間話 聖人の日
長いです・・聖夜のお供に。
「ユータ、明日行くでしょ?」
「明日?」
「そうよ~明日は聖人様の日でしょう?」
「それなあに?」
「えっ?ユータ知らねーの?」
「あなたの国にはないの?」
どうやら明日は聖人の日っていう特別なイベントがあるみたいだ。こどもたちに話を聞いてみたけど、泉のほとりでお祈りをして、最後にお菓子をもらうってことしかわからなかった。
「カロルス様~!聖人の日ってなあに?」
「ああ、お前のとこはなかったんだな。この国の・・伝統行事みたいなもんか?えー聖人の日はだなぁ・・」
曰く、大昔の偉い聖人様にあやかって、こどもや若い世代が清い心をもてるようにと願うお祭りで、ちょっとしたプレゼントを渡し合ったりするらしい。子ども達は近くの湖まで聖人を模した衣装で行進し、湖でろうそくを灯したらお祈りしてお菓子をもらうんだって。
「湖のほとりにはな、聖人の木って呼ばれる木があってよ、お祈りが清らかだと認められたら輝くっつう伝説があるんだよ。ああ、聖人の木って言っても珍しかねえぞ?あちこちに生えてんだけどよ、立派なやつがちょうどいいとこに生えてるから、うちの領ではそこが会場になってんだ。」
「会場?なにかあるの?」
「おう!これがメインだからな!清い心をはぐくむってヤツだから、領主が無償で食事を振る舞うんだよ。みんなそれ目当てだ。」
それってちっとも清くねえよなーと豪快に笑う。
「カロルス様、メインは子ども達の清らかなお祈りです。ユータ様が間違って覚えてしまいますよ。」
「そうか?メインはあっちだと思ってたけどな。」
「断じて違います。」
楽しそう!オレもみんなへのプレゼント用意しなきゃ!
なにがいいかな・・・?子どもだしお菓子とかの方が喜ばれるかな?でもきっと・・今日は厨房が戦場になってるよね。まずはカロルス様に相談して、こそっと材料だけもらってこようかな・・。今から厨房を使わずに簡単にできて、こどもが喜ぶもの・・・。
「ねえティア、ラピス、美味しい果物ってないかな?」
「きゅ?きゅう!」「ピピ!」
「あるの?!そこ、オレ連れて行ける?」
「きゅ!」
言うがはやいか、シュウゥンと足下から光が立ち上る。フェアリーサークルだ・・!ふわっと光に包まれたかと思うと視界が切り替わる。
ここはどこだろう?深い森であることに間違いはなさそうだけど。
ラピスとティアの案内で森を歩いて行くと、甘い香りがしてきた。
「きゅ!」「ピ!」
あれだよ!と示すラピスたち。おお!いい香・・・り?
一段と強くなった香りと共に見えたのは禍々しい姿の・・・魔物?
「ラピス・・?あれ、何?近寄ったらダメな気がするよ・・?」
あれが甘い実だよ!・・・じゃないよ!それ、魔物の頭に生えてるヤツだよね?!違う違う、オレが聞きたいのはその下!なんかすごい目で見てるよ?ティア!危ないから近寄っちゃだめー!
こっち?こっちはいらないの。
さも『根元は残して収穫しまーす』くらいのノリで言うと一声。
「きゅ!」
ピシィ!!
うわあ・・ご、ごめんね魔物・・・・頭のイチゴ?とったら帰るから・・・。
哀れ、一瞬で氷漬けになった魔物に謝って頭の赤い実を収穫する。全部とったらダメかもしれないのでいくつか残して離れると、氷は解除してもらった。だってこれじゃ襲ったのオレ達だもん・・実しかいらないのに命を奪わなくてもね。
氷漬けから復活した魔物は慌てて逃げていく。ごめんねー!でも・・・必要な時はまた来るかも。またいっぱい実らせてねー!
帰ってラピスとティアと、一つずつ味見してみると、小ぶりのイチゴみたいな赤い実は、甘酸っぱくてとても美味しかった。イチゴよりも・・・甘めのりんご?だろうか?アリスにも一つ置いといてあげよう。これ、すごく使えるかもしれない!
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夕方、オレはメイドさんたちの着せ替え人形になっている。こどもは聖人の衣装を着るからね!
