600 一匹狼?
「――へえ~! そうなんだ」
「常識だろう? なぜ知らないんだ」
だって、オレたちは習ってないもの。やっぱり国によって学ぶことって偏りがあるんだな。
オレは興味深くリンゼの持ってきた本を眺めていた。
あれからざっと邸内を案内してもらうと、今日のところはこれでおしまい。あとは晩餐時にミラゼア様の家族とご一緒して、お互いの紹介をするらしい。
肝心のミラゼア様がいないので勝手に邸内をうろつくのもはばかられ、オレたちはひとまず書庫にやってきていた。なんでもリンゼが常識のないオレに本を見せてくれるというので。
基礎教育的な本らしいけれど、書いてあることはオレの知らなかったことだらけだ。
これによると、魔族と人族は完全に同じ種族であったらしい。その中から魔力の高いもの同士が婚姻を重ねることで、圧倒的な魔力差がある別種族とされるようになったそうな。
「魔族って元々は、貴族だったの?」
「そうらしいが……どうなんだろうな」
昔、昔。魔力の高い者が貴族だった頃、民衆からの反発が高まって反乱が起こった。追われた貴族たちが逃れ、この地に定住したことで、やがて魔族となったと書かれている。
それなら、仲が悪いのはこの当時の名残なのかもしれないね。
持ってきてくれた数冊は、子ども向けなのでとても読みやすい。
「魔素のことも書いてあるんだね」
それも結構なボリュームで書かれている。オレたちの教科書では、魔素のことなんて本当にさらりと触れてあっただけなのに、さすが魔族だ。
「あ……」
さらさらと流れていた目が止まった。
――『淀み』について。
これ、邪の魔素のことだ。ぐっと前のめりに抱え込んで目を通したものの、残念ながら以前リンゼに聞いたことを裏付ける程度の内容だった。
だけど、魔族の国ではオレたちの国では一般的でない知識も多いようだし、特に魔素や魔法についての本を買い込むのはいい方法かも知れない。
「そうだ、魔道具の本があればラキも喜ぶかも。タクトは……本はいらないか」
くすっと笑って再びぱらりぱらりとページを捲る。
ミラゼア様が戻ってきたら、本屋さんに行けないか聞いてみよう。あちこち見て回ることもしたいけれど、本なら短時間で、見て回るよりも詳しい知識を得ることができるもの。
――じゃあ、ユータは本を読めば世界中行くのと同じなの?
群青の瞳をきらきらさせたラピスがオレを見つめる。
「うーん。頭で疑似体験はできるんだけど、実際行くのとはまた違って……」
目で、身体で、感じて。頭で体験したことが、本物になる。
頭に蒔かれた種が、ぱあっと芽吹いて花が咲く。
知識が、きらきらと煌めいて本当の姿を得た時の美しさ。枯れた土地が一気に蘇って彩りに溢れるような、何物にも代え難いあの瞬間。
――本、すごいの。ラピスも本読むの! ギリ体験するの!
フンス、と鼻息も荒くオレの肩に乗ったラピスが、真剣な顔で本を見つめた。真摯な横顔は賢そうに文字を追っている。
だけど、ラピス……文字読めないよね?
傍らで同じように見つめるティアは、もしかすると読めているのかも。いや、これってもしや遠隔で世界樹の神獣、ラ・エンが読んでいるのかもしれない。
今度、ラピスたちにも絵本を読んであげよう。そうだね、何か体験できることの絵本がいいかもしれない。
みんなにも、あの世界が広がる感覚を味わって貰えるといいな。
きっと、つぶらな瞳が星のように輝くだろう。
その光景を思い浮かべるだけで、オレの口元はふんわりとほころんでいくのだった。
名前を呼ばれた気がして本から顔を上げると、いつの間にやら窓の外は真っ暗だ。
わしゃっとオレの頭をかき混ぜる手は、アッゼさんだ。
「ユータ、俺は離れるけど大人しく寝てるんだぞ! また明日な」
「アッゼさんどこ行くの? 一緒に泊めてもらわないの?」
そもそも、これから晩餐じゃないだろうか。功労者のアッゼさんがいなくていいの?
「アッゼさんはこういうの向いてないんだわ。格好いいだろ? 一匹狼ってやつだ」
フッと片頬を上げて笑い、髪をかき上げてみせる。まあ、格好いいけど。
だけど、そうなの……? スモークさんやルーなら確かに、と頷くところだけど、アッゼさんは……どちらかと言うと人の輪の中にいそうだけれど。コミュニケーションだって上手な方じゃないだろうか。
そう言えば、アッゼさんが普段どうして過ごしているのかって全然知らない。
「もう帰っちゃうの? ごはんは? 泊まっていけばいいのに」
オレの家じゃないけど。でも、きっとそう望まれているだろうに。
口を尖らせて声を掛けると、立ち去ろうとしたアッゼさんが可笑しそうな顔で振り返る。
「お前は田舎の母ちゃんかっつうの! いいんだよ、群れない方が格好いいってな!」
そんな理由? どうも、彼のイメージとは合わない言い分に首を傾げる。
「あ、そうだ。お前がなんかやらかした時の対策だな……通信の魔道具渡しとくか」
「いいよ! やらかさないよ!」
これからごはん食べて寝るだけでしょう! 盛大に頬を膨らませ、手渡そうとする魔道具を押し返した。
「だけど、連絡取れないと困るよね……ネリス!」
「きゅっ!!」
気合いの入った鳴き声と共に、ぽんっと現われたまだ新米管狐。
ネリスには先日連絡係をやってもらったから、引き続き任務をお願いしようかな。
突如出現した管狐に目を瞬かせるアッゼさんへ、ネリスを差し出した。
「ネリスだよ。一緒に連れて行ってね! 何かあったらネリスに話してくれれば分かるから」
「えぇ~~。クールなイケメンがぬいぐるみに話しかけるのってどうよ……」
「ぬいぐるみじゃないでしょ! 魔道具よりずっと仕事ができるんだから」
ブツブツ言うアッゼさんにしっかり言い含め、ネリスには離れないようお願いしておいた。
「おお……柔らかあったか」
律儀なネリスはアッゼさんの肩へ乗ると、ぴたっとその首筋へ身を寄せた。思わず緩んだアッゼさんの表情を確認して、にっこり笑う。
あったかいでしょう。ひとりでいるより、きっといいよ。
小さなその存在の大きさは、オレが一番よく知っている。
じゃあな、と手を上げたアッゼさんにオレも手を振った。
「あとで、晩ごはん持っていってあげるね!」
カッコ悪いからやめろ、と言われた気がしたけれど、転移寸前でよく聞こえなかったから。
だから、仕方ないね。
今夜は、アッゼさんとゆっくりお話ができそうだ。
オレはくすっと笑うと、ちょうど呼びに来たメイドさんの元へ向かったのだった。
1話でおさめたいとこまで書き切れなかったー(ToT)
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https://books.tugikuru.jp/20190709-03342/