564 おるす
「ユータは魔法で解毒できるよね~? 幻惑状態も解除できるのかな~?」
「うーん、多分できると思うけど……。幻惑が何かの物質で起こるなら、解毒の魔法と同じだと思う!」
「まあ、普通は同じじゃないんだけどね~。ユータがそうならそれでいいよ~」
……普通は違うんだ。
本来は何やら別の呪文が必要らしいけど、体内で悪さをする物質があるのなら、解毒の魔法と同じことだ。
「だけど、変な踊りを見て混乱しちゃう、なんて方法だと解毒魔法じゃ無理だよ」
その場合は一体どんなイメージで魔法を使えばいいんだろう。真剣な顔で眉根を寄せていると、傍らでラキが腹を抱えて震えていた。
「お、踊りを見て混乱って……何……?! どんな踊り……!!」
……ないの? 混乱する踊りとか音楽とか。
息も絶え絶えに笑う様に、そんなに変なことを言っただろうかと思う。だってほら、ババンナマンキーダンスなんかは割といい線行ってるんじゃないだろうか。
「それじゃあ幻惑って言っても毒と一緒でしょう。なら大丈夫だと思う」
「だけど、ユータが幻惑されちゃうとダメだよね~?」
「ああ、オレは――大丈夫!」
そっと頬を寄せると、ティアが小さくピピッと鳴いた。つん、と固いくちばしが触れる。
大丈夫、と言っていると思う。ティアがそう言うなら絶対に大丈夫だ。にこっと断言すると、ラキに乾いた笑みを返された。
「うん、じゃあ……実際の様子を見てからにはなるけど、ひとまず討伐は受ける、でいいんじゃないかな~?」
そう言っておもむろに腕を伸ばすと、随分静かなオレンジ頭をぽんぽんとやった。
「大丈夫。無理そうなら受けないけど~、幻惑をクリアできるなら無理じゃないから~」
されるがままに揺れた頭に、おや? と首を傾げる。どうしたんだろう、普段なら悪びれなく歓喜の声を上げるだろうに。もしかして、いつものことだと言いすぎてしまったろうか。
ふと、その手がエビビ水槽をいじっていることに気付いてハッとした。
……タクトは少々やんちゃでも、お日様みたいな方がいいな。
「ごめんね、いつも依頼取って来てくれるのに文句言って。ちょっと心配だったけど、挑戦できそうだね! 行こう、討伐!」
外の依頼を取るのはタクトに任せっきりなんだから、こういう所は大いに頼ってほしい。なんたってA判定の回復術士がいるパーティなんだもの!
『主は一人パーティだろ?』
『そこは任せっきりにせず、たまには一緒に依頼を見に行ったらどうなの』
い、いいんだよ! 持ちつ持たれつなの! パーティの役割分担にはこういうのがあったっていいと思う。
――そうなの、仕方ないの。ユータにとってドラゴンよりも早起きの方が勝てない相手なの!
ラピスは分かってるの、味方なの、と言いたげな瞳に目配せされ、曖昧な笑みを浮かべる。オレ、そこまで早起き苦手そう? ドラゴンよりも? 起きてる時もあると思うんだけど。
少々納得できない思いを抱いていると、俯いたタクトから低い声が漏れた。
「お……お前ら……」
両手で覆われた顔に首を傾げると、途端に思い切り顔を上げたタクトが大きな声をあげた。
「こ、こんな時に優しい言葉をかけんじゃねえー! 悪かったと思ってるよバカ野郎ー!」
言い放ったかと思うと即回れ右し、シロ車の後部で完全に背中を向けてしまった。
呆気に取られてその背中を見つめると、ラキと視線を合わせてくすりと笑った。
大丈夫、何も見てない。
じゃあ、こっちを向けるようになったら朝ごはんにしようか。
オレはひとつ頷き、タクトの好きなお肉のしぐれ煮おにぎりを探すことにしたのだった。
「お、あの森じゃねえ? すげえ、やっぱりシロは滅茶苦茶速いな!」
前方に見えた大きな森を指し、タクトがにっと笑う。
やっぱり、タクトはこうでなきゃ。華やかな笑顔にホッとして頬が緩んだ。
超特急シロ車は、他の人に目を剝かれない程度の高速で飛ばし、当然のようにその日のうちに目的地へと到着してくれた。ほとんど休憩も取らずに走っていたのに、シロ車を外すと残念そうにフェンリルのしっぽが垂れる。
「シロ、ありがとう! 疲れたでしょう? ゆっくりしてね」
労いの言葉に少し持ち上がったしっぽが揺れた。
『ううん。ぼく、楽しかった! ゆっくりよりも、お散歩したいなぁ』
「お散歩って……まだ走るの?!」
『うん! だってこの辺りのお散歩はしたことないから!』
疲れを知らないぴかぴかの笑顔を向けられ、こういうところがまだ子犬だなあ、なんて思う。
『シロは図体だけだな! よぉし、ちびっこども、俺様がまとめて面倒見てやるぞー! シロ、冒険に出発だ~! 決して俺様を離すな……いや、俺様から離れるなよ!』