まず赤いズボン、裾にふわふわした白い毛があしらわれていて・・お揃いの赤い上着にも襟元や袖口などに白いふわふわ。黒いベルトを締めて・・ふわふわのついた赤い三角帽子をかぶる。三角の先には白いぼんぼりがついていて、かぶるとへたっと垂れて揺れた。
「・・・・・・サンタさん?」
どこからどう見てもちっさいサンタさんだ・・おひげはないけど。
「あら?ユータ様は聖人様をご存じでしたか?」
「ううん、知らないよ?」
「お名前をご存じなのかと・・サンター・クロウス様と伝承されておりますよ。」
「ぶふっ!」
サンタさん・・・・ファンタジー世界も守備範囲だったんだね・・こんなところまでご苦労様です。
「ユータ様・・・ああ~お可愛らしい!!食べちゃいたい!」
代わる代わるメイドさんたちにぎゅっとしてもらってから、カロルス様に衣装のお披露目をする。
「カロルス様~!」
ちょっと大きめの衣装は袖も裾もちょっと長くて危なっかしい。ぱたぱたと駆け寄って飛びつくと、ひょいっと天井近くまで持ち上げられた。
「おお~!似合ってるぞ!聖人様みたいだな。」
にこにこ顔のカロルス様。どう見てもサンタさんなので似合ってると言われても微妙だ。
館のみんなにかわいいと褒められて、ちょっと複雑な気分だけど嬉しい。段々と暗くなる中、カロルス様と村へ向かった。村の広場には既にみんな集まっていて、数少ない子どもたちはみんなサンタ衣装だ。小さなサンタさんがたくさんで、なかなか癒やされる。
「あ、ユータ!・・・何よ、かわいいわね・・!」
「うわあ~ユータかーわいい~!」
「・・・・。」
キャロにぎゅっとされ、リリアにほっぺたをむにむにされる。ルッカスは赤い顔で珍しくだんまりだ。衣装が恥ずかしいのかな?大丈夫、ルッカスも似合ってるよ!
トトは、と見回したけど、彼はまだ幼いから来年から参加するそうだ。ろうそくを使うから危ないもんね。
薄暗い中、少し年上の子どもが先頭としんがりを務めて、シャーン、シャーンと音が鳴る楽器を振りながら歩く。道に沿って大人が並んでろうそくを掲げていて、なかなか幻想的だな・・。
みんな厳かな雰囲気に緊張しているのか、神妙な顔で私語を挟むことなく歩いている。
湖のほとりまで来ると、ランタンの明かりが灯ってほの明るくなっていた。会場にはたくさんのテーブルが並べられている。そばには大きな・・もみの木?これが聖人の木なんだ・・・。
もみの木の前には祭壇みたいなものがあって、お供えらしき食べ物が置かれている。その手前にはこどもの数だけ銀の燭台が並べられて、先頭から順に火を灯していく。静かな湖のほとり、ろうそくの明かりの中で粛々と行われる儀式に、本当に身が清められるような気分だ。
みんなが灯し終わったら、こどもたちは祭壇の前で跪いて手を組んだ。ここでお祈りをするんだって。
手を組むと、頭を垂れて静かに瞳を閉じた。
カロルス様たちが・・村のこどもたちが・・みんな元気で幸せでありますように・・・
みんなの笑顔を思い出しながら、感謝を込めて祈る。
ーおおおっ?!ー
低いどよめきが聞こえ、瞳を開けると、目の前のもみの木がじんわりと光っていた。
さらに、ぽっと枝に小さく明かりが灯ったと思うと、ぽぽっと続けて木の枝のあちこちに小さく明かりが灯る。
「わあ・・・」
まるで、本物のクリスマスツリーのように光を纏ったもみの木は、神々しく輝いていた。すごい・・これなら本当に聖人の木にふさわしいね・・。
ざわめく会場、もみの木に向かって涙を流しながら祈る人もいる。
「みな、聖人様が祈りをお認め下さったぞ!清らかなるこの子らに祝福あらんことを!」
心地よく通る低い声で、厳かにカロルス様が告げた。
ーわああああっー
歓声が上がり、子供らの元へ家族が駆け寄る。喜びのあまり家族に胴上げされている子もいてヒヤヒヤするよ。オレはもう一度振り返ってクリスマスツリーになったもみの木を見上げると、にっこりと微笑む。
「ありがとう。」
この世界でもクリスマスを見せてくれて。オレのためじゃないけれど、こんな美しい光景が見られたことに、そっと感謝を告げた。
突然わしっと体を掴まれると、軽々と体が浮いて温かいものに包まれる。
「・・・お前は何をやっても普通にはできんのだな。」
ちょっと呆れたような、けれど、どこか誇らしげな様子でカロルス様が呟いた。
「え?オレ、ふつうにやったよ?」
「どこがだ。聖人の木が光ってるじゃねえか・・・」
なにも間違ってなかったはず、と首を傾げるオレにますます呆れ顔になる。でも・・聖人の木って祈ったら輝くからそう呼ばれるんでしょう?何がダメだったのか・・。
「光るから聖人の木じゃないの?」
「お前、オレの説明ちゃんと聞いてたか?輝くっつう『伝説』だって言ったろ?光ってんのなんて見たことねえよ。」
「えっ?!そうなんだ!珍しいんだね・・・でも他にもこどもが祈ってたんだからオレじゃないかも。」
「いや、お前だ。」
なぜか断言されてちょっとむくれる。
「怒るな怒るな、聖人様の祝福を受けたんだぜ?すげーことだ。」
「・・うん。すごく、きれい。見られて良かった。」
見上げた二人の瞳にも、きらきらと光が舞っていた。
「ユータ!これ、私からよ!」
「これ、私ね!」
「お、オレはこれをやるよ。」
会場ではプレゼント交換が始まっていた。リリアからはきれいな貝殻、キャロからは押し花、ルッカスはすべすべした石、なんとトトからもきれいな葉っぱをもらって、小さな手は宝物でいっぱいだ。自分が素敵だと思ったものをあげる、こんなに清らかなプレゼントはないと嬉しくなった。
「じゃあ、オレからはこれ!」
「これ、なあに?」
「んー?これって食べ物?甘くていい香りがするわ!」
「うわー美味そうな匂いだな!」
「・・・たべる!」
みんなへのプレゼントは、あの赤い実にべっこう飴をかけた・・・・リンゴ飴もどき。試食したらすっごく美味しかったから、みんな同じで申し訳ないけど、オレからのプレゼントはこれにしたんだ。トトはすぐに食べ物と判断したのか既に口の中に入れている。
「「「「・・・・・」」」」
口に含んで目を丸くしたこどもたち。
・・・そこからは大騒ぎだった。ルッカスが飴をくわえたまま走り回り、リリアがこんな美味しいものを食べたことがないとなぜかオレに食ってかかり、キャロは半泣きでほっぺたを押さえている。そして食べ終わったトトがもうないと泣いている。とりあえず美味しかったようだけど・・・なんかゴメンね?
