲労で魂が抜けそう、いや8割ぐらいは抜けていたと思う。だって、森から館まで帰っている記憶がないもの。

『寝てたからだ』

窓辺でしっぽを揺らしていたチャトが、ごく端的にそう言った。朝日を背に、その視線は非常に小馬鹿にされているような気がする。すごくする。

『らいじょぶよ、あうじ。あえはもね、おこやえたら、ねんねするのよ』

『アゲハはお利口だから、怒られることなんてほとんどないけどな!』

……アゲハは、最近とてもしっかりしてきたよね。優しい慰めに、むしろ涙が零れそう。

そうですか、オレ、寝てましたか。怒られて即寝して、怒った人に連れて帰ってもらいましたか。


まぶたが腫れぼったい。泣いていたつもりはないのに、どうして? 

……もしかして、眠ってから泣いてやしないだろうか。まさか、見られてないだろうか。

情けなくて、それこそ泣いてしまいそう。

小さく膝を抱えて座り、頭から布団を被ると、少し安心する。

怒られたことが尾を引き、少しばかり心がナイーブのようだ。

「カロルス様……」

つい、口から零れたけれど、会いに行ったりしない。これで会いに行っちゃうのは、ダメだと思う。


ふうーっと胸いっぱいに溜めた息を吐き出して、小さなクッキーを口へ放り込む。

オレの機嫌をとるのなんて、簡単簡単。口の中のクッキーがしっかり唾液と混ざってスムーズに喉を通る頃には、しょぼくれた気持ちに『おいしい』が混ざり始めていた。

「アッゼさん、まだ怒ってるかなあ」

にこ、と微笑んで心配そうな顔をしたラピスを撫で、呟いた。

『怒ってないわよ。そもそも、最初から怒ってないわよ』

モモがくすっと笑って頭の上で弾んだ。


『主! 俺様起きてたから再現してやるぜ! 見てな!』

チュー助がアゲハを抱え、得意満面で手を振った。再現って、何を? 首を傾げつつ、いつも通りチュー助の突飛な行動を見守った。

アゲハを抱えてベッドの上を歩いてきたチュー助は、妙にきりりとした顔をしている。そのままぽふぽふと枕までやってきて腕の中を覗き込み、はあ、とため息ひとつ。

そして枕にそっとアゲハを横たえ、タオルをかけた。どうやら寝かしつけたんだろうか。

なぜかそこでフッとニヒルな笑みを浮かべ、わしゃわしゃとアゲハの頭を撫でた。


段々、オレの頬が熱くなってくる。

言われなくても分かる。これ、昨夜のオレとアッゼさんってことでしょう。

は、恥ずかしい! アッゼさんにこんなお兄ちゃんみたいなことされてたなんて!

随分優しい笑みは、演技ではなくチュー助のアゲハへの視線だ。そのまま『おやすみ』と耳元で囁くと、アゲハがくすぐったそうにくすくすっと笑う。そして、ちゅっとおでこに――

「チュー助、アッゼさんそれはしないよ……」

『そうだっけ? 俺様はいつもするのに?』

そう言っておでこに頬に、所構わずちゅっちゅとやれば、アゲハがぴかぴかのほっぺで『んふふぅ』と照れくさそうに、満足そうに笑った。


途中からチュー助とアゲハの『おやすみ』になったけれど、何にせよ、アッゼさんはやっぱり大人なんだな。怒ったからといって乱暴にしたり、酷いことはしない。

「あ……。ごめんなさいは言ったけど、オレまだありがとうは言ってない」

ハッと気付いてうろたえる。これは由々しき事態だ、ごめんなさいで終わるお出かけなんて、ちっとも楽しかったことにならないじゃないか。

「オレ、楽しかったんだからね!」

ごめんなさいはもういっぱい言ったからいいね! 良しとしよう!

お出かけは、帰って出来事を振り返るまでがお出かけです!! だからまだ、セーフ!!

アッゼさんと一緒に1日を振り返って、『楽しかったね』って言うまでオレのお出かけは終わらない。


「そうだ! アッゼさんに話したいこと、いっぱいある!」

オレ、ひとりでいっぱい見つけちゃった! ビーバーさんと会ったことも、ぎゅうっとしてもらったことも話したら、なんて言うだろう。怒るかな? もう怒らないかな?

ああ、身体がそわそわしてきた。だけど、アッゼさんの居場所が分からない。少なくともこの館にはいないようだし。


――大丈夫なの! そんなこともあろうかと任務遂行しているの!

「本当? ありがとう! 今行っても大丈夫かな?」

管狐部隊の誰かが付き添ってくれているらしい。アッゼさんがどこかへお出かけ中じゃなければ、行ってもいいかな!

ちょっぴり朝早い時間だけど、タクトならもう起きている時間だし、大丈夫だろう。オレなら……寝ているけど。そう言えば夕食も食べずに寝たからこんな時間に起きたのか。

お腹! そうだ、お腹空いてる! すっごく!! そりゃそうだ、寝る前の時点でお腹空いていたんだもの。クッキーは食べたけど、そんなものじゃちっとも足りない。


「そっか、お腹すいてたからしょんぼりしたんだ」

アッゼさんは何か食べたかな? さすがに夕食は食べたろうけど、朝食はまだに違いない。

おにぎりかサンドウィッチでも持っていこうか。それを食べながらゆっくりお話するのはどうだろう。

まだ早朝だもの、朝食を作っていたらちょうどいい時間かもしれない。

オレはクッキーを2枚いっぺんに口に放り込んで、もりもりと咀嚼した。これは、昨日食べ損ねた夕食の分だからね、ノーカウント。


「ふぉし! ふぁにふくおっかなー!」

忙しくクッキーを頬ばりながら、オレは意気揚々と厨房へ向かったのだった。




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