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もふもふを知らなかったら人生の半分は無駄にしていた【Web版】  作者: ひつじのはね


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577 発端

俺たちは防衛の一族。拠点を構え、守り抜くことなら大人にだって負けやしない。

近辺の森に幻惑蝶を発見したことは幸運だった。俺たちがここに拠点を構えたのは、格好の幻惑媒介であるかの鱗粉が簡単に入手でき、拠点周囲に幻惑を施すことが可能になったことが大きい。


「――少しずつ、村のヒトに近づこうと思うの」

拠点を築き、なんとか食いつないでいたある時、ミラゼア様は唐突にそんなことを言い出した。当然猛反対したものの、その意思は固く、俺たちは魔族とバレない範囲で村人に近づくようになった。

なぜ、そんな危険を冒しているのか分からないまま過ぎていく日々の中で、変化が起こり始めた。


「……これ。もらった」

外回りから帰って来たガーノが、落ち着かない顔でずいと包みを押しつけてきた。

「なんだよ、これ――」

何も言わないガーノを不思議に思いつつ開いた中身に、思わず生唾をのむ。


久々だ。本当に久々の、人らしい食べ物。

転がり出てきたパンは、固そうで、質素で、以前食べていたものとは比べものにならないくらい安価だと分かる。

だけど、その夜食べたパンは、今までで一番忘れられないパンになった。


それから、村のヒトは時折食べ物を分けてくれるようになった。

そうか、さすがミラゼア様。このためにヒトと関わることを選んだのだ。

いつの間にか腹を満たすだけの行為になっていたものが、『食事』の姿を取り戻した。まるで幻惑の術に俺たち自身がかかっていたみたいだ。目の前の霞が取れ、ヒトとしての感情が戻ってきたのを感じた。


「……そうじゃないの、私たちは帰らなくちゃいけないから。だって情報を持っているのは私たちだけ。星持ちとして、他の皆を助ける責任があると思うの。だから、例えヒトであっても大人の協力を得なくては」

口々に褒めそやす俺たちに苦笑して、ミラゼア様は静かに言った。

星持ちの、責任……! 雷に打たれたよう、とはこのことだ。俺たちは当たり前に持っていた大切なものを、失うところだった。


あの男が現われたのは、そんな折だった。

幻惑の術をまとって夜回りをしていた時、重い気配を感じてハッとした。こんなに強い気配は、あの誘拐の日にしか感じたことがない。咄嗟に身を潜めて気配を辿った先で、ひと目で強者と分かる男が村へ入り込むのを目撃した。

重い気配の出所は、間違いなくあの男。用心しいしい窺ってみたけれど、姿は見えず重い気配は薄れていくばかりだった。


そうだ、あの日ああやって気配を辿らなければ。その後に行動を起こさなければ。

俺たちは変わらず森での生活を続けていたのだろう。いや、幼子たちは冒険者に依頼が出たと言っていたから、俺たちは今頃あぶり出されて酷い目に遭っていたのかもしれない。


俺は長くなった話にひと息ついて、押しつけられた紅茶を呷った。思いの外甘く、爽やかな芳香が鼻へ抜ける。随分と、懐かしい気がしてほうっと息を吐いた。

「――で、気配が完全に消えた頃に村を探って見たが、そいつは既に去っていた。ただ……そこには淀みがあった」

「淀み?」

今まで口を挟むことなく俺の話を聞いていた幼子が、きょとりと首を傾げた。

「お前たちには分からないだろうが、俺は濃い淀みが見える。村のどこからか、うっすらと淀みが広がっていくのが見えて、慌てて森へ駆け戻ったんだ」

「もしかして、『嫌な感じ』のこと? それで魔晶石があるって分かったんだ! 見えるって凄いね!」


俺は頷きつつ、舌を巻いた。魔族ですらここまで感知できる者は少ないと言うのに、5つ星の言うとおりこのヒトの幼子は本当に規格外らしい。

「俺は、ただミラゼア様に危険を知らせて守りを強化しようとしただけだ。だけどミラゼア様は……」

「そうか、村の人を助けようとしてくれたんだね。だけど、どうして村人を連れ出したの? 魔晶石を取り除く方が早くない?」

再び首を傾げる様に、規格外でも幼児らしいとため息を吐いた。

「淀みは村に広がっていた。どこに隠されているか分からない、ごく小さな石を探して留まるなど自殺行為だ。それに、もし発見できたとして、持ち出した者が犠牲になる」

「そう、なの……?」

微妙な表情が気に掛かるものの、納得はしたらしい。俺は頷いて、少し視線を下げた。


「村人を助ければ、絶対に面倒なことになると思った。いくらただのヒト族と言えど、そんな大勢に幻惑をかけたことなんてなかったし、万が一術が解けたら……」

だけど――『彼らには、恩があるでしょう』そう言って高潔な瞳に見つめられてしまえば、俺の中の星は奮い立つしかなかった。

ここまで来れば、幼子にも予想がついたらしい。

「すごい! 全員に幻惑をかけて森に避難させてくれたんだ! そんなことができるんだね!」

「まあ、蓄えていた鱗粉はほとんど使い切ったが」

掛け値なしの賞賛に、思わずにまりと頬が緩んで慌てた。ほとんどの村人が就寝中であったことも幸いした、とは伝えてやらなくてもいいだろう。そして、なぜお前には効かないんだということも。


「あ、じゃあもしかしてオレたちが野営している所を見に来たのって、リンゼ?」

そうでしょう、と瞳を輝かせた幼子にギクリと肩を跳ねさせた。

「そう、だ。怪しい者がいたから、当然監視に来た」

「やっぱり! だけど、あれからオレたち村を見に行ったけれど、魔晶石の気配はなかったよ」

村の様子を見に行った所で、かぐわしい匂いに惹かれてつい寄り道したとは言えない。

「そうだ、だから言ったろう? あいつが魔晶石を持ってるって。避難の後に村へ戻ってみれば、淀みがなくなっていた。きっと、村人がいないことに気付かれて持ち出されたんだ」


「そうとも! あいつ、よりにもよって魔物を寄せるだけ寄せて俺たちの拠点に石を投げ込んで行きやがったんだ!」

割って入った悔しげなジノアの台詞に目を丸くする。まさか、既に恐れていた事態が起こっていたとは……だからミラゼア様が倒れるほどにシールドを強化して漏出を防いでいたのか。

「だけど、シールド内に魔素の淀みはなかったぞ?」

ぐっと眉根を寄せて尋ねたところで、全員の視線が幼子に向いた。


「あっ……。その、オレもその『淀み』って分かるから……浄化したよ」

居心地悪そうに肩をすくめ、幼子は誤魔化すように曖昧な笑みを浮かべてみせた。簡単に言ってくれるが、まさか魔法で? 魔晶石を浄化できるほどの高価な薬を持っているとは思えないが。

「ええっと、だけどどうしてしつこく魔晶石で村人を狙ったりしたのかな?」

あからさまに話題を変える素振りに閉口しつつ、実力とはちぐはぐな知識に半ば呆れて口を開いた。

「魔晶石を育てるため以外にないだろう?」

本当に思い至らなかったのか、彼はきららかな漆黒の瞳を丸くして俺を見つめたのだった。


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― 新着の感想 ―
[一言] お疲れ様ですm(_ _)m 魔晶石の謎が……!!
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