586 鳥のおかあさん
ぶつかったおでこが痛いけれど、それよりも意外な台詞に目を瞬いた。
「え? オレを探していたの?」
ことんと首を傾げて間近な瞳を見つめると、ダートさんはハッと手を緩めて下ろしてくれた。
「……当たり前だろ、お前ら自分が何だと思ってんだ。で、他のやつらも無事なんだろうな」
少し居心地悪そうにそう言った彼の言葉に、思わず傍らのスーリアさんを見上げた。彼の言う『他』には、オレとタクト、ラキ以外も確かに含まれているようだったから。
スーリアさんはちょっと笑ってダートさんをつついた。
「ごめんね、彼もちょっとは反省したのよ。私だってビックリしたけど、あの魔族の子たちって村の近くにいた子でしょ? いきなり手のひら返すなんておかしいわよね」
「だって、紫の目だぞ。びっくりするだろう、普通。魔族を信用はしてねえけど、あいつらを村の周囲に住まわせていたのは俺たちだ。そんで何かあったってなら、俺たちの判断が甘かっただけの話だ。相手はガキだからな」
不貞腐れたダートさんの理論? に、くすっと笑った。彼は、そうやって自分を納得させたらしい。要は、魔族でも子どもは子ども、って考えてくれたんだろうか。
「うん。みんな無事だよ! あのね、悪いヒトたちが来たんだけど――」
どこまで話して大丈夫なのか分からないから、ほんの少しだけ。オレと、彼らと、村人が無事であることだけ伝えよう。あとは、カロルス様たちがうまくやってくれるはず。
「みんなでこれを食べながらお話したんだよ。ねえ、二人も食べながらお話しよう!」
オレはにっこり微笑んでお好み焼きを差し出した。
「ただいま~」
やれやれとロクサレンの部屋に戻ってくれば、タクトたちがいない。あれ? と首を傾げると、どうやら二人とも外にいるようで……
「ああっ?!」
忘れてた! 王都に転移するんだった! 慌てて転移魔方陣の場所へ駆けつけると、案の定二人の視線が痛い。
「あの、ごめんね? ダートさんたちは大丈夫だったよ、二人とも一旦村には戻っていたみたい。だけどオレたちを探して森の中にいたから、その……知らせることができてよかったね!」
結果オーライ! と笑ってみせたけれど、二人は微妙な微笑みを浮かべたまま。
「あのね~、僕らは別にいいんだけど、大丈夫じゃない人がいてね~?」
「アッゼさんが何回もこっちに寄越されてたぜ? エリーシャ様が取り乱してるってさ!」
はっ……!! 出がけに言われていた台詞を今思い出し、オレは頭を抱えたのだった。
「ユータちゃ~~ん! 私、本当に心配だったんだから! もし、もし唐突な反抗期だとか家出なんてことがあったら……!」
いやもう、本当に申し訳ございません。ぎゅうぎゅうエリーシャ様に抱きしめられつつ、ただごめんなさいと言うしかない。
「だからいつものことだっつうのによ……」
「家出も何も、こいつって普段家にいないんじゃねえの?」
一方のカロルス様とアッゼさんは一かけらも心配していないようだったけど。そもそも、オレたちはガウロ様に会いに行くわけじゃないから放っといてくれていいんだよ? だけどそれをエリーシャ様に言っちゃうと、まさに『反抗期?!』ってなってしまいそうだ。
「じゃあね! オレはギルドにでも……」
ようやく涙の抱擁が終わり、いってらっしゃいと手を振ろうとしたところで首根っこを押さえられた。
「お前も行くぞ。細かい報告はお前がいた方がいい。ガウロしかいねえから大丈夫だ」
「ええ~!」
行かないつもりだったのに! だって、お城に行ったらきっとシャラが来るよ。そしてきっと、どうして先に自分の所へ来ないのか? って怒る。あとで会いに行こうと思ってたのに……。
あれよあれよと馬車に詰め込まれ、文句を言う間もなくお城へと揺られる羽目になってしまった。
仕方ない、シャラにはさっきついでに焼いたお好み焼きを渡せば機嫌を直してくれるだろうか。ミックや騎士さんたちについでに差し入れもできればよかったんだけど、お好み焼きではちょっとねえ。あ! 赤の工房のカン爺さんたちにも頼まれて――。
そわそわしだしたオレの肩で、モモとチュー助がやれやれと首を振った。
『……大変ねえ』
『主、鳥のおかあさんみたいだぞ!』
