602 BかCか
「ユータ、起きろ。早く起きないと……ミラゼア様が突撃して来るぞ」
淡い意識の中、どアップで迫るミラゼアが蘇って覚醒する。
「……起き、てるよぉ!」
3分の1も開かない目でガバリと起き上がると、目の前のリンゼが可笑しそうな顔をした。
「起きてないぞ」
「ちゃんと、起きてる……」
起き上がったはいいものの、ともすればかくんかくんと身体が揺れる。せっかく開けたはずの目は、いつの間にか閉じていた。
「こうして見ると、幼児だな。……垂れてるぞ」
うとうとしながら口元を拭う。
失礼な、幼児じゃなくたってよだれくらい垂れるよ。何も問題は無いよ。
「ほら、シャンとしろ。朝食の席にはアッゼ様も来られるようだし、お前、色々行きたい所を考えたんだろう? 短期滞在なんだから寝て過ごすなんて勿体ない真似するなよ? 行くぞ」
オレはこくっと頷いて両手を上げる。同時にかくっと頭は垂れる。
こんなに眠いのは、きっと昨日遅くまでアッゼさんとお話していたからだ。
……だけど、どうしてリンゼと同室で寝ていたのか。アッゼさんと一緒に朝はぎりぎりまで寝て、転移で何食わぬ顔して連れて戻ってもらおうと思ったんだけど。
「……?」
ぼんやり思い返しつつ、一向に反応のないリンゼを不思議に思って、伸ばした手の先を見上げた。
こじ開けた目で見えるのは、視線を彷徨わせるリンゼ。
「あ、いや……分かってるか? 俺だぞ?」
何の話? 大あくびしてぱたりと手を下げると、勢いに任せて身体がお布団の方へ――
「分かった分かった! 来いって」
ぐん、と身体が持ち上がって……眉間にシワを寄せた。訪れるはずだった安定と温かさの代わりに訪れた、居心地の悪さにうっすら目を開ける。
何これ、お姫様抱っこ? 重い頭が支えを失ってのけ反ってしまいそう。
「リンゼ、ちがう……こう」
渋々自分で位置を調整すると、その首にぶら下がるように身を寄せた。ほうらね、こうするとたっぷりもたれかかって温かく、なおかつ身体も頭も安定する。手を添えてもらえれば完璧だ。
「分かったから……移動の間に寝ようとするな」
大きなため息と共に、静かな振動が身体を揺すり始める。
リンゼって、随分そうっと歩くんだな。カロルス様にしてもタクトにしても、こう、歩くとこつんこつんと俺のおでこが方々へ当たって――
「……えっ、リンゼ?!」
「うわっ?! おい!」
がばっと手を突っ張って落っこちそうになったオレを、間一髪でリンゼが支える。
「だ、抱っこしないよ! 下ろし……じゃなくて、ありがとう? あの、もういいから……」
うん、ちゃんと覚えてる、確かにオレが抱っこをねだったね! ごめんね!!
言わんこっちゃない、とありありと浮かんだ顔から視線を逸らし、軽く咳払いする。
「えっと、オレは昨日遅くまでアッゼさんと話してたはずだけど、どうしてここに? アッゼさんが連れてきてくれたの?」
そうだとしたら、リンゼだって寝ていたろうに、申し訳ないことをした。
「まあ、後半は合ってるな」
どういうこと? オレがアッゼさんとお話していたのは合ってるも何も、事実だけれど。
「そこじゃないな、『遅くまで』ってとこだ。お前さ、アッゼ様と何話したか覚えてるのか?」
「もちろん覚えてるよ!」
憤慨して思考を巡らせる。
アッゼさんの夕食を終え、2人で木の根っこに座っておしゃべりしたんだ。
なぜかアッゼさんは不幸な青年の物語を教えてくれて、その後は、確かお食事のことを……。
プレリィさんに聞いた美味しいって噂の魔物のことと、毒みたいな飲み物のことを聞いて……聞いて?
オレは、徐々に不鮮明で断片的になる記憶に焦りを覚える。
「な? お前、多分すぐ寝たよな? アッゼ様がお前を抱えてきたの、まだ寝るような時間じゃなかったぞ」
アッゼさん、ひどい。起こしてくれても良かったのに! まだまだ聞きたいこともたくさんあったのに!
むっと憤慨したオレの頬を、ぺんぺんと小さな手が叩いた。
『主ぃ、俺様それ何て言うか知ってるぜ! 八つ当たりってやつだ!』
得意げにオレの神経を逆なでしたチュー助には、つるりと揃った短い毛並みを全部逆立ててあげる。
『なんでぇー?! 俺様の朝の完璧セットが!』
『おやぶ、こえも、やちゃーらり?』
『そうだぞアゲハ! これはまさに八つ当たりだぞ!!』
違いますー、チュー助が悪いんだから。怒ってるオレにちょっかいをかけるからだよ。
『そういうのを、八つ当たりって言うんじゃない?』
モモの柔らかなボディがぽむぽむとオレの頬に体当たりしている。
――ユータから当たりを貰おうとするなんて、ズーズービーなの!
うん、分からない。それは一体何語だろうか。
オレの反応に気付いたラピスが、大きな耳を少し伏せた。
――……ビービーズー? ズーブービー??
違うの? と言いたげな視線を感じるけれど、全然分からないよ……。
『BじゃなくてC』
オレの後頭部に貼り付いていた蘇芳が、それだけ言ってまたぺたりと頭を伏せた。
――それなの! ズーズーシーなの!!
かくん、と膝から力が抜ける。
図々しい、かぁ……さすがに分からないよ?!
気の抜けるようなやり取りに苦笑したところで、駆け寄ってきたミラゼア様が目に入った。
「ユータちゃん! 昨日はアッゼ様のところじゃなかったの? リンゼってば……抜け駆けするなんて隅に置けないわ!」
やるわね、と不満そうに腕組みしたミラゼア様。応じるリンゼは、もういちいち反論するのを諦めたようだ。「あー、はい」なんてもの凄く気のない返事をしている。
「ちょうど呼びに行こうと思ったところなの。さっきアッゼ様がいらっしゃったから! アッゼ様とお出かけするんでしょう? ねえ、ユータちゃん、うちの領地なんだから、当然私も一緒に観光するのよね?」
うきうきと弾む足取りは、本当に羽が生えているように軽い。ステップのたびにふわ、ふわ、とスカートが膨らむ様は、まるでくらげのようだ。
『ちょっとあなた、それはないわ。花のつぼみ、とか表現は他にあるでしょ!』
モモはいつも情緒的な表現をする。だけどほら、ご覧よ。どう見てもくらげの方が近いと思うんだ。それにくらげだって、花に負けないくらいかわいいしきれいだよ。ミラゼア様がくらげだってちっとも悪くないよ。
……割と失礼なことを考えるのは、まだ寝ぼけているからだろうか。
オレは止まらない小さなあくびをもうひとつ零し、目の前で漂うくらげの幻影を追い払ったのだった。
ユータじゃなくて私がねむくて もうむり……
↑7割寝ながら書いたのでちょっとだけ修正。4/29 変なとこで改行入ったりしてたね……
活動報告の方に書きましたが「 【本編完結】婚約破棄された令嬢は心を決める。~私、今まで頑張りましたから~」(N2760HP)ってお話を書いたので良かったらどうぞ~
本編完結ですが、なんか割と皆さん読んで下さってるので続き書いた方がよろしい……??
とちあえずおやすみなさい






https://books.tugikuru.jp/20190709-03342/