なんとかその場を後にすると、カロルス様にもリンゴ飴を。きっと今は忙しくて食べられないだろうと思って、よく料理を包むのに使われる木の皮に包んでおいた。
「お?オレにもくれるのか?・・ありがとうな!オレからはほら、これだ。」
いただいたものを取り出してみると・・ベルト、かな?それも冒険者が装備するような色んなホルダーがついたカッコイイやつ!
「うわあ・・・!!カロルス様・・!ありがとう!!」
感極まって、ぎゅうっとカロルス様の固い体を抱きしめる。今日はこんなに嬉しくていいんだろうか?!小さな体は受け止めきれないほどの喜びと嬉しさでパンクしてしまいそうだ。
オレは涙を堪えるために、ぎゅっと顔を押しつけた。
辺りがすっかり真っ暗になっても大人はまだ騒いでいるが、こどもは早々に退散だ。
みんなにばいばいして館に帰ったら、一息ついているジフ、執事さん、メイドさんたちにもリンゴ飴もどきを配る。みんなまだお仕事中だから、帰ってから食べてもらおう。
お部屋に戻って寝かしつけられてから、暗い部屋でぱちりと目を開ける。
「・・・ラピス。行ける?」
「きゅ!」「ピッ!」
どうやらティアも行くようだ。
フェアリーサークルを発動させて到着したのは、真っ暗闇の森。月の光が湖面にきらきらと輝いて、昼間とまた違った神聖な雰囲気が漂っている。
「ルー!」
オレは湖のほとりで黒い獣に抱きついた。
「・・ちっ、こんな時間になんの用だ。」
相変わらず素っ気ないルーだけど、お構いなしに柔らかな毛並みを堪能する。
夜の冷たい空気に触れて、漆黒の毛並みは少しひんやりとしていた。
「あのね、今日は聖人の日なんだって。だから、はい!プレゼント。オレが作ったの!」
「・・・・俺にか。わざわざご苦労なことだ。」
お供えするようにルーの前にリンゴ飴を置いて立ち上がる。黒いふさふさしたしっぽがゆさゆさと揺れていた。
「じゃあね!遅いからもう帰るね!」
ばいばい!と手を振ったフェアリーサークルの光の中で、小さく"またな・・"と聞こえた気がした。
ユータが笑顔で眠りについてしばらく、カロルスは館へ帰ってきた。
執事と共にしげしげとユータからのプレゼントを眺めてにやついている。
「また変わったもんを作りやがって・・」
「ホントですねえ・・明かりの下で見ると本当に美しい菓子で・・・・・・?」
「どうした?」
「・・・・いえ、あの・・・ちょっと不吉なことを考えてしまって。」
「何のことだ?」
「いえ、本当にちょっと、ちょーっと思っただけなんですけど・・これ、この香り・・この形・・・?!」
「中の実か?普通のベリーじゃないの・・・・・・か・・?!」
聖人の日が過ぎようという深夜、館の中に絶叫が響き渡った。
*悪夢のベリー*
香しい甘い香りで獲物を引き寄せ、捕食するBランクの魔物「ウィッチバグ」、その頭部に生えているベリーの一種。大変な美味で高い効能をもつが、戦闘で傷つけずに入手することが非常に困難であるため、素材ランクはA。甘い香りと甘い誘惑に誘い出された冒険者たちの犠牲が絶えず、ついには悪夢と呼ばれるに至った、幻の果実。
読んでいただきありがとうございます!
良いクリスマスを!