鳥……? なるほど、それは忙しく飛び回って餌を運ばなきゃいけないわけだ。つい、各地で口を開けてピイピイ鳴くヒナたちを想像して吹き出した。
風色のヒナは、人一倍食いしん坊だから……いや、漆黒のヒナも負けていないかな。
大変だ、と思う一方、そんな風に待っていてくれることが堪らなく嬉しいのだから仕方ない。
「城に行くってのに、楽しそうだな」
わしわしと撫でられ、いかにも不本意そうな顔を見上げた。お城が嫌なのはカロルス様でしょう。窓枠に片肘をついて、まるで病院に連れて行く時のチャトみたいになっている。馬車の扉が開いたら逃げて行かないだろうか。
「オレ、お城は嫌じゃないもの。偉いヒトに会うのは嫌だけど!」
ガウロ様ならいいよ。ミーナに怒られるから、もうオレを攫って行こうとはしないだろうし。
「ガウロは割と偉いぞ? バルケリオスにだって会ったんだろう?」
「そうだけど、大丈夫だった!」
「じゃあお前、誰だったらダメなんだ」
そりゃあ、王様とか大臣とか、そういう偉い人で……。そこまで考えて、こちらを睨むルビーの瞳や、水中で煌めく鱗を思い出した。それに、シャラは自称『王様より偉いヒト』だった。
案外、大丈夫なのかも知れない。怖いのは、その人じゃなくて守らなくてはいけない礼儀作法の方かもしれない。
だったら、礼儀作法が完璧だったら、この世に怖いヒトなんていないのかもしれない。
「ねえカロルス様! いろんな所の礼儀作法を勉強しよう! そしたら怖い物なんてなくなるんじゃないかな!」
「どういう理屈だ……。いいんだよ、俺はそもそも怖くねえ。嫌なだけだからな」
べ、と舌を出してみせたカロルス様のご機嫌ななめっぷりに笑ってしまう。うーん、チャトじゃなかったかな? 職員室に呼ばれる中学生だったかもしれない。
靴を脱いで座席に立ち上がると、ふて腐れる大男の頭をなでなでしてあげた。拗ねた大型犬みたいで、伏せた耳とお愛想程度に振られたしっぽが見えるようだ。
「嫌なこともちゃんとできて、えらいね。大人だね」
つい口にした言葉は、大人向けではなかったかもしれない。大人しく撫でられていたカロルス様がふと流し目をくれ、にやっと口角を上げる。
「えらい大人には、ご褒美があるのか?」
からかいを含めて尋ねる瞳に、くすくす笑った。どうやら、とびきり食いしん坊なヒナはここにもいたらしい。
「あるよ! イイコにしてたら、ご褒美にしようね!」
「仕方ねえなあ、なら、イイコにしてやるよ」
お母さんは大変だ。だってこんな大きなヒナだってかわいいんだから、餌を運ぶのをやめられそうにない。鳥のお母さんになったつもりで金髪の頭をぎゅっとすると、大きな手が乱暴にオレの頭をかき混ぜた。
「ゆ、ユータちゃん?! 私には?! 私はいつもとびきりイイコよ?!」
眉尻を下げて手を広げるエリーシャ様は、それこそ本当に口を開けるヒナと重なって可笑しくて仕方ない。
ぴょんと飛び込めば全身で抱き込まれ、エリーシャ様の身体に埋まってしまうんじゃないかと思う。
「エリーシャ様、いつもえらいね! カロルス様の分もいっぱいお仕事してすごいと思う!」
「そうでしょう! 私、頑張ってるの! あの人よりずっとイイコなのよ~」
「おい!」
不服そうな声が聞こえたけれど、構うまい。
ご褒美は、何がいいかな? カロルス様はお肉? 今日の夕食はお肉で、デザートは何か凝ったものにしようか。だけど、お肉ならジフがお料理する方が上手だもの、オレがなにかする必要あるだろうか。
――ユータが作るお料理だから、ご褒美なの!
『だって、おにくは生でも、誰かのお料理でもおいしいけど、ゆーたがお料理する方が好きだからだよ!』
ラピスとシロの異議に、なるほど、おふくろの味ってやつかなとひとつ頷いた。
『違うと思うわ……』
納得したオレの肩では、モモが扁平になって脱力していた。
もふしら記念ショップ、準備中だったものも全て揃ってます!
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最高ですよ……タオル類届くのかなり時間必要なのでご注意を!
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https://books.tugikuru.jp/20190709-03342/