ちゃっかりシロの頭に掴まったチュー助が、元気にしっぽをピンと立てた。
『しゅっぱちゅ~!』
ぴったり並んだアゲハも、ふわふわのしっぽを立ててみせる。
「ウォウッ!」
嬉し気に吠えたシロが、二人を振り落とさないよう立てたしっぽをふりふり歩き出した。
どっちが面倒をみてもらってるんだか分からないけど、楽しそうならいいか。
森へは近づかないようにだけ注意を促して見送ると、オレたちはオレたちで野営の準備を始める。森がどんな状況か分からないから、少々離れているけどこの辺りで野営した方が安全だろう。
「ねえ、明日はどうする? 森を見に行く?」
いつものように地面を均しながら、ついでにキッチン台も作っておく。
「そうだね~。地図では村もあったと思うから、話を聞いてみるのもいいんじゃないかな~?」
「じゃあ、明日は朝から村だな! 村へ行けば、今冒険者がどのくらい森へ入ってるかも分かるんじゃねえ?」
大きな森近くは魔物に襲われるリスクが高いけれど、代わりに資源は多いし冒険者が村に来ることで収入になるため、割とぎりぎりを攻めるような位置に小さな村があることが多い。
当然、小さな村の割に宿泊施設がしっかりあったりするのだけど、オレたちは泊まらない。だって野営の方が快適だから!
「今日の飯は?」
「チーズリゾットと、たまごとお芋のサラダ、足りなかったらあとは腸詰めでも焼こっか?」
「腸詰め焼いたの好きだー!」
うん、つまり内容が分かったメニューは腸詰めだけだったんだね。
何にも疲れることはしていないはずだけど、一日中移動していると、それだけでなぜか疲労感がある気がする。だから簡単なものでいいの、と自分に言い訳をしつつ塊のチーズを取り出した。王都はチーズがやたらと豊富なので、ついオレもチーズ系のメニューを作ってしまう。大人だったころは写真でしか見なかったようなでっかいチーズ。それがお店にいっぱい並んでいる光景はとても楽しい。
ついでに腸詰めもやたらと大きいものがあるので、今日はフランクフルトみたいに串に刺して炙ろうか。
「わ。お店の味~! 大人の味って気がする~おいしいね~!」
リゾットをひとくち食べて目を丸くしたラキが、急いで皿を抱え込んだ。まだお鍋にいっぱいあるから盗られないよ、大丈夫。
リゾットには何種類もチーズを投入したおかげか、まるで専門店のような深みがある……ような。チーズって独特の風味があるから、数種類入れると引き立て合う気がするね! 数種類のチーズによるハーモニーを狙ったわけで、決して調子に乗って買いすぎたからではない。だってほら、ジフにも持って帰るから、必要なわけで……。
「これ、案外はちみつが合うかも!」
思いついて取り出したはちみつに、タクトが顔をしかめた。
「飯にはちみつかけるのか?! いくらユータでも不味くなるだろ?!」
「チーズとはちみつは合うでしょう? だからこれにもきっと……うん! おいしいよ!」
ゴルゴンゾーラのような、ブルーチーズのような、はたまたカマンベールのような。そんなくせのあるチーズの鋭い風味を包むようなはちみつの甘み。これはいい。楽器の演奏に歌か踊りが加えられたような、そんな別次元のハーモニーを感じる。
恐る恐る試したタクトが信じられない顔をしている。料理って面白いね、思いもよらない組み合わせがあるもの。
中々帰ってこないシロたちも、この香りがあればすぐに――。
『ぎゃああ~~! シロ、待て! お座り! ストップ~~~』
チュー助の悲鳴とアゲハのきゃっきゃと笑う声がみるまに近づいてきた。
『お腹空いたー!』
猛然と駆けてきたシロがテーブルの前で急制動をかけた。ぽーんと吹っ飛ばされた小さな二人の体を胸に抱きとめ、おかえりと笑う。
『ぼく、いっぱいお散歩してきた! あのね、向こうに村の跡があったよ!』
コトリとシロの分の食事を置くと、ちぎれんばかりにしっぽが振られた。
「うん、明日は村で情報収集するからね! シロが場所を下見に行ってくれて助かったよ」
これなら話が早いと撫でると、口の周りをチーズまみれにしたチュー助が顔を上げた。
『主ぃ、村はあるけど情報収集はできないと思うぜ!』
口の周りどころか顔中チーズまみれのアゲハが振り返る。
『れきないぜ! おるすらぜ!』
なんて? 苦笑してアゲハの顔を拭っていると、シロがアゲハたちの言葉を引き継いで続ける。
『うん、誰もいなかったみたいだから』
思いもよらない台詞に、オレたちは困惑して顔を見合わせた。
人物紹介はぼちぼち書いていきますね